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保護猫カフェ出身の「菊ちゃん」と老夫婦が紡ぐ、優しい日常ーー『猫の菊ちゃん』を読んで

リアルサウンド

20/5/20(水) 13:24

 ねこライターという職業がら、筆者はこれまでにたくさんの猫書籍を記事にしてきた。その中でも、ずっと心に残っていた猫漫画がある。それは、とある老夫婦が愛猫・菊ちゃんとの日々を描いた作品。初めてTwitter上でその漫画を目にした時、リアルなタッチのイラストに驚かされると共に、目の前の小さな命を温かく見守るご夫婦の優しさが作品から透けて見えたような気がして、心が温かくなったのだ。

 あれから約2年の月日が流れ、書籍化となった『猫の菊ちゃん』(湊文/KADOKAWA)を手に取った時、いちライターとしても、いちファンとしても感慨深いものがあり、鼻の奥がツンとした。

 「菊ちゃんは、えらいね。」―そんな優しい言葉が帯にしたためられている本作は、ユーモラスでハートフルな仕上がり。菊ちゃんという宝物と暮らす中で感じた驚きや喜び、幸福感などを夫婦で協力しながら、漫画化している。

 2人が菊ちゃんと出会ったのは、とある保護猫カフェ。子どもの時に猫を飼っていたおばあさんが何十年かぶりに抱っこしたのが、菊ちゃんだった。引っ込み思案な菊ちゃんは人間好きで、猫嫌い。お店で他の猫たちとうまく馴染めていなかった菊ちゃんを見て、1匹でたっぷりかわいがってあげたいと思い、おうちに迎えた。

 菊ちゃんが家族になってからというもの、生活は菊ちゃん中心に。水を飲む、トイレをする、毛づくろいをするといった、ごく普通な猫の行動も湊文氏にとっては愛おしい動作に見え、その都度、「えらいね」と声をかけた。

 心に芽生えた猫愛は日を増すごとに募っていき、外食に出かけても帰宅時には菊ちゃんに話題になったり、夏の暑い日に外へ出た際は「菊ちゃんはお水をちゃんと飲んでいるかな」と心配になったりしてしまうほどに。そんな猫愛は、漫画の作風からも分かる。

 穏やかな日常をしたためた本作は猫の習性や意外な雑学も知れるようになっているが、そうした描写ができたのは菊ちゃんともっと心を通わせたいと思い、必死に情報収集に励んだからだろう。例えば、作中には、猫に嫌われないためには視線を合わせてはいけないという猫知識を忠実に守ろうとする姿も描かれており、微笑ましくなる。本作は猫好きの心をくすぐる作品であるとともに、菊ちゃんへのラブレターでもあるように思えるのだ。

 そんな湊文氏の愛情を、菊ちゃんはどう感じているのだろう。その答えは、ページをめくるごとに明らかになっていく。本作は年月をかけてコツコツと描き続けてきた作品を1冊にまとめたものであるからこそ、ページが進むにつれて菊ちゃんの態度にも変化が見られてくる。夫婦2人で話しているとケンカをやめさせるかのように間に入ってきたり、見守ってもらいながらご飯を食べることを好んだりするようになった菊ちゃんの姿は2人に対しての愛が深まった証拠。3人はゆっくりと、しかし着実に「家族」になっていったのだ。

 猫との関係は、一緒に過ごす月日の長さによっても変わってくる。我が家でも家に来た当初、全く抱っこができなかった愛猫がここ数年でゴロゴロと喉を鳴らしてくれるほどの抱っこ好きに変わってくれ、とても嬉しい気持ちになった。信頼関係を結ぶのに本当に必要なのは、言葉ではなく、相手を想う気持ち。人と動物は言葉ではコミュニケーションは取れないけれど、心を通い合わせることはできるのだ。湊文氏の相思相愛な日常を通して、その事実を再確認すると、もっと愛猫との絆を大切にしていきたいと思わされる。

 2年前、取材させてもらった時、「菊ちゃんが来てからすることが増えました」と湊文氏は語ってくれた。あれからずっと、菊ちゃんは夫婦2人にとって生きる原動力であり、宝物でもあったのだと思うと、温かい涙がこぼれる。赤い糸で結ばれていた3人のなにげなくも幸せな日々を、これからもずっとずっと見届けていきたい。

■古川諭香
1990年生まれ。岐阜県出身。主にwebメディアで活動するフリーライター。「ダ・ヴィンチニュース」で書評を執筆。猫に関する記事を多く執筆しており、『バズにゃん』(KADOKAWA)を共著。

■書籍情報
『猫の菊ちゃん』
著者:湊文
出版社:株式会社 KADOKAWA
価格:本体1,000円+税
https://www.kadokawa.co.jp/product/322001000454/

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