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ハリウッド映画やドラマで“歴史改変もの”増加の理由 3つのトピックと社会的背景から読み解く

リアルサウンド

20/6/4(木) 10:00

 昨年、クエンティン・タランティーノ監督による映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が公開された。1969年に実際に起こったハリウッド女優のシャロン・テート殺害事件を背景に、当時のハリウッド映画界を描いた本作のストーリーが、史実と違う結末を描いているとして話題となったのは記憶に新しい。このように現実の世界を舞台にしながら、実際の結果や歴史とは異なる世界を描くストーリーは歴史改変ものと呼ばれ、これまでも同じくタランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』(2009年)やティム・バートンが製作総指揮を務めた『リンカーン/秘密の書』(2012年)など、しばしば見られたが、最近、この歴史改変ものの作品が、またハリウッド映画やシリーズで見られるようになっている。

参考:ハリウッド映画やドラマシリーズと“カーニバル”の関係性 『ストレンジャー・シングス』などから探る

 こういった歴史改変ものの作品においては、実はハリウッドで好んで取り上げられるトピックというのが、いくつか存在している。第一に、20世紀の世界史において、政治や経済など、あらゆる部分で最も重要な出来事の一つであった第二次世界大戦である。中でも特にナチスドイツをめぐるストーリー、および「ドイツ(時には日本も)が連合国に勝ったら」という設定は、例えばAmazonプライム・ビデオで配信された『高い城の男』(2015年~2019年)の設定で用いられるなど、頻出している。またフィリップ・ロスによる小説を原作とし、第二次世界大戦下の1940年アメリカ大統領選で、もし親ヒトラー派の候補が現職のルーズベルトに勝利していたら……という設定のHBOによるシリーズ『プロット・アゲンスト・アメリカ』も、6月9日から日本で放送&配信予定となっている。

 二つ目は、アメリカという国家にとっての最重要人物である歴代の大統領が、改変要素となるもの。これは例えば、上で紹介した、第16代大統領エイブラハム・リンカーンが、実はヴァンパイアハンターであったという設定の『リンカーン/秘密の書』や、ロバート・レッドフォードがアメリカ合衆国の大統領を務める2019年の世界で、人種的緊張を取り巻く事件を描く、HBOの『ウォッチメン』(2019年)などが、このカテゴリーに入ってくるだろう。

 そして、三つ目はハリウッドの製作者たちも大好きな、ハリウッド内部やエンターテインメント業界での出来事を描く作品だ。冒頭に紹介した『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』に加え、『glee/グリー』で知られるライアン・マーフィーが製作総指揮を務め、この5月からNetflixで配信が始まったリミテッドシリーズ『ハリウッド』(2020年)では、第二次世界大戦直後のハリウッド映画界におけるジェンダー・人種などのマイノリティらに対する抑圧が、苦労しながらもキャリアのハシゴをのぼっていく当事者たちの姿を通じて描かれている。また、もっと広い意味でのエンターテインメント業界を描いたものとして、ビートルズが存在しない世界を描いた『イエスタデイ』も、昨年公開された。

 ここで、実際に起こった出来事や、実在したことが公に知られている人物のストーリーにおいて、改変を加えた歴史改変ものの作品が、最近になってまた増えている背景を考えてみたい。

 まずこれを書くにあたってすぐに思い出したのは、筆者がロサンゼルスの大学院で映画プロデュースを学んだ際、一冊の教科書に書かれていたことである。要約すると、ハリウッド映画の企画開発で求められているのは『同じものだけど違うもの』という趣旨のことで、つまり、市場に求められているのは、今まで誰も観たこともないような斬新すぎる作品ではなく、なんとなく手が届く範囲での新しさであるということだ。それは直近5年ほど、ハリウッドのスタジオの製作する映画が、フランチャイズものや原作もの、さらには実際の出来事の映画化ばかりである事実が、何よりの証拠であろう。そういった既に一般に認知されたストーリーを元に、これまで演出やビジュアルなどのスクリーン上の表現に限られていた新しさの追求であったが、さらなる新しさを切り拓くため、ストーリー自体にまで手が及んだと、考えることができる。

 到底観切れないほどの数のコンテンツが溢れている現在、熾烈なオーディエンス獲得競争に打ち勝つため、制作側はより刺激的なコンテンツの制作に走り、オーディエンス側も、より刺激的で大きなどんでん返しを、心のどこかで求めている。それに応える形で、ただ史実を描くだけでなく、実際の出来事さえも変えてしまうという、究極のどんでん返しが生まれたと言えるのではないだろうか。

 これについて、一つの興味深い記事を見つけた。イギリスの大手紙『ガーディアン』で「歴史改変ものの映画が戻っている理由」と題されたそれは、「多くの映画でシナリオが複雑化して画面上で語られていることを鵜呑みにできなくなり、観客はまるで中毒になったかのように、そこに存在しないはずのどんでん返しさえも期待するようになった」(筆者概訳)と書かれていて、まさにその通りだと感じた。

 もう一つの社会的背景として、世の中に出回るフェイクニュースの存在があるのかもしれない。2017年1月のドナルド・トランプ米大統領就任式に関して「オルタナティブ・ファクト(もう一つの事実)」という表現が使われたことは大きな物議を醸したが、現代の世の中には、フェイクニュースが当たり前のように出回り、人々は何が真実か、あるいは虚偽なのか、正解がわからなくなっている。制作者たちは、それを逆手に取り、たとえ史実に沿わない形だとしても、自分たちの表現したい「もう一つの歴史」を描くことに対するハードルが低くなり、観る側もそれを抵抗なく受け入れられるようになってきているのではないだろうか。

 併せて、例えばNetflixのリミテッドシリーズ『ハリウッド』のように、より強い社会的なメッセージを発するために、改変が使われる場合もある。この作品で描かれている人種やジェンダーなどに代表されるマイノリティが、法的に平等でなかった社会の中で、人生やキャリアを棒に振る脅威に晒されながらも、時代を変えていこうと闘い、そして結果を残していく姿は、現代社会に依然として残る同様の問題に、より強いメッセージを投げかけるものと思われる。

 映画とテレビはその長い歴史の中で、観る人々に様々な夢を与えてきた。ドキュメンタリー作品であればまた話は別であるが、劇映画の根底にある目的は、本来事実を忠実に描くことではなく、観る人を楽しませることにある。そのための手段として、ストーリーが歴史改変を含むものであったとしても、そこに込められた作り手側の明確なメッセージがあり、オーディエンスもまた、実際に起きた歴史を顧みつつ、作品を楽しむことができるのであれば、それは素晴らしいことではないかと思う。

【参照】
・https://www.theguardian.com/film/2019/dec/05/why-alternate-reality-movies-are-making-comeback-la-belle-epoque-jumanji
・https://www.theverge.com/2019/8/1/20749061/once-upon-a-time-in-hollywood-quentin-tarantino-sharon-tate-charles-manson-historical-revisionism

(田近昌也)

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