Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

tricot、SEAPOOL、リーガルリリー、羊文学……感情の機微を繊細に表現したギターバンドの最新作

リアルサウンド

20/3/1(日) 6:00

 もはやテクニック的にも理論的にも敢えて「女性」を謳うことは不要な現在のバンドシーン。スキルがフラットになったことで、全員女性メンバー、もしくはメンバーの大半を女性が占めるギターバンドのサウンドやアンサンブルそのものに耳がいくようにもなった。今回は2020年代に突入し、特に印象的な4組のバンドアンサンブルと、それを必要とするスタンスの核を検証していきたい。

(関連:ヤバT、超特急、エビ中、tricot……斬新なアイデアが光る新作MV4選

 まず結成10周年というタイミングで、意外なことにメジャーとのタッグを組み、新作『真っ黒』をリリースしたtricot。変拍子を多用したマスロックというスタイルと、一見相容れないような中嶋イッキュウ(Vo/Gt)のセンシュアルなボーカルのクセになる違和感はここにきて、さらに磨き抜かれた印象だ。tricotの場合、キダ モティフォ(Gt)が選ぶ音色とリフやフレージングの変幻自在さが、複雑なドラムとベースのリズムにもうひとクセ加え、言葉以外の感覚的な部分に訴えかける。特に本作では「右脳左脳」でのR&B寄りのビートや音色のセレクトに加え、キダの定形にとらわれないオブリガートはジャズの領域へ接近。どこか遠くの情景を喚起させるリバーヴィなギターのイントロが印象的な「危なくなく無い街へ」は、キダが小袋成彬の音源で重用されていることも理解できる。さらに「なか(Album Ver.)」では、30カ所近いアメリカツアーを共に回った、CHONのギタリスト二人も参加しており、中嶋のラップ的な言葉の置き方と、会話するようなギターのやりとりが面白い。彼女たちは別に新世代ジャズ以降のバンドアンサンブルを学習して楽曲を生み出しているわけではないだろう。メンバーのベーシックにあるNUMBER GIRLのオルタナ寄りのギターサウンドやリフの鋭さ、toeなどマスロックの変拍子に、現行のヒップホップやR&Bも吸収し、アレンジへ反映され、抜き差しがレベルアップ。結果、風通しの良いオケの上に乗る中嶋のボーカルは過去最高に明確に聴こえる。リズムが変態的でありつつ歌モノでもあるという、世界でも稀有なバンドに到達した。

 タフなバンドサウンドという意味合いでは、SEAPOOLも今年に入り、俄然、注目度が上昇しているバンドだ。徳島出身の小原涼香(Gt/Vo)と飯谷真帆(Ba)が軸になり、後に白井景(Dr)が加わった3ピースで、大阪を拠点に活動している。昨年リリースされたEP『OK SUGAR ISSUE』をFLAKE RECORDSのレコメンドで知り聴いてみると、おそらくZ世代であろう若さゆえにあらゆる時代のロックからオルタナやグランジを直感的に選択した印象だ。初期Sonic YouthやNUMBER GIRL、カナダのガレージ/ノイズバンド・METZも真っ青な荒削りでソリッドなサウンドに清々しさすら感じる。そんな彼女たちは最新EP『Kiss The Element』を、2月26日にリリース。すでに本作から先行配信されている「素描」は、ギターの弦が鋼であることを意識させるヘヴィメタリックな響きと、感覚的な単音のフレージング、フィードバックノイズを効かせた楽曲で、まるで身についた仕草のように自然に駆使する小原の堂々とした演奏には冷ややかな殺気すら感じる。ラウドで怒涛のアンサンブルでありながら、歌メロだけを取り出すと口ずさみたくなるようなポップさもあるという意味ではtricotにも通じるアンビバレントを持ったバンドだ。愛や恋といった人との距離感や、出来事に対して発生した感情を一旦引きで捉え、抽象的に描く歌詞とソリッドなサウンドの親和性も高い。

 表現者としての体内時計から必然的に遅いBPMが生み出されることに驚愕したのが、1月にリリースされたリーガルリリーのメジャー1stアルバム『bedtime story』だった。「リッケンバッカー」(シングル『リカントローブ』/2016年)に込められた、本気で物事に立ち向かわない者への痛烈な断罪は、ソングライターでギター&ボーカルのたかはしほのかの儚げな声によって、さらに強く印象付けられた。そこからEP三部作を経て、運命のメンバーと言える海(Ba)が加入してからのリーガルリリーは、ギターとベースが生み出す残響やロングトーンをさらに美しく鳴らせるようになった。My Bloody Valentineのケヴィン・シールズを想起させるギターサウンドのレイヤーが時代を超越して鳴っている「GOLD TRAIN」でのまさに想像上の列車で高速移動する体感。映画『惡の華』主題歌として書き下ろした「ハナヒカリ」のスローテンポと音数の少なさが醸し出す、大きすぎる空の元に放り出されたような怖れ。さらに、楽器そのものの鳴りの良さを生かしたコードや単音のフレージングに、自分が選んだ音への確信がにじむ堂々としたタイトルチューン「bedtime story」での、生き物の原点である海を思わせる大きなうねり。丁寧に一音一音を終わらせていく手つきは、音に魂を乗せることができる音楽家にしかできないタッチなのだ。

 もう一組、オルタナ/シューゲイザーを出自に持ちつつ、より自然に歌とともにギターが鳴っている普遍的な存在が羊文学なのではないだろうか。最新EP『ざわめき』は、前作『きらめき』と連作めいたニュアンスの5曲が収録されている。『きらめき』以降、ガーリーなものへの居心地の悪さから脱却というか、女性であることをフラットに認識し、以前よりフラットにポップな楽曲を無理なく作り出している塩塚モエカ(Vo/Gt)。『ざわめき』は陽性のギターポップではないが、朝に向かって空が白々と明るくなっていくような、当たり前だけれども安堵するような明度がある。例えば、夜一人で泣くことを許される感覚を得られる「祈り」は、まさにそんな明度を持った曲だ。歌の伴奏としてのコードカッティングや、歌に付随する感情を響かせるようなビビッドな単音のフレージングはニュートラルで瑞々しい。トレモロギターが一瞬、血の気が引くような幻惑的な感覚に導くイントロを持つ「サイレン」。徐々に高揚し、テンションが上がっていく歌声の裏で基本的に通奏音のように鳴っているトレモロの音が、終盤には前向きな涙のように聴こえるのが不思議だ。感じたことを説明が足りないぐらいの言葉数でピン留めしていく塩塚の言葉や声の温度を生かす、シンプルなアンサンブルがいい。

 技巧的であっても、音の響きを大切にしたシンプルな演奏であっても、心の景色や感情の機微を繊細に表現できるギターバンドが女性に多く出現してきたことは確かだと思う。今回挙げた4バンドは中でもじっくり一人で対峙できるタイプの音像。リスナー1人1人の心地よさのポイントを探り当ててみて欲しい。(石角友香)

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む