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植草信和 映画は本も面白い 

押井守監督の映画への愛とリスペクトが感じられる映画本ほか

毎月連載

第49回

20/9/25(金)

『押井守の映画50年50本』

『押井守の映画50年50本』(押井守著/立東舎刊/2,200円+税)

日本の映画監督は総じて“口数少ないタイプ”の人が多い。藤田敏八、相米慎二にインタビューしても「ア~、ウ~」ばかりの返答で泣かされた。対照的に数は多くはないが〈饒舌タイプ〉の監督もいる。北野武は別格として「篠田正浩、大林宣彦、押井守」が評者主観の、“饒舌監督三羽烏”。

その押井守監督、TV『一発寛太くん』で監督デビューして43年。7年間の映画ファン時代を含めた50年間で観た映画の中から1年1作品計50本を選出して語り下ろしたのが、本著『押井守の映画50年50本』だ。

どんな作品が語られているのか。『ウォリアーズ』『ブルーサンダー』『戦争のはらわた』『アサシン 暗・殺・者』などなど、普段あまり語られる機会がない作品が多いのが本書の肝。選出基準が、「高評価」ではなく“語るに値するか否か”であるところが、いかにも押井守らしい。

もちろん、『2001年宇宙の旅』『ブレードランナー』『映画に愛をこめて アメリカの夜』といった名作も押さえられている。

2004年選出の『ボーン・スプレマシー』のなかで押井はこう語る。

「いい映画だからという理由で50本を選んでいるわけではない。映画の正体に近づくために、映画の正体について語るために50本を選んでいる。だから傑作をセレクトするわけではないんだよ」。

『ブレードランナー』と『ブラックホーク・ダウン』の2本が選出され、もっとも多く語られているのはリドリー・スコット監督だ。彼は最大級の敬意をこめてリドリー・スコットを、「サー」と呼ぶ。

「サーの称号を持っているからリドリー・スコットのことを“サー”と呼んでいるんじゃなくてね、尊重するに値するから“サー”なんだよ。映画を仕事にしているなら、あるいは映画に興味がある人間だったら、見なきゃ損だぜ」。

1968年(17歳)の『2001年宇宙の旅』ではじまった50年間の押井の“映画の旅”は、2017年(66歳)の『シェイプ・オブ・ウォーター』で終わる。

少し長いが引用する。

「ギレルモ・デル・トロは、モンスターへの愛があって、マイノリティへの愛もあって、優しい男なんだけど、人間の残酷さに対しても目をそむけない。それが映画の深みになっている。だけど最後は愛を全肯定して終る。こんな肯定的な映画を久しぶりに見たよ。(…)いちおう僕も『GHOST IN SHELL/攻殻機動隊』や『イノセンス』では肯定的に見える余地を残した。そういうふうには見えないかもしれないけど、監督のつもりとしては悲観的じゃないんだよ。(…)そういう解釈の余地は残すんだけど、ギレルモ・デル・トロほどには肯定的にはなれない。ここまでの度胸が僕にはない。彼ほどやさしい人間じゃないってことなのかもしれないけど」。

「映画とは何か?」を探求しつづけてきた押井の、映画への愛とリスペクトが素直に感じられる。数ある押井の著書の中で、一番愛すべき極私的映画史本だ。

『アニメ大国建国紀 1963-1973/テレビアニメを築いた先駆者たち』(中川右介著/イースト・プレス/1,950円+税)

『アニメ大国建国記 1963-1973/テレビアニメを築いた先駆者たち』

中川右介の著作を初めて読んだのは、『歌舞伎 家と血と藝』(2013)だった。歌舞伎のことは何も知らなかったので、その奥深さ、「歌舞伎とはこういう世界だったのか」を教えられ、目からウロコが何枚も落ちた。

以降、『カラヤンとフルトヴェングラー』(07)』『悪の出世学 ヒトラー・スターリン・毛沢東』(14)、『松竹と東宝 興行をビジネスにした男たち』(18) 『手塚治虫とトキワ荘』(19)など、ジャンルを問わず読み続けた。

その著者の最新刊『アニメ大国建国紀』は、『手塚治虫とトキワ荘』の姉妹編ともいえる、マンガとアニメとテレビの興亡をテーマにした文化批評書だ。主人公は手塚治虫だが、藤子不二雄、赤塚不二夫、石ノ森章太郎など著名な漫画家たちが、テレビアニメの主戦場になった虫プロダクション、スタジオ・ゼロ、ピー・プロダクションを舞台に大奮闘するさまが克明に綴られている。

著者は〈はじめに〉で以下のように書いている。

「本書は〈テレビアニメ〉という新たな文化産業が、どのような人びとによって、どのようにして興り、どのように発展していったかを記すもので、作品論でも作家論でもない。また個人の想い出や感動を語るものでもない」。

「四部 18章」の構成で、「第一部神話時代」では手塚治虫が見たアニメ史、虫プロ設立まで。「第二部建国期」ではテレビアニメ『鉄腕アトム』登場から宇宙SFアニメのブーム到来まで。「第三部開拓時代」では怪獣ブームから『オバケのQ太郎』『ムーミン』登場まで。「第四部過渡期」では『ルパン三世』の登場から『宇宙戦艦ヤマト』の時代までを、全486ページにわたってテレビアニメの歴史が記述されていく。

マンガもアニメもテレビも漫画雑誌も、それぞれ点として存在していたジャンルが、読み進むにしたがってパノラマ映像のように鳥瞰できるようになる。著者は膨大な資料の読み込みと構成力によって、アニメ建国の歴史を絵巻物にしているのだ。

複雑なジグソーパズルを完成させたときのような爽快感が読後体験できる本書は、間違いなく日本テレビアニメ史〉の決定版と言っていい。既に来月刊の『文化復興 1945年8月―12月』の予告がFacebookに上がっている。大部な著作を連発する著者の体力と脳内は、どうなっているのだろうか。

『ハリウッド式映画制作の流儀/最後のコラボレーター=観客に届くまで』(リンダ・シーガー著/シカ・マッケンジー訳/フィルムアート社刊/2,200円+税)

『ハリウッド式映画制作の流儀/最後のコラボレーター=観客に届くまで』

最近観た映画でもっとも衝撃的だった『ようこそ映画音響の世界へ』は、映画における「音」の効果と重要性を訴えた傑作ドキュメンタリー映画だった。

映画は「画」と「音」で成り立っていることを理論的に実証したこの映画を観た直後に、たまたま手にしたのが本書『ハリウッド式映画制作の流儀』。期せずして映画の内部構造を、映像と書籍で学んだことになる。

映画はどのようにして作られるのか。脚本家、プロデューサー、監督、俳優、美術、撮影監督、メイク、編集、作曲家がそれぞれの立場で仕事の要諦を語る。

発言者はアーロン・ソーキン(脚本家)、リチャード・D・ザナック(プロデューサー)、ロン・ハワード、スティーヴン・スピルバーグ(監督)、ロビン・ウィリアムズ、メリル・ストリープ、ラッセル・クロウ(俳優)、フェルディナンド・スカルフィオッティ(美術)、など超豪華布陣。

そして完成した作品を、「最後のコラボレーター=観客」にどのように届けるのか……。映画人を志向する若者たちに向けて書かれた映画製作入門書だが、映画ファンも教えられることが多いガイド本としても読める。

著者のリンダ・シーガーは2千本以上の脚本に関わってきたというスクリプト・コンサルタント。『アカデミー賞を獲る脚本術』『サブテキストで書く脚本術』が邦訳出版されている。

プロフィール

植草信和(うえくさ・のぶかず)

1949年、千葉県市川市生まれ。フリー編集者。キネマ旬報社に入社し、1991年に同誌編集長。退社後2006年、映画製作・配給会社「太秦株式会社」設立。現在は非常勤顧問。著書『証言 日中映画興亡史』(共著)、編著は多数。

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