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ピーター・バラカンが語る、 新たな音楽との出会い

ピーター・バラカンが語る、 新たな音楽との出会い

毎月連載

第29回

20/12/22(火)

年末ですので、今回は2020年に発表されたアルバムの中から僕が特に気に入った企画ものを3作ご紹介します。

『Wildflowers』

まずは、トム・ペティが1994年に発表したソロ・アルバム『Wildflowers』のデラックス・エディション『Wildflowers & All the Rest』。もともとトム・ペティ本人は、このアルバムを2枚組にするつもりだったのですが、最終的に15曲入りの1枚のアルバムとして当時は出ました。ペティは2017年に逝去しましたが、生前このアルバムに未発表だった10曲を加えて、本来の2枚組でリイシューしようと曲順まで考えていたみたいですね。今回の『Wildflowers & All the Rest』には、リマスタリングされたオリジナル・アルバムに加え、その未発表曲10曲がDisc2に、ペティのホーム・スタジオで録音された15曲のデモ音源がDisc3に、1995年〜2017年に録音された『Wildflowers』楽曲14曲のライヴ音源がDisc4に、更に本人のサイトから直接買うとスタジオ録音の別ヴァージョン16曲を収録したDisc5を追加したヴァージョンもあります。

トム・ペティのことはデビュー当時からすごく好きだったのですが、このアルバムが出た90年代の僕は全然違う種類の音楽を聴いていることが多くて、『Wildflowers』も当時はちゃんと聴いていなかったんです。今回、改めて聴き直してみたら楽曲のクオリティの高さに本当に驚かされました。トム・ペティは僕より1つ年上の1950年生まれで、おそらく若い頃は僕と同じように、60年代ロックをめちゃくちゃ聴いていたはず。そのエッセンスが楽曲の中に、常に絶妙なバランスで散りばめられているんですね。初期の楽曲にはザ・バーズやザ・ローリング・ストーンズにも通じる感覚もあり、メロディのセンスもすごく良くて。以前僕のラジオでトム・ペティの特集をやったのですが、その時の反応も予想以上に大きかったです。

ちなみに『Wildflowers』のプロデューサーは、リック・ルービン。デフ・ジャム・レコードの創始者で、ヒップホップやハード・ロックを多く手掛けたことで知られる人ですが、トム・ペティは彼と本作で初めてタッグを組んでいます。二人の相性もすごく良かったみたいですね。

『Wildflowers & All the Rest』は、Disc3に収録された自宅デモのクオリティが予想以上に良かったですね。半分くらいの曲では、ほぼ全ての楽器を一人で多重録音して演奏しています。デモの時点で、すでに編曲が細かく練られていることにも驚きました。Disc4のライブ音源も最高です。『Wildflowers』を発表した直後から、最近の音源まで収録されているのですが、ずっと彼と共にやってきたザ・ハートブレイカーズは本当に素晴らしいですね。ぼくにとって、ロス・ロボスと双璧をなす「ロック・バンドの理想型」かなと思ったりもしますね。

『Joni Mitchell Archives - Vol.1: The Early Years(1963-1967)』

続いて紹介するのは、ジョーニ・ミチェルがデビューする前にフォーク・シンガーとして活動していた頃の、未発表音源を集めた5枚組のCD『Joni Mitchell Archives - Vol.1: The Early Years(1963-1967)』。ジョーニとニール・ヤングのマネジャーは、去年亡くなったエリオット・ロバーツという人で、ニールの未発表音源に関してはそのマネジャーが以前からずっと系統立ててアーカイヴ化しており、同じようにジョーニにもアーカイヴすべきだと提案し続けてきたみたいなのですが、ジョーニ本人はデビュー前のちょっとフォークっぽい楽曲を自分ではあまり評価していなかったらしく、長いこと首を縦に振らなかったんです。ところが最近になり、改めて聴き直してみたところ自分で思っていた以上に良かったみたいで(笑)、ようやくこのような形で日の目を見ることになりました。

珍しいのは、彼女がカナダの田舎に住んでいた19歳の頃の、自作曲を作り始める以前のセッション音源があること。当時彼女は「ジョーン・アンダスン」名義で、バリトン・ウクレレという4弦楽器を演奏しながらトラディショナルなフォーク・ソングを歌っていました。地元のラジオで深夜のDJをやっていた人物と仲良くなり、ある時そのDJに誘われてラジオ局へ行き、9曲のセッションを行なっているんです。その時のテープはDJが持ち帰ったまま、彼の自宅に長い間放置されていたらしく。その存在すら忘れられていたのですが、別れた奥さんから娘経由で送られてきた荷物の中に、そのテープが混じっていたそうなんです(笑)。それを彼がコピーしてジョーニに送ったことによって、晴れてこのセットにも収録されることになりました。

他にも、母親に宛てて吹き込んだ「初のオリジナル・ソング」と思われる楽曲が入っていたり、カナダのフォーク・クラブで歌っているライヴ音源が入っていたり、テレビ番組で歌った時の音源が入っていたり。よくまあこれだけ集めたものだと感心します。彼女のルーツが窺い知れますし、彼女の独特のメロディ、変則チューニングによるギターの独特な響きは、かなり初期から確立されていたこともよく分かる非常に貴重な内容になっていますね。

『The Harry Smith B-Sides』

最後は、ものすごくマニアックなアルバムを紹介しましょう(笑)。今から70年くらい前、ハリー・スミスという人物の編纂による6枚組のボックス・セット『Anthology Of American Folk Music』(1952年)が、Folkwaysという零細インディ・レーベルから発表されました。そこには1920年代後半から1930年代前半までの間に、アメリカでSP盤として発表されたフォークやブルーズ、カントリー、ゴスペルなどアメリカのルーツ・ミュージックの、当時はほとんど誰も知らないようなものばかり収録されていたんですね。

そのボックス・セットは後にフォーク・リヴァイヴァルを起こしたニューヨークの若者たちの間でバイブルとなり、彼らを経由して戦前のブルーズマンが再発見・再評価されたり、例えばボブ・ディランをはじめとするフォーク・ロック界隈のミュージシャンたちによってカヴァーされたりと、間接的に計り知れない影響力を持った作品でした。僕がそれを初めて聴いたのはCD化されてからなのですが、本当に興味の尽きない内容でした。

前置きが長くなりました。『Anthology Of American Folk Music』は全部で84枚のSP盤の、A面だけを収録したアンソロジーだったのですが、今回紹介するのはそのB面集、その名も『The Harry Smith B-Sides』という編集盤です。CD4枚組で、発売元は、マニアックな古い音源ばかりを出しているアトランタの夫婦が立ち上げたDust-To-Digitalというレーベル。『Anthology Of American Folk Music』を持っている人なら、おそらく気になる内容だと思いますね。ちなみにDust-To-Digitalの公式ツイッターは、いつも非常に珍しい音楽動画を上げているので一見の価値ありです。

『Anthology Of American Folk Music』の編纂者だったハリー・スミスは、とにかく変わった人物。音楽学者というよりは民族学者といった方がいいのかも知れない。アメリカの先住民の民具などを集めたかと思えば、紙飛行機をやたらと集めたり(笑)、タイプライターを使ったアート作品を作ったり、実験映画を制作したりしていたんです。彼のインタヴュー集『ハリー・スミスは語る 音楽/映画/人類学/魔術』も出版されています。

さて、約2年半にわたってお届けしてきました本コラムは、今回で最後の更新となります。音楽だけでなく映画についても、普段とはまた一味違った切り口でご紹介するのはとても楽しかったです。皆さんありがとうございました。またどこかでお会いしましょう。

(取材・構成/黒田隆憲)

プロフィール

ピーター・バラカン

1951年ロンドン生まれ。ロンドン大学日本語学科を卒業後、1974年に音楽出版社の著作権業務に就くため来日。現在フリーのブロードキャスターとして活動、「Barakan Beat」(インターFM)、「Weekend Sunshine」(NHK-FM)、「Lifestyle Museum」(東京FM)などを担当。 著書に『ロックの英詞を読む〜世界を変える歌』(集英社インターナショナル)、『ラジオのこちら側で』(岩波新書)、『魂(ソウル)のゆくえ』(アルテスパブリッシング)、『ぼくが愛するロック 名盤240』(講談社+α文庫)などがある。

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