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いま最も聴くべきメゾ・ソプラノ脇園彩のロッシーニ《チェネレントラ》!新国立劇場のオペラ新シーズンまもなく開幕

ぴあ

脇園彩 (C)Ambra Iride Sechi

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新国立劇場のオペラ2021-22シーズンが10月1日(金)に開幕する。オープニングを飾るのはロッシーニの《チェネレントラ》。チェネレントラはイタリア語でシンデレラのこと。しかしオペラには、かぼちゃの馬車やガラスの靴などのファンタジーの要素は登場しない。ロッシーニお得意の喜劇のなかで、登場人物たちの心模様を、見事な音楽で描いた人間ドラマ。息を呑むようなアクロバティックな声の技巧も満載だし、なによりおなじみのあのストーリーということもあり、世代やオペラ経験値を問わず、幅広い層が屈託なく楽しめる傑作だ。

主役アンジェリーナ(シンデレラ)を演じるのが脇園彩。ロッシーニやモーツァルトをレパートリーに、いまヨーロッパの劇場が最も注目する新世代のメゾ・ソプラノだ。8月下旬、公演のためミラノから帰国して隔離待機中の彼女にオンラインで聞いた。

――新国立劇場には、今年2月の《フィガロの結婚》(ケルビーノ役)に続いて、ロッシーニでは昨年の《セビリアの理髪師》(ロジーナ役)に続いての出演です。どんなことを楽しみにしていますか?

私、継父ドン・マニフィコ役のアレッサンドロ・コルベッリ(バリトン)の大ファンなんです。テクニックも経験もある方なんですけど、それをひけらかさず、本当に語るように歌って、人間性が表現に出てくる。いつか彼と共演するのが長年の夢だったので、それがまさか東京で叶うとは。たくさんのことを学べると思っています。

――ご自身の演じるアンジェリーナ役の見どころ・聴かせどころを。

私が一番大事に思っているセリフが、最後のアリアの前のレチタティーヴォ(※話し言葉のように歌う部分)の中に、さりげなく出てきます。 「私の復讐は彼らを許すこと」
アンジェリーナが王子と結婚することになり、彼女を虐げていた継父と義理の姉たちを許して言うひとことです。この言葉を見て、私は自分の新しい世界の扉が開いた気がしたんです。
理不尽な扱いを受けたりして辛い思いをすると、つい怒りや悲しみに飲み込まれてしまいそうになるじゃないですか。でも、ちょっと視点を変えて、ネガティヴな感情を解放することが、よりよく生きるためのひとつの解決策になりうるのではないかと思うんです。
ロッシーニって、物の見方がものすごく冷静で俯瞰的なんです。日本の禅とか能にも通じるような。困難な状況でも、どんなに辛いことも笑いに変えてしまう。「いろいろあるけど、人生っていいよね!」というロッシーニの精神性が凝縮されたセリフだと思います。

――音楽的にはどんな魅力が?

《チェネレントラ》は、最も有名な《セビリアの理髪師》の1年後に書かれた作品なんですけど、《セビリアの理髪師》と比べても、音楽的にすごく充実しているんです。一曲一曲、すべての登場人物に、次から次に名曲が続きます。

幕開けから、お姉さん二人とアンジェリーナ、アリドーロ(王子の家庭教師の哲学者)の四重唱も素晴らしいし、その次の継父ドン・マニフィコのアリアは本当に素晴らしいんです。ドン・マニフィコにはアリアが3つあるのですが、どのアリアもそれぞれ違うテクニックが必要です。しかも、敵役なんだけど、ちょっと可愛げがある、隙だらけの人物なので、そういうキャラクターも見せなければなりません。マニフィコ役のコルベッリのテクニックを間近で見られるのが、すごく楽しみです。

そしてそのあとのアンジェリーナとドン・ラミーロ王子が出会うシーンの二重唱は、私は世界で一番ピュアで美しい恋の始まりの二重唱だと思います。運命の人と出会った瞬間を、光が弾けるような輝きで繊細に表現している二重唱は、この世に他にはありません。ドン・ラミーロ役のルネ・バルベラ(テノール)とは何回も一緒に歌っているので、すごくやりやすいです。

アリドーロのアリア(第1幕)は、難しくてバス歌手泣かせなんですよ。いろんな要素があって、それをきちんと丁寧に聴かせなければならないのですが、とにかく長いので、ただ歌うだけだと、ちょっとつまんなくなっちゃうんです。アリドーロ役のガブリエーレ・サゴーナ(バス)は、私が以前についていた先生と同門ということもあって、プライヴェートでも友人です。2018年にヴェローナのフィラルモニコ劇場の《フィガロの結婚》で共演しました。彼のフィガロ、素晴らしかったですよ。

あ、あと、ダンデイーニ役(王子の従者。命じられて王子に扮装している)の上江隼人さん(バリトン)は、ミラノでたいへんお世話になった先輩です。食事をご馳走になったり声楽談義をさせていただいたり。初共演なのですごく楽しみです。とにかく声が素晴らしいし、そのうえで人間の器がものすごく大きい。ダンディーニは合うだろうなとずっと思ってたんです。彼のアリア(第1幕)も、めちゃめちゃ難しいんです。細かい音符がたくさんあって、でもそれをさりげなく歌わなくてはならなくて。

――聴き逃せない重唱もたくさんありますね。

私、ロッシーニの大編成の重唱が大好きなんです。ものすごく厚みがあって、しかも緻密。それが、「細かく計算して書いてます!」っていう感じでなく、とても自然なのが粋(いき)ですよね。心躍らされるというか。聴けばとにかく圧倒されると思います。
たとえば《ランスへの旅》には14声の重唱がありますが、それが14人のコーラス隊ではダメ。一人ひとり、テクニックも色もあるソリストたちが集まって、それぞれの色を消すのではなくて、むしろ原色のまま、極彩色を出しまくって、それでみんながひとつの音楽を作るから、ものすごいエネルギーが出るんだと思うんです。
個性を出しつつ、一つのものを作る。これは、多様性を受け入れながら、みんなで世界をよくしていきましょうという、今の社会の流れに、すごく繋がっているような気がします。現代はロッシーニの重唱に学ぶことが、けっこうあるのではないでしょうか。

新国立劇場『チェネレントラ』稽古風景

――今回、粟國淳さんの演出は、舞台を1950~70年代のハリウッドやイタリア映画黄金時代のチネチッタ(ローマ郊外の映画撮影所)のような映画撮影所に設定したもの。すでにローマで衣裳合わせをしてきたそうですね。

私、50年代、60年代の映画やファッションが大好きなんですけど、今回の衣裳が全部、私の趣味のど真ん中! オードリー・ヘップバーンとか、ソフィア・ローレンとか、あの時代の雰囲気なんですよ。夢が実現したみたいな衣裳で、本当にちょっと鳥肌が立ちました。
私もまだ他の役の衣裳や舞台スケッチを見せてもらっただけなんですけど、喜劇王トトとか、映画監督のフェデリコ・フェリーニとか、あの時代のイタリア映画からインスピレーションを得て、舞台上のヴィジュアルにもいろんなオマージュが登場するようなので楽しみです。

――2014年にペーザロのロッシーニ・アカデミー(※)に参加したことは、ロッシーニを歌ううえで大きな経験だったと思います。アカデミーの校長でもあったロッシーニ研究の権威アルベルト・ゼッダ(1928~2017)から何を学びましたか?
(※アドリア海に面したロッシーニの生地ペーザロで1980年に始まった「ロッシーニ・オペラ・フェスティバル」が開催している、次世代育成プログラム)

ゼッダ先生が何度もおっしゃっていたのが、音楽が演者のテクニックのひけらかしになってはいけないということでした。ロッシーニって、アジリタ(※速く細かい音符を転がすように歌う装飾的な声楽技術)がすごく重要視されがちですよね。ともすると、それが自分を誇示するためのエゴイズムになってしまうと思うんです。テクニックは素晴らしい音楽を伝えるためのツールに過ぎません。ゼッダ先生がおっしゃっていたのは、音楽に対して忠実に、音楽に対して敬意を表すること。テクニックは、自分ではなくて、音楽をさらに輝かせるためのツールであるべきだということです。
ゼッダ先生の教えを受けた方が世界中にいます。そういう方たちと一緒に、先生が伝えようとされたロッシーニの音楽の素晴らしさを継承・発展させていきたいなと思っています。

――なるほど。でもオペラ・ファンにとって、ため息の出るような圧巻のアジリタは大きな楽しみのひとつではあります(笑)

あはは。もちろん、見ていただく視点はそれぞれでいいと思います。いろんな楽しみ方ができると思うんですけど、ロッシーニ歌手にとってアジリタは基本であって、その先に、ゼッダ先生のおっしゃっていた、音楽の表現があると思います。それはもしかしたら、世界を、人間を表現することですね。

――最後に、脇園さん自身のことを少し聞かせてください。趣味や熱中していることはありますか?

旅行が好きです。いろんな場所を知ったり、そこでいろんな人に出会ったりするのが好きなので。ということを、じつはコロナ禍で移動が制限されて、あらためて痛感したんです。ああ、私、旅行が好きなんだなと。あとは映画を見るのも好きだし……。あ、あと歌舞伎と文楽は帰国したら絶対に見ています。(坂東)玉三郎さまと(片岡)仁左衛門さま!

――マスク生活が続きますが、喉や身体のコンディション作りで気をつけていることは?

おすすめなのが鼻うがい。私は毎朝、ティーツリーというエッセンシャル・オイルをちょっと混ぜてやっています。ティーツリー・オイルは天然の抗生物質と言わるぐらい抗菌作用があるそうなんです。私は子供の頃からアレルギー性鼻炎で、数年前から研究に研究を重ねて、たどり着いたのが鼻うがいでした。おかげで風邪もひかなくなりました。身体と合うかどうかは人によってそれぞれなので、よく調べてやっていただくのがいいと思います。

――ファンの皆さんへメッセージをお願いします。

厳しい時期が続いて、外出を控えている方もいらっしゃるかもしれません。どうか無理はなさらないでください。でも私は、劇場は魂に栄養を与えてくれる場所だと思っています。とくにロッシーニの音楽、ロッシーニの世界観は、私たちに生きる元気を与えてくれるはずです。魂の栄養補給のために、ぜひ劇場へいらしてください。

ロッシーニ《チェネレントラ》全2幕(新制作)
(イタリア語上演/日本語・英語字幕付)
10月1日(金) 19:00開演
10月3日(日) 14:00開演
10月6日(水) 19:00開演
10月9日(土) 14:00開演
10月11日(月) 14:00開演
10月13日(水) 14:00開演
ロビー開場は開演60分前、客席開場は開演45分前
上映時間は休憩を含めて約2時間50分
会場:新国立劇場オペラパレス

脇園 彩(わきぞのあや/メゾ・ソプラノ)
東京生まれ。東京藝術大学卒業、同大学院修了。2013年、パルマ・ボーイト音楽院に留学。14年、ペーザロのロッシーニ・アカデミーに参加し《ランスへの旅》に出演。同年、ミラノ・スカラ座アカデミーに参加、《子供のためのチェネレントラ》アンジェリーナでスカラ座にデビュー。15年にはマスカット・ロイヤルオペラ《ファルスタッフ》メグに出演。《セビリアの理髪師》ロジーナ、《チェネレントラ》アンジェリーナ、《フィガロの結婚》ケルビーノ、《ドン・ジョヴァンニ》ドンナ・エルヴィーラ、《コジ・ファン・トゥッテ》ドラベッラなど、ロッシーニとモーツァルトをレパートリーの中心に活躍している。ボローニャ歌劇場、フィレンツェ歌劇場、カリアリ歌劇場、バーリ・ペトルッツェッリ劇場、ロッシーニ・オペラ・フェスティバル《セビリアの理髪師》、マルティーナ・フランカ音楽祭のメルカダンテ《フランチェスカ・ダ・リミニ》パオロ、カリアリ歌劇場、ロッシーニ・オペラ・フェスティバル《試金石》クラリーチェ、ヴェローナ・フィラルモニコ劇場《フィガロの結婚》、トリエステ・ヴェルディ劇場《コジ・ファン・トゥッテ》、《ナブッコ》フェネーナ、パレルモ・マッシモ劇場《イドメネオ》イダマンテなどに出演。スカラ座アカデミー《セビリアの理髪師》、ヴェローナ・フィラルモニコ劇場《チェネレントラ》は際立った成功を収めた。新国立劇場へは19年《ドン・ジョヴァンニ》ドンナ・エルヴィーラでデビューし、20年《セビリアの理髪師》ロジーナ、21年《フィガロの結婚》ケルビーノに出演した。

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