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池上彰の 映画で世界がわかる!

『アーニャは、きっと来る』―ナチスドイツの迫害からユダヤ人を救った少年の物語

毎月連載

第30回

第二次世界大戦中のユダヤ人迫害をめぐっては、これまでに数々の名作が生まれました。そしていまも新しい作品が生まれているのです。現代のヨーロッパを見る上で、ナチスドイツが残した傷跡を忘れることができないのだと痛感します。

ナチスドイツの迫害からユダヤ人の命を救ったということでいえば、日本では外交官の杉原千畝が知られています。リトアニアの領事館に勤務していた杉原は、日本に入国を認めるビザをユダヤ人たちに発給。日本を経由してアメリカなどに逃避させた「命のビザ」が有名です。でも、ほかにも多くの無名の人々が、自分たちの危険を冒してユダヤ人たちを匿い、命を助けたのです。

この映画の原作はフィクションですが、同様のことは、本当に起きていたのです。

第二次世界大戦が始まると、ドイツ軍はフランスを攻撃。1940年にパリを占領されたフランスはドイツに降伏します。以後、フランス北部はドイツに占領されるのですが、フランス中部の町ヴィシーにドイツに協力する政権が作られます。ドイツに協力する政権いわゆる傀儡(かいらい)政権です。

映画の舞台となった町は、ヴィシー政権下にありましたが、やがてここにもドイツ軍が進駐してきます。

ヨーロッパ各地を占領したドイツ軍はユダヤ人狩りを始めていました。ユダヤ人たちは、左胸に大きな「ダビデの星」をかたどったユダヤ人の標識をつけることを義務付けられ、次々に収容所に送られます。その収容所で多数のユダヤ人たちが虐殺されるのです。日本人に『アンネの日記』でおなじみのアンネ・フランクも、オランダの隠れ家で見つかり、収容所で病気のために死亡します。

この映画の舞台は、1942年。第二次世界大戦中のフランス。スペインとの国境になっているピレネー山脈の麓の村。ドイツによる迫害から逃れてユダヤ人の子どもたちが逃げてきます。山を越えてスペインに入れば、そこは中立国です。迫害から逃れられます。映画の題名になった「アーニャ」もまた、そんなユダヤ人の少女ですが、彼女は果たして村にたどり着けるのか。

ユダヤ人たちの逃亡を防ぐため、ドイツ軍は、山岳地帯のパトロールを続けます。この状況下で、心優しい羊飼いの少年は、ユダヤ人の子どもたちの逃亡を助けることになります。

ドイツ軍兵士によって、ユダヤ人の子どもたちのための絵本が持ち去られそうになると、少年は必死になって自分の本だと主張します。すると、ドイツ軍将校から「読んでみろ」と迫られます。万事休す。ところが、文字のない絵本なのに、少年は咄嗟に童話を語ります。おお、これぞ弁慶の「勧進帳」ではないか。フランスにも日本の有名な物語と同じような情景が展開されるのです。

ドイツ軍兵士の心の葛藤と戦争の不条理さ

ドイツ軍の目を盗んで、子どもたちをどうやって逃亡させることができるのか。映画ではスリルに満ちたドラマが展開されますが、それだけだと、ありきたりの物語に陥りかねません。その点、この映画では、少年とドイツ軍伍長との心の交流も描かれます。

ともすれば悪役に描かれるドイツ軍兵士ですが、彼らにも家庭があり、故郷には家族がいます。その兵士にも葛藤があるのです。そんな当たり前のことを思い出させてくれることで、戦争の不条理さが心に沁みます。

心優しい伍長は、羊飼いの少年を我が子のように可愛がるのですが、少年は、この伍長に見つからずにユダヤ人の子どもたちを逃すことができるのか。

やがてドイツが敗北すると、ドイツ軍は撤退を始めますが、そこで悲劇が起きます。美しい山岳地帯での人間性の発露と不条理。この村は、いまどうなっているのでしょうか。

掲載写真:『アーニャは、きっと来る』
(C)Goldfinch Family Films Limited 2019

『アーニャは、きっと来る』

11月27日(金)より、新宿ピカデリー他全国公開
配給:ショウゲート
監督:ベン・クックソン
出演:ノア・シュナップ、ジャン・レノ、アンジェリカ・ヒューストンほか

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。

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