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中国版“プデュ”から誕生した新たなアイドル ヤン・チャオユエ 時代の象徴になるまでのシンデレラストーリーを追う

リアルサウンド

20/1/11(土) 8:00

 2020年、iQIYI(爱奇艺/中国の動画サイト)で女性アイドルの公開オーディション番組『Qin Chun You Ni(青春有你)』の新シーズンがスタートする。メインナビゲーターを務めるのは、『青春有你』の前身『Idol Producer(偶像練習生)』で見事、ナンバー1でデビューしたツァイ・シュークン(蔡徐坤)。BLACKPINKのリサがトレーナーとして参加するのも話題だ。

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 中国の女性アイドルグループの歴史は意外と短い。中国でも、2004年に放送された女性歌手のオーディション番組『Super Girl(超級女声)』はあった。しかし、中国において女性アイドルグループといえば、2012年に結成されたSNH48が先駆けになるのだろう。ただ、2018年にロケットガールズ101(火箭少女101)が誕生してからは、SNH48以上にメディア露出が多く、メンバー個々の活動も目立つ。

 その中でも、ヤン・チャオユエ(楊超越)の活躍は飛び抜けている。トップ女性アイドルの一人だ。バイドゥ(百度)の女性芸能人ランキングでは堂々の3位。なんと女優のファン・ビンビンよりも、アンジェラベイビーよりも、シンガーのフェイ・ウォンよりも断然上なのだ。

 ヤン・チャオユエがデビューしたのは2018年。江蘇省の農村から2016年に上海に出てきた、歌もダンスも超苦手な地下アイドルの女の子が、たった3カ月で女性アイドルのスターダムにのし上がったのだ。いわば、“片田舎のド素人”が14億人に一人の特別な存在になった。一体、何が起こったのか?

 2018年4月から6月まで、Tencent Videoで女性アイドルのバトル形式の公開オーディション番組『PRODUCE 101(創造101)』が放送された。『創造101』は韓国発祥で、視聴者が票を投じることができる参加型の番組だ。アイドルになりたい101人の女性が、11人の枠を狙って、歌とダンスの個人戦、チーム戦を勝ち抜いて上を目指す。日本でも去年男性アイドルのオーディション番組『PRODUCE 101 JAPAN』が放送されたばかりだから、ご存知の方も多いだろう。

 ヤン・チャオユエは、その101人の一人だった。ヤンが、番組で初めて披露した歌とダンスのインパクトはすごかった。踊りながら口で「1、2、3、4」とカウントをとっていたのだ。ダンスの振り付けは覚えていないし、歌のキーは外れているし、“ザ・音痴”そのもの。一生懸命なのは伝わるけれど、全くリズム感がない。案の定、トレーナーからは「プロ意識に欠ける」とバッサリ。その後、放送期間中ネット上で頻繁に話題に上がるようになった「ヤンの放送事故」はこの時からすでに始まっていた。

 1998年、江蘇省塩城市の農村で生まれたヤン。12歳のとき、母親が貧困に耐えられなくなり家を出た。その後、父親との二人暮らし。中学卒業後、家計を助けるため縫製工場やレストランで働いた。当然、歌やダンスのレッスンに通う余裕はなかった。

 2016年、ヤンは「月給2,000元(約32,000円)、食事と住まい込みという条件に惹かれて」、上海の芸能事務所のオーディションに参加。2017年、CH2という日本でいう“地下アイドル”のグループとしてデビューを果たす。同じグループの女の子たちからは、暗に「顔がいいだけ」といった扱いをされることも。ヤンは「周りの子が私に歌わせてくれないの」と文句を言ってみるものの、曲がかかっても歌い出しすらわからない。事務所の人に「得意なことは何かあるの?」と聞かれて「何もない」と答える映像が残っている。

 2018年、歌もダンスもできないまま、ヤンは『創造101』に参加する。可愛らしい見た目と「放送事故」にもめげない天然キャラのおかげで、初投票のランキングでは4位につけた。

 彼女の純粋でひたむきな姿は、ヤン同様、田舎町で暮らす人たちの心を打ったようだ。彼女の姿に自分を重ね、自分にはできない夢を叶えて欲しいと願う人たちの票が集まった。ヤンが下手ながらも歌とダンスの練習を一生懸命続ける姿に、ファンは声援を送り、6、7回目の放送では2位につけた。韓国でトレーニングを受けた、歌も踊りもキレキレのライバルを抑えての高順位だ。

 2位になった感想を聞かれたヤンは、「はじめは、ゆっくり成長すればいいと思っていたけれど、皆の注目が自分に集まっていて、もっと速く成長しないといけないと思っている。私に対して嫌なことを言ってくる人も多いけれど、それは怖くない。でも、私を支えてくれているファンをがっかりさせるのが怖い」と芯の強さを見せた。

 しかし、一方で、ネット上ではヤンを貶める言葉が飛び交った。「つくってるんじゃない?」「歌も踊りもひどすぎ」。番組では、ヤンが感情を抑えきれずに涙する姿も何度も流された。その度に、「嘘泣きだ」「泣けばいいと思っている」と、ネガティブな声がより増えていった。

 これには、「中国では女性アイドルになるのが狭き門」というのも背景にある。男性版『Produce Camp 2019(創造営2019)』と比較すると、“元アイドル”という練習生が多かった。初回放送では、数人の元アイドルの練習生が「所属グループが突然解散した」など、過去の挫折を語り、「アイドルになる=簡単ではない」を前面に押し出していた。審査員からも「女性アイドルは年齢で切られる。芸能界は過酷」と重い一言があった。だからこそ、ヤンにネガティブな意見を言う人たちは、歌とダンスを必死で上達させてきた自分の“推しメン”が、顔とキャラだけのヤンに負けるのが許せないという気持ちが強かったのだろう。

 このまま順調に最後の11人に選ばれてデビューするかと思われたのだが、8回目の放送で、ヤンは2位から9位まで一気にランクを落とした。おそらく、中国のある有名芸能事務所の社長がWeiboで発したコメントが影響したのだろう。「涙と顔で票を集めて2位につけただけだ。もう7回も放送されているのに、未だに歌もダンスも上達していない」と痛烈に批判したのだ。ヤンのアンチたちの溜まったマグマが噴き出したようだった。

 残り2回しかないタイミングでの大幅なランクダウンはヤンにとって相当な痛手だったはずだ。しかも、この8回目の放送で、彼女はさんざん練習して、「ファンに良い姿を見せたい」と言っていたにもかかわらず、チーム戦で自分のパートを歌う時にキーとテンポを外してしまう。大失敗だ。

 しかし、パフォーマンスの後、ヤンは予想外の行動に出る。メンバー一人一人が感想を言うタイミングで、「ファンの皆が選んでくれた曲なのに、ちゃんと歌えなかった。ファンの皆のために、もう一回歌うね」と言って、自分のパートを歌ったのだ。涙で声は揺れてかすれてしまったが、まっすぐ前を向いて。これには思わずもらい泣きする審査員もいた。

 次の9回目(最終回のひとつ前)の放送では、7位と少し票を上げた。けれど、一度ドンとランクが落ちたことを考えると、最後の投票で確実に11人に入れるかは微妙な順位だ。だから、ファンの思いをよくわかっているヤンは、涙をこらえながら強い口調でこう言った。「みんな、ダンスや歌で評価されて上位に入っているのに、私は違う。この順位が怖い。それでも、支持してくれているファンがいるから裏切りたくない」。自分に足りない部分を重々わかっていながらも、応援してくれている人の期待に答えたい。そして、何よりも自分の夢を実現したい、その一言には、見ている私も涙が出そうなくらい心を打たれた。

 最終回は生配信された。ヤンは、3位で無事にデビュー。彼女の人気は、その後もグングンと伸びていき、現時点(2020年1月7日)でのWeiboのファンは、1200万人以上。中国のSOHU Entertainment(捜狐娯楽)が発表した「2018年地球上で最も美しい50人」ではランキングで2位になり、Forbesの2019年中国版「30 Under 30」に選ばれ、彼女の写真を「強運」としてスマホの待ち受けに使用する人が続出するなど、ヤン・チャオユエのニュースは毎日のように飛び交っている。

 番組でいうと、2018年、2019年にTencent Videoで放送された中国版『テラスハウス』、『Heart Signal(心動的信号)』のシーズン1、2共にコメンテーターとしてレギュラー出演していた。シーズン1の初回放送で、別のコメンテーターから「初めて男性からもらったプレゼントは?」と聞かれると「ペロペロキャンディだったかな」との回答。男性からは友達としてしか見られないのだそうだ。

 また、2019年、パリで開催されたMIU MIUの2020SSのファッションショーに唯一招待された中国人芸能人はヤンだった。世界のファッション界も注目する大物になったのだ。ヤン・チャオユエの名前「超越(チャオユエ)」は中国語で「乗り越える」の意味。彼女は、名前同様、あらゆる困難や批判の声を「乗り越えて」シンデレラになった。

 なぜ、ヤン・チャオユエはこれほどまでに人気なのか? ひとつには、不器用すぎるほど純粋ということだ。今どき珍しいほどに純粋だから、最初は疑ってしまう人もいる。しかし、3カ月の公開オーディションという、リアリティ番組の間中、舞台上でも舞台裏でもずっと不器用で一生懸命な彼女の姿を見て、「この子が演技しているわけがない。本当に純粋なんだ!」と、最後にはファンになってしまう。『創造101』のスタッフが、「歌とダンスが下手なのに、彼女のことがどうしても気になって目で追ってしまう」と語っていたが、まさにそれがヤンの魅力なのだろう。また、女性有名人を取り上げたドキュメンタリー番組で、作家のディンディン・チャン(丁丁張)はこう語っていた。「ヤン・チャオユエはこれまでの“アイドル”という定義では語れない、シンボリックな存在になっている。今の時代の不安感を象徴する存在でもあり、また、その不安感を解消する道を提示してくれる存在でもある」。ヤン・チャオユエはアイドルを超えて、時代の象徴になっている。新しいタイプのアイドルが誕生した。(小山ひとみ)

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