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太田和彦の 新・シネマ大吟醸

シネマヴェーラ渋谷で観た『街燈』と『帰郷』

毎月連載

第1回

18/6/29(金)

しゃれたシャンソン『街燈』

♫敷石の片隅に海の匂いがある~ 

作詞:中平康、作曲:佐藤勝、歌:畑輝夫による甘いシャンソンをバックに、夜の神宮外苑並木道を奥から葉山良二が歩いて来て、街灯の下で住所メモを確認する。訪ねるのは南田洋子の洋装店だ。初対面の南田に葉山は、弟が拾った定期券にあなたの住所があったので届けにきた。礼を言われ、近頃ヨタ学生がわざと定期を落とし、拾った女性にお礼にお茶でもと誘うのがはやっているそうだが、私はそれではありませんと苦笑する。

この後が才人中平らしい。いきなり「木村君の場合」と字幕が出て、ニキビ学生服の小沢昭一がホームでわざと定期を落とすが拾ったのは老婆。次はいい女が来てほくそえむが定期は蹴飛ばされて電車にひかれダーとなる。次の字幕は「太田君の場合」で、太田姓の私はオレのことかと身を乗り出す。太田君が届けた相手はやっちゃ場のモーレツ娘で「あんた何言ってんの、じゃお礼代わりにこのトラックで送ってやる」と荷台に放り込まれ急発進にひっくり返る。この鼻息荒いのがなんと私の大好きな渡辺美佐子だからウレシイ(小沢、渡辺はこのインサートだけの特別出演)。

聞いて「あはは」と笑う南田。「でも成功したのもあるらしいです」と葉山が言うのは、届けた先が銀座の洋装店で、来ていた外人客のフランス語に手を焼いている女主人・月丘夢路に流暢なフランス語で助け船し、「まあ」と月丘の目を輝かす。この学生服が岡田真澄で言うことなし。月丘は南田の仲良しで、月丘の店を手伝う愛人のあの子ねと合点する。

ここから始まる、南田=葉山、月丘=岡田の恋愛模様。デビュー四作目の中平は、風刺的な人物設定、適確なカメラワーク、ふりまくギャクなど絢爛たる技巧はすばらしい。岡田は月丘のコキュで、都会のいい女なんだからそれくらいはと戯画化する大人のソフィスティケーションはフランス的だ。

ここだ。よく「フランス映画のような」と、その精いっぱいの気取りに失笑することが多いけれど、中平はそれを軽々と超えて全く泥臭さがなく、自信満々の放言「ゴダール、トリュフォーは俺の弟子」もうなずけるというものだ。

郊外に下宿する葉山を訪ねた南田は一人で朝飯を支度する彼に好感をもち、一枚の鮭の切身のお相伴を勧められ「分けて食べるっておいしいわね」と言う。

上司と対立して会社を辞め、しばらく故郷に帰ることになった葉山はある夜南田を訪ねる。事情を話してやや口をつむぎ、面をあげて言う。「ぼくはあなたに伝えたいことがあるが、自分の身が固まってからにする」。南田は「私もあります。私は今言ってもいいです」と答え、そのとき初めて二人の顔が正面から交互に大アップになる。中平ってなんてうまいんだろう。

切り替わったのは家を出てのラストシーン。最初の夜の並木道を葉山はこんどは帰ってゆく。街灯の下でふと気づいてハンカチで口を拭ったのは口紅だった。葉山が去り「終」が出てからも冒頭と同じシャンソンがとえんえんと流れる。

♫敷石の片隅に二つの人影が一つになる~
  好きで好きでたまらない極上の映画。これで南田洋子にぞっこんとなりました。

『帰郷』©日活

木暮実千代の哀願『帰郷』

1944年のシンガポール。美貌の木暮実千代はカジノのルーレットで黙々と賭ける支那服の佐分利信に興味を持ち、見まわる憲兵・三井弘次からダイヤ利権のかわりに佐分利の情報を教えろと言われる。

空襲の夜、木暮は佐分利に出会い、彼は海軍で上官の汚職の身代わりとなって死んだとされていると知り、蔭のある男らしさにひかれて一夜をともにするが、この場かぎりと去ってしまう。木暮はもっと本人を知りたいと三井に彼の前歴を言ってしまい、佐分利は捕まって三井に拷問された。

敗戦後、ダイヤをもとに羽振りよい木暮は佐分利が日本に帰っていると知り、会いたいがために佐分利の娘・津島恵子と接触し、あなたの実父は生きているともちかける。佐分利の妻・三宅邦子は軍から夫の死を知らされ、大学教授の山村聡と子連れで再婚していた。娘は両親に黙って実父に会う決心をし、木暮とともに佐分利の滞在する京都に行く。

京都の庭園を歩く男を娘はすぐ父と直感するが気づかず、清潔なお嬢さんと好感をもつ。しかし3歳で別れた娘ですと言われて驚き、まっすぐに顔を見る。
食事をともにする宿の一室で父と娘は、互いが願っていた通りの、いやそれ以上の人であることを知る。しかし佐分利は、自分は死んだとされている者、今日のことは両親に言うな、二度と会うことはよそうと娘を諭す。

木暮は娘を東京行き列車に乗せたあと宿を訪ね、「すべてを捨ててついてゆきます」と哀願し、佐分利の心も動揺する。そして「では神様に決めてもらおう」とトランプカードを持ちだし一世一代の賭けをする。

製作された1950年は敗戦からまだ5年。写る風俗も、会話も、俳優たちも、このドラマチックでロマンチックな物語に、敗戦後の生々しい現実感を持たせているのがすばらしい。名画座で旧作を見る価値はここにある。

『帰郷』は1964年再映画化され、父・森雅之、愛人・渡辺美佐子、母・高峰三枝子、娘・吉永小百合、義父・芦田伸介のベストキャストだが、戦時とは関係なく、森はキューバ革命の闘士で、吉永中心の物語だった。

両作とも演技の見どころは敵役でもある義父で、戦後文化人ともてはやされながら自己中心で冷淡な大学教授の山村聡、芦田伸介は惚れ惚れするほど憎々しく、終盤、大学教授の講演会を訪ねた佐分利信=山村聡、森雅之=芦田伸介が対決する場面はともにがっぷり四つの名場面だった。佐分利版は、今は民主主義を標榜する軽薄な新聞記者となり変わった元憲兵の三井弘次(好演)を講演会で見つけて胸ぐらをつかむ場面があり、そこにも時代意識が鮮明に現れていた。

『花は偽らず』(1941)と並ぶ大庭秀雄の代表作。どこかでかかったら必見。

『帰郷』佐分利信(左)と木暮実千代 ©1950 松竹株式会社

2本とも、シネマヴェーラ渋谷の特集上映「”キネマ洋装店”コラボ企画 美しい女優・美しい衣装」(2018年5月19日〜6月15日)で上映

作品紹介

『街燈』

1957年(昭和32年) 日活 91分
監督:中平康 脚本:八木保太郎 撮影:間宮義男 音楽:佐藤勝 美術:松山崇 衣裳:森英恵
出演:南田洋子/月丘夢路/葉山良二/岡田眞澄/中原早苗/芦田伸介
*太田ひとこと:靴磨き娘・刈屋ヒデ子が街頭で二度歌うのがうれしい

『帰郷』

1950年(昭和25年)松竹 104分
監督:大庭秀雄 原作:大佛次郎 脚本:池田忠雄 撮影:生方敏夫 美術:浜田辰雄 音楽:吉沢博・黛敏郎
出演:佐分利信/木暮実千代/三宅邦子/津島恵子/山村聡/三井弘次
*太田ひとこと:妖艶さをたたえた木暮実千代の美貌は最高。

プロフィール

太田 和彦(おおた・かずひこ)

1946年北京生まれ。作家、グラフィックデザイナー、居酒屋探訪家。大学卒業後、資生堂のアートディレクターに。その後独立し、「アマゾンデザイン」を設立。資生堂在籍時より居酒屋巡りに目覚め、居酒屋関連の著書を多数手掛ける。

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