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“危うい儚さ”の趣里と“今までで一番大人”の菅田将暉 『生きてるだけで、愛。』が紡ぐ心の繋がり

リアルサウンド

18/11/17(土) 10:00

 永遠にわかりあえない。それは緩やかな絶望で、ましてやそんな風に感じてしまう相手といるのは、地獄みたいなものだろう。

参考:趣里が語る、女優の仕事と断念したバレエの夢 「後悔っていうのは絶対になくならないのかな」

 躁鬱と過眠の症状を抱えた無職の寧子(趣里)は、出版社に勤める寡黙な津奈木(菅田将暉)と同棲して3年になる。仕事をしようにも続かなく、ただ家で眠るだけの鬱屈とした日々を過ごす寧子の前に、ある日、津奈木の元恋人を名乗る女・安堂(仲里依紗)が現れる。そして彼女の強引さに気押されてカフェバーで働き始めた寧子に、社会復帰の兆しが見え始める……。

 芥川龍之介賞、三島由紀夫賞の候補ともなった本谷有希子原作の同名小説を映像化した本作『生きてるだけで、愛。』は、数々の映像作品で受賞歴を持つ関根光才監督の長編映画デビュー作にあたる。関根監督は過去に『RIGHT PLACE』(2005)と題した短編映画を撮っている。主人公はコンビニで働く異常に几帳面な男で、ある日、女子高生のルーズソックスを「正しい位置」に直してしまったことでクビにされてしまうのだが、人より少し変わった自分にもこの世界のどこかには正しい位置があるのだと整骨院に辿り着く、という物語が描かれる。監督の“人より少し変わった人間”に対するこの目線が、本作では寧子その人に向けられる。

 寧子が患う精神疾患は、冒頭の踊る母親の姿によってそれが生来的に取り憑かれている病かもしれないことが仄めかされる。実際に双極性障害は鬱病よりも遺伝性が高いとの説もあり、単に甘えや怠惰などではなく、彼女自身変わりたいと願いながらもどうすることもできず、布団をみののようにしてその中でもがき苦しんでいる。一見すると疎ましがられて終わってしまい兼ねない寧子の役柄を、個性派女優の趣里が、危うい儚さと魅力を持って演じ切っている。また、これまで振り切れた役柄も多かった菅田将暉が、「今までで一番大人の芝居」で感情をあまり表に出さない津奈木という男を憑依させている。

 そんな寧子と津奈木が住む家の空間における描写は、彼らの関係性を表象する。もはや一緒に寄り添って眠る間柄ではなくなった彼らは、それぞれの部屋で生活を送り、空間的にも分断されている。おそらく津奈木のものと思われる几帳面に並べられた本の傍で散在している寧子のゴミや私物の対比、何度も起こる停電もまた、彼らの断絶を表すものだ。

 タイトルバックに映し出された寧子の布団の赤色や、衣服の赤色など、劇中で寧子が身に纏う色のイメージは赤が強い。寧子は実の姉や安堂をはじめとする周りから、津奈木に愛想を尽かされても仕方がない、なぜ愛されているのかわからない、などと再三言われてしまうが、なぜ自分と3年も一緒にいれたのかを彼に問うと、彼は出逢った時に走っていた青いスカートが揺らめいていて、それが綺麗で、その綺麗なものをまた見たかったからだ、と答える。赤を身に纏う寧子のことを、津奈木は青とともに思い出す。この彼女が持つ赤と彼の記憶の青のコントラストが美しい。

 寧子の社会復帰に懇意になってくれる仕事場は、彼女にとって世間の縮図だろう。良い人たちだけど、何かが違う。ほんの少しの違和感が、些細なことで弾けてしまう。仕事中に寧子が何度も閉じこもってしまうトイレは、俯瞰で撮られることによって狭くて四角い箱であることが強調される。その箱を避難所としてなんとかやり過ごすが、あることが引き金となり、故障したウォシュレットの水とともに一気に噴射した寧子の激情によって、スクリーンは雑多な部屋や仕事場の閉塞空間のリアリズムから脱却し、フレームが抽象化した幻想空間へと突入する。

 寧子が全裸になる屋上の場面では、作為的に色彩が足されたかのようなネオンライトとはためく旗たちの装飾で、インスタレーションのような空間が演出される。2人が帰って行く部屋はキーカラーである青と赤の光で照らされ、全景的な闇の中で2人の顔貌を立ち上がらせる。ここで多用される顔のクロースアップは部屋という場所性を失わせ、寧子が踊り続ける夢うつつな舞台へと変容する。

 ここを極点として、それまで平行線を辿っていたかのように見えた2人の心の繋がりが芽生える。幻想空間の中でだからこそ、より心が通じ合うことそれ自体が夢のような営みとして神格化されて描かれる。

「あたしはさ、あたしとは別れられないんだよね一生。いいなあ、津奈木。あたしと別れられて、いいなあ。」

「でもお前のこと、本当はちゃんと分かりたかったよ」

 いつまでも別れられない「わたし」と、いつか別れてしまうことができる「あなた」。この2人にとって、それは瞬きの夢幻だったかもしれない。寧子はまるで一瞬の解放を祝福するようにゆらゆらと舞い踊り続ける。暗闇を恐れてはいけない。この2人のように、私たちもまた幾度も暗転してしまう世界で、そのたびにブレーカーをあげては生きていくのだから。(児玉美月)

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