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厳選された80点で画風の変遷をたどる 『ベルナール・ビュフェ回顧展』をレポート!

ぴあ

20/12/1(火) 18:00

展示風景より

戦後のフランスで一世を風靡した画家、ベルナール・ビュフェの回顧展「ベルナール・ビュフェ回顧展 私が生きた時代」がBunkamura ザ・ミュージアムで2021年1月24日(日)まで開催されている。

ビュフェ展 展示風景より

1928年にフランスで生まれたビュフェは、硬質で太く鋭い輪郭線を特徴とする、ともすれば不穏な印象を与える画風で知られる。第二次世界大戦が終わりドイツからの占領から開放されたものの、これからの未来に不安と虚無感を抱えたフランス人の心を捉え、わずか19歳で最初の個展を開くに至る。

展示風景より

同時期、パリではサルトルの実存主義やカミュの不条理の思想が台頭していた。硬質なビュフェの画風は、それらの思想と呼応し、共感を覚える人々が続出、彼は若くして時代の寵児となったのだ。本展は、このビュフェの歩みを「時代」という言葉をキーワードに紐解いていく。

ビュフェを取り巻く人物相関図パネル

ビュフェを語る上で欠かせない人物が、実業家にして文化人で、政治家とも密接なコネクションを持っていたピエール・ベルジェだった。社交的なベルジェは人付き合いが苦手なビュフェを様々な人々に紹介し、公私ともに手厚くサポートをしていた。19歳で個展を開けたのも彼の尽力にほかならない。

しかし、妻となる女性、アナベルと出会ってしまったことでビュフェとベルジェとの関係は終焉を迎える。アナベルはモデルとしても活躍していた女性で、以降、彼はアナベルを対象として多くの作品を残すようになった。

その後、ベルジェはイヴ・サン=ローラン青年と出会い、彼とともに世界的なファッションブランドを立ち上げている。

挿絵本《人間の声》1957年 ドライポイント

ビュフェは人付き合いは苦手だったものの、ごく一部のクリエイターたちとは交流を持っていた。フランスの詩人、ジャン・コクトーのその一人。ビュフェは戯曲「人間の声」のための挿絵本を制作している。二人はかなり年が離れていたが、お互いを尊敬しあっていた。

小説家のフランソワーズ・サガンもまた、ビュフェとアナベルの共通の友人であった。日本では、サガンの文庫本にビュフェの絵が表紙として起用されていたことでも知られている。

ビュフェの作品を使ったサガンの文庫本
展示風景より

ビュフェの作品は、当時非常に注目を集めていたものの、抽象絵画が主流となりつつあったフランスの美術界では、具象絵画をひたむきに描き続けるビュフェの姿勢に批判が浴びせられることもあった。しかし、ビュフェは若干の画風の変遷はあったものの、生涯そのスタイルを貫いていく。

1958年、大きな転機が訪れる。プライベートではビュフェはベルジェと別離し、アナベルと結婚。仕事においてはパリで開かれた大規模個展に10万人を動員。この大成功の年を境に、ビュフェはより力強い輪郭線を描くようになり、色彩は鮮やか、絵の具は厚塗り、カンヴァスのなかに激しさが増していく。描くモチーフも、植物や昆虫、動物などと拡大していった。

展示風景より
展示風景より

表現を追求するビュフェは、彼の特徴であった輪郭線を廃し、写実的な絵画に取り組む時期もあった。個性的なビュフェの画風とは一線を画すこれらの作品からは、彼の卓越したデッサン力、構成力があることが見て取れる。ビュフェは1999年に自ら死を選ぶまで、自分の表現を貪欲に模索し続け、変遷を重ねていったのだ。

展示風景より

本店で展示されている作品は、すべてベルナール・ビュフェ美術館(静岡県三島市)が所蔵する80作品。ビュフェ美術館は、初期から晩年まで2000点を超えるビュフェ・コレクションを誇っている。このコレクションから厳選された作品でビュフェの人生を辿ることができる、非常に貴重な機会だ。力強い作品をぜひ見に行ってみよう。

取材・文:浦島茂世

【開催情報】
11月21日(土)~2021年1月24日(日)、Bunkamura ザ・ミュージアムにて開催
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/20_buffet/
※2021年1月9日(土)以降の土日祝日に限り、オンラインによる入場日時予約が必要となる。詳細は公式HPにて確認を

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