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樋口尚文 銀幕の個性派たち

石橋雅史、新劇とカラテが生んだ天下の悪相

毎月連載

第14回

台湾・香港系サイトに載った石橋さんの死亡記事

 新年早々ではあるが、まさにこの原稿がアップされる頃に86歳の誕生日(1月4日)を迎えるはずであった名悪役のことを偲びたいと思う。慌ただしき年の瀬の、12月19日、石橋雅史が逝った。石橋雅史という名前になじみがなくても、なにしろドラマの『水戸黄門』にはやくざ者、悪商人、悪代官などおなじみの悪役で50回近く出演しているし、特撮スーパー戦隊シリーズでは5回も筆頭の悪役に扮しているから、もうその顔を見れば大人から子どもまで「この顔にピンと」来ないわけにはいかない、歩く手配書みたいな存在であった。

 そんな石橋は1933年に台湾花蓮港庁に生まれている。軍人の父から柔剣道の武道を幼少の頃から教わっていた。私ごとだが、私の母がこの時期に20年ほど台湾で過ごしていたのでよく耳にしたが、当時の台湾はけっこう親日的で食うものにも事欠かず、終戦前も悲惨な内地の様子とはかなり違っていたらしい。少年石橋もそういう暮らしであったかもしれないが、終戦で引き揚げて福岡は柳川に移る。石橋の雰囲気からして戦後の華やかなりし映画撮影所にいきなり下積みで飛び込んだのかと思いきや、意外や日大芸術学部の演劇科に学び、卒業後は文学座の研究生を経て文化座に入る。

 文化座といえば最近も紀伊国屋演劇賞を獲って健在ぶりを示したが、戦時下の鈴木光枝や山村聰が興した由緒ある劇団で、戦後は三好十郎の『その人を知らず』や山代巴『荷車の歌』、長塚節『土』などをこつこつと上演していた。まあなんとも悪役時代の石橋雅史からは想像もつかないことだが、1957年のまさにその『その人を知らず』の舞台に石橋が立っていたというのだから、驚きだった(文化座にはなんと一時、西村まさ彦も在籍していたという)。石橋はこのほか『炎の人 ゴッホ小伝』などの舞台に出ていたようだが、その間に荷かつぎから青果店、パチンコ店の店員など、さまざまな職業で食いつないでいたらしい。

 そしてそんなバイトのひとつが、あの梶原一騎『空手バカ一代』のモデルとなった極真空手の大山倍達に頼まれての、新たな道場の師範代理であった。そもそも石橋は大学でも剛柔流の空手部主将をつとめ、卒業後も部の師範を続けていた。一方の大山倍達は剛柔流を脱退して独立を図った立場なので、本来なら石橋が大山の加勢に行くことはご法度だったのだが、石橋は大山の人柄の魅力にひかれて引き受けたという。「大山道場」と看板は掲げられていても、この池袋の道場はオンボロで、しかも当時のこの地域はかなり物騒で、飲み屋の主人に職人にヤクザに若手プロレスラーにとさまざまな人種が稽古に来ていて、そこに物騒な謎の流派をなのる道場破りなども現れ、もはや映画さながらの血みどろの練習だったという!これが極真会道場のあけぼのであった。

石橋さんも出演していた『女必殺拳』『けんか空手 極真拳』
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 そして撮影所たたきあげと勘違いしていた石橋は、実は撮影所の最盛期にはこんな仕事をしていて、映画デビューするのはずっと後、映画界の斜陽も極まった1970年の東宝『野獣都市』だった。それまでの期間は、商業演劇のほか『特別機動捜査隊』『キイハンター』『東京バイパス指令』などのテレビ映画に顔を出していた(ちなみに私が初めて石橋を認識したのは66年の『マグマ大使』で、その人相の悪さですぐに覚えた)。しかし石橋の資質が最も活かされたのは、73年の『ボディガード・牙 必殺三角飛び』以降の空手の使い手として起用された映画群で、とりわけ74~75年の志穂美悦子主演『女必殺拳』シリーズや75~77年の『けんか空手』シリーズは記憶に鮮やかだ。ブルース・リーにより着火したカンフー・ブームに乗って作られたこれらの東映作品では、そもそも悪役として際立っていた石橋が、身上とする空手道の妙技も相俟って魅力爆発の感ありだった。こうして激しい武道の達人を熱演した石橋だが、特撮スーパー戦隊シリーズの悪役(『科学戦隊ダイナマン』のカー将軍はじめ子どもから親御さんにまで人気があった)に扮する時は、子ども向けなのでアクションも熾烈というより華やかな感じにアレンジしていたと言う。あの天下の悪相からは想像できない優しさとデリケートさの人に合掌。

作品紹介

『野獣都市』

1970年5月23日公開 配給:東宝
監督:福田純 脚本:石松愛弘
出演:黒沢年雄/三國連太郎/高橋紀子/岡田可愛/石橋雅史

『女必殺拳』

1974年8月31日公開 配給:東映
監督:山口和彦 脚本:鈴木則文/掛札昌裕
出演:志穂美悦子/早川絵美/大堀早苗/謝秀容/石橋雅史

『けんか空手 極真拳』

1975年8月9日公開 配給:東映
監督:山口和彦 脚本:鈴木則文/中島信昭
出演:千葉真一/多岐川裕美/千葉治郎/由利徹/石橋雅史

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ) 

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が2019年に公開。

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