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ぴあ

いま、最高の一本に出会える

『鈴木家の嘘』 (C)松竹ブロードキャスティング

樋口尚文 銀幕の個性派たち

岸部一徳、能面顔が拓く個性派の宇宙(後篇)

隔週連載

第25回

19/6/6(木)

 1971年1月の武道館コンサートをもってザ・タイガースは解散となるも、翌月にはジュリー、ショーケンに大野克夫、井上堯之ら、元のザ・タイガース、ザ・テンプターズ、ザ・スパイダースのメンバーが集まったオールスターバンド、PYGが結成され、ここに岸部も参加して作詞でも腕をふるっていたのだが、どうしたことかこのバンドはさほどヒットに恵まれず解散して、井上堯之バンドとしてグループは継承された。

 井上堯之バンドはショーケンが主演したドラマ、映画のサウンドトラックを演奏して好評を集め、あまりにも有名な『太陽にほえろ!』『傷だらけの天使』などの人気テレビドラマのテーマ、『青春の蹉跌』などの傑作映画のテーマには、岸部がベーシストとして参加していた(藤田敏八=加藤彰共同監督の日活映画『炎の肖像』にはジュリーのステージ映像に当時の井上堯之バンドが映っている)。

 そんなまだ「岸部修三」名義だった岸部がドラマに俳優として顔を出しているのを初めて記憶したのは、1975年に時効のカウントダウンが始まっていた三億円事件の犯人をジュリーが演じて話題となったTBSドラマ『悪魔のようなあいつ』であったのだが、改めて調べたらこれが岸部の俳優デビュー作だったらしい。ということは、いきなり俳優岸部が記憶に焼き付いたわけだが、と言ってもここでの役は得体のしれない何ものかとして画面を徘徊している雰囲気だった。このドラマに岸部を引っ張り込んだのは当時まだTBS在籍の人気ディレクターだった久世光彦だったが、久世のドラマには映画ならぬテレビ独特のバラエティ感、ライブ感があって、そこに世代と業種をまたいだ「気になるやつら」がごった煮的に往来し、それがとてもテレビらしい新しさを放っていた。

 見ているだけで面白い雰囲気たっぷりの「のっぽのサリー」は、そういう非職業的な俳優がドラマに闖入している感じを出すには最適な素材だったに違いなく、実際そんなに台詞もなくうろちょろしていたこの役が、妙に気になったのだった(なお、このドラマの裏テーマ曲とも言えるジュリーの『時の過ぎゆくままに』がレコード化されたものとしてはベーシストとしての岸部の最後の仕事となった)。翌76年には悠木千帆(後の樹木希林)の発案で改名、現在の「岸部一徳」名義となるが、ここからは実にさまざまなドラマや映画に顔を出して、着々とバイプレーヤーとしての地歩を固めた。

『轢き逃げ -最高の最悪な日-』(C)2019映画「轢き逃げ」製作委員会

 しばらくは久世の発想に近く、ユニークな風貌のゲスト的な扱いが多かったと思うが、そんな岸部の魅力にぐっとにじり寄った作品が90年代初めあたりから目立ってくる。その代表例が小栗康平監督の『死の棘』で、待望されていた島尾敏雄の原作を映画化した本作で岸部が松坂慶子とともに堂々の主演を果たし、さまざまな男優賞を受賞した。それまでの岸部は、ミュージシャンから俳優に越境してきた感覚的で軽みのある演技が鮮やかだったのだが、本作はそこにとどまらない集中力と熱演を求められ、さまざまな意味で岸部の転機となった。そして、翌91年に公開の大林宣彦監督の映画『ふたり』での岸部は妻(富司純子)と愛人(増田恵子)の間で引き裂かれ、娘(石田ひかり)に渾身の憎悪を浴びる父親という難役を演じ、これがまた実に印象的だった。実は岸部は『時をかける少女』『さびしんぼう』にも大林に請われて顔を出しているのだが、これらでの時々愉快に顔を出す教員役というのは、俳優に転身してからの岸部の定番のごときポジションで、それはそれで好感とともにとても記憶に残ったのだが、『ふたり』の父親役はいちだんと重みの増した役であった。

 これらの岸部は、あの能面顔に万感を秘めた感じの含み多き演技で、近作の映画『鈴木家の嘘』の父親役はそのはるか延長線上にあることだろう。そして軽快さやコミカルさを身上とした岸部の演技は、このキャリアを経て風格を増すにつれ、映画『空飛ぶタイヤ』における地位権勢に驕れる悪役などにも役柄が広がった。このたびの新作ドラマ版『白い巨塔』の大河内教授の演技も、多士入り乱れる群像劇のなかでぐっと緊張感をもって目が放せなかった。どうかこれからも市井のくたびれた庶民から尊大な権力者まで、バイプレーヤーならではの名演、怪演を見せ続けてほしいと願う。



作品情報

『北の桜守』
2018年3月10日公開 配給:東映
監督:滝田洋二郎 脚本:那須真知子
出演:吉永小百合/堺雅人/篠原涼子/岸部一徳/高島礼子



『空飛ぶタイヤ』
2018年6月15日公開 配給:松竹
監督:本木克英 原作:池井戸潤
出演:長瀬智也/ディーン・フジオカ/高橋一生/深田恭子/岸部一徳



『鈴木家の嘘』

『鈴木家の嘘』Blu-ray&DVD
2019年8月7日(水)発売
Blu-ray:4,800円+税/DVD:3,800円+税
発売・販売:TCエンタテインメント

2018年11月16日公開 配給:松竹ブロードキャスティング=ビターズ・エンド
監督・脚本:野尻克己
出演:岸部一徳/原日出子/木竜麻生/加瀬亮/吉本菜穂子



『轢き逃げ -最高の最悪な日-』
2019年5月10日公開 配給:東映
監督・脚本:水谷豊
出演:小林涼子/毎熊克哉/水谷豊/檀ふみ/岸部一徳



プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ) 

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が2019年に公開。

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