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太田和彦の 新・シネマ大吟醸

神保町シアター「映画で愉しむ 石坂洋次郎の世界」で観た2本

毎月連載

第3回

18/9/1(土)

特集上映「映画で愉しむ 石坂洋次郎の世界」(神保町シアター)のチラシ

千葉泰樹監督『丘は花ざかり』

杉葉子は出版社の入社試験面接で社長を紹介され「存じ上げております」と答える。社長の問い「どこかで会いましたか?」に、ややためらって「銀座のバーでお見かけしました」と答え、面接官一同は面白がり一ひざ乗り出す。社長「その時私は何をしていましたか?」、杉「(ためらうが)きれいなママさんの腰に手をまわして炭坑節を歌っていらっしゃいました」に一同爆笑。あわてた社長は末席の池部良に矛先を向け「君もいたね、そうだったかい?」「はい、ご機嫌でした」となりぎゃふん(池部の登場させ方うまい)。社長は「炭坑節はよくできた歌だ、君も編集希望なら……」と格好つける。

この冒頭の見どころは社長の隣で、面白いお嬢さんが来たと、鉛筆をもて遊びながらにやにや見守る編集長・山村聡だ。山村は会社重役や作家役が多いが、『魚河岸帝国』(1952・監督:並木鏡太郎)の荒っぽい河岸顔役、『河口』(1961・監督:中村登)の美術オタクなどで、かなり役を愉しむ人であると知ってきて私はファンになった。この編集長は、はまり役だが、そのはまり役のうまさ。
物語は姉・木暮実千代と上原謙、妹・杉葉子と山村聡の二つの恋で進む。木暮は申し分ない夫・清水将夫がありながら、言葉巧みにテクニックをあやつるキザ紳士・上原謙に胸をときめかす。杉はやもめ編集長・山村の家を訪ね、幼い子二人からおばちゃんとなつかれ、過労で倒れた山村を看病して老母からも頼りにされるうち恋心を抱くようになる。

ある残業後、杉が編集部の有能なオールドミス・中北千枝子に誘われる場面がいい。一人暮らしの中北は朝も夜も行く場末の定食屋に連れ、慣れた手つきでさんま定食をとり、コップ酒を手に、美人でない自分は山村に憧れ、仕事で認められようとしているうちにこの歳になってしまったと煙草をふかす。それまで編集長付となった若い杉につんけんしていたが、同じく山村に興味をもつと知って自分の姿をさらけだすこの場面の、私はあきらめたのという演技は絶妙だ。
ある夜、山村の家を訪ねた杉は結婚したいと告白する。「子供も慕ってくれるし、お母さんも」と訴える杉に、山村は「それに、ぼくには多少の地位も財産もあるしね」と言って立ち上がり、背を向けたまま「若い君は、自分の力で道を切り開くことが大切だ」と説き、杉は「でも好きなんです」と泣き崩れる。この場面の山村は、自身も利発な杉を憎からず思い、そうなればわが家も安定するが、その情よりも若い将来を思ってあえて突き放す心情を背中ひとつで表す。
姉は世間知らずゆえに迷った恋から目が覚め、妹はさっぱりと割り切れて、対等に話していた若い池部良を見直す。
ドンファンを自認する上原にも裏があるエピソードなど、展開豊かにさばく千葉泰樹の手腕はあざやか。中北千枝子はこの作品で毎日映画コンクール、ブルーリボン賞助演女優賞を受賞、その後東宝の大プロデューサー・田中友幸と結婚したと知り、よかったなーと思った。

中川信夫監督『石中先生行状記 青春無銭旅行』

作家先生が話す戦前、のんびりした時代の体験談。
東北津軽。中学五年生の和田孝(不細工だがいい奴)と小高まさる(秀才坊ちゃん)は、夏休みに精神肉体を鍛えようと、同級の女学生クレオパトラ(筑紫あけみ・可愛い)らに見送られ、学帽制服で無銭旅行に出る。
荷馬車に乗せてもらったり、小さな社に夜参りに来た嫁や姑に「神の声」を授けたり、呑気な歩き旅を続け、暑さに川で水浴び中、旅の山伏(千秋実)に服やカバンを盗られ、追いかけて捕まえるが、言葉巧みに無銭旅行の相棒をさせられる。橋のたもとでニセの腹痛で倒れる二人に、通り掛かりを装った千秋は「ナムナム、エイヤ!」と印を結んで直し、すっかり村人に信用されて宿や飯にありつくが二人はおこぼれなし。

たどりついた日本海で涼んでいると、町長(十朱久雄)らが来て「県知事様の息子様では」と訊き、和田は思いつきで「こいつです」と脇で眠る小高を差す。小高は違うと言うが、和田が「父から身分を明かすなと言われている」としてかえって信用される。同級の県知事の息子が「おれたちも後から行く」と言っていたのが、どこからか伝わったのだ。
いやがる小高を「これで飯の心配はない」となだめ、町長宅で上座に据えられるうちに居心地がよくなる。そこにはインチキ祈祷がうまくいった千秋もいてばったり顔を合わすが、千秋は片目をつぶる。夜、町の剣道五人抜き大会に来ていた中学の軍事教練の猛者、自称「日本二番目の剣道師範」東野英治郎に二人は見破られ、夜、東野の座敷へ謝まりに行くと芸者と大酒の最中だ。「このことは学校に内緒に」「ならん、報告して退学だ」「それなら、芸者を抱いて酒を飲んでいたと学校と奥さんに報告する」「それだけは……参った」となる。

てな調子でぽんぽん話が進む。町長宅の若後家・相間千恵子(すごい色っぽい美人)に夜這いをかけて追い出される千秋、好色町長の借金のカタの妾奉公に泣く左幸子(適役)を助けるが、その夜、左は小高の床に「今夜一緒に寝てあげる」と忍び込んでくる、案の定現れた本物の知事息子など、慌てふためいたり居丈高になったりする大人を、若者の機転でうまくかわしてゆくのを見ている面白さ。終幕の町祭にはクレオパトラもやってきて花を添え、ひと夏の無銭旅行は大いに世間を勉強させた。
ラストシーン「おれ達は、あんな大人にならないようにしような」とうなずきあう荷馬車が、海岸の曲がる道を遠くまで行くながいロングショットが清々しい。
ジャック・タチの『ぼくの伯父さんの休暇』や、マックス・オフュルスの『快楽』を思わせる、明るく洗練された人間賛歌がとてもいい。監督:中川信夫は怪談映画で知られるが、キュートな『夏目漱石の三四郎』『虞美人草』につらなる名品だった。

作品紹介

『丘は花ざかり』
特集「映画で愉しむ 石坂洋次郎の世界」
(2018年7月21日~7月24日)で上映

1952(昭和27年)東宝 119分
監督:千葉泰樹 原作:石坂洋次郎 脚本:井手俊郎/水木洋子 撮影:中井朝一 美術:松山崇 音楽:服部良一
出演:木暮実千代/杉葉子/上原謙/池部良/山村聡/高杉早苗/志村喬/清水将夫/中北千枝子
*太田ひとこと:芝浦あたりの岸壁で話す杉と高杉早苗を探してきた池部と志村喬が、「泳ぐか」といきなりパンツ一丁になり、ざぶんと飛び込むのにびっくり。

『石中先生行状記 青春無銭旅行』
特集「映画で愉しむ 石坂洋次郎の世界」
(2018年7月28日~8月3日)で上映

1954(昭和29年)新東宝 89分
監督:中川信夫 原作:石坂洋次郎 脚本:館岡謙之助 撮影:岡戸嘉外 美術:朝生治男 音楽:斉藤一郎
出演:和田孝/小高まさる/千秋実/東野英治郎/十朱久雄/左幸子/筑紫あけみ/相間千恵子
*太田ひとこと:剣道五人抜きの最後に酔っぱらって飛び入りした千秋が、東野の頭を後ろからぽかりとやり、二人は意気投合して大酒となる。

プロフィール

太田 和彦(おおた・かずひこ)

1946年北京生まれ。作家、グラフィックデザイナー、居酒屋探訪家。大学卒業後、資生堂のアートディレクターに。その後独立し、「アマゾンデザイン」を設立。資生堂在籍時より居酒屋巡りに目覚め、居酒屋関連の著書を多数手掛ける。

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