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川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』

田中絹代主演『安宅家の人々』の話から、同じ厚木を舞台にした『鰯雲』…最後はワイルダーの『翼よ!あれが巴里の灯だ』につながりました。

隔週連載

第31回

19/8/20(火)

 田中絹代と乙羽信子の入浴シーンに驚かされる、水木洋子脚本、久松静児監督の『安宅(あたか)家の人々』(1952年)の原作者は、当時人気作家だった吉屋信子。昭和二十六年に「毎日新聞」に連載され、好評を博した。
 厚木に近い神奈川県高座郡大和町(現在の大和市、小田急線鶴間駅周辺)にあった、三菱財閥の岩崎一族が経営していた大きな養豚場で働く家族の物語。
 ちなみに厚木あたりではいまも「とん漬」が名物になっている。これは、高座豚と呼ばれるこのあたりの豚を味噌漬にしたもの。『安宅家の人々』の養豚場は、おそらくこの高座豚を飼育していたのだろう。
 安宅家の当主(船越英二)は、純真な心の持主だが、知的障がいがあり、田中絹代演じる妻が、農場をほぼ一人で切りまわしている。父親が安宅家の先代につかえていた縁で、いわば恩返しの思いで、知的障がいのある現在の当主に嫁いだ。そのために、親族からは「財産目当て」と蔑視されている。ただ、義妹の乙羽信子だけが優しい。
 この映画の田中絹代は、あえて眼鏡をかけてきつい感じを出している。男社会のなかで女手ひとつで養豚場をやりくりする気迫を感じさせる。自ら、もんぺ姿で現場で働く。従業員の先頭に立って働く。
 「女性の自立」などという言葉がまだなかった1950年代のはじめ、この女性像は、いま見ても新しいし、力強い。吉屋信子原作ということもあって『安宅家の人々』はメロドラマと語られることが多いが、現在、もっと評価されていい女性映画の秀作だと思う。

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