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木村佳乃らの名演が光る回に 『恋する母たち』2020年の舞台が示す、心の距離と物理的な距離

リアルサウンド

20/12/12(土) 10:30

 夫婦で犬の散歩をするのが「幸せの象徴」だと、杏(木村佳乃)は言った。私たちは、それぞれに幸せの象徴を持っている。結婚すること、子どもが生まれること、家族でおせちを囲むこと……場合によっては、離婚届がその象徴になることもあるだろう。

 『恋する母たち』(TBS系)8話は、恋する母たちが手にしていた、あるいは掴みかけた幸せの象徴が、ハラハラと手のひらからこぼれ落ちていくさまが描かれた。崩れそうになりながらも、しっとりと意志を強く持つ女優たちの名演が光る回でもあった。

 杏と斉木(小泉孝太郎)が挙げた小さな結婚式。参列した優子(吉田羊)とまり(仲里依紗)は、その場を盛り上げようとするものの、斉木の顔は相変わらず険しい。その表情に、斉木は女子ノリを嫌う気難しいタイプなのだと思われた。だが、実は斉木の背景が家族の温かさとは無縁な状況だったのだと明かされる。

 「犬を飼いたい」という杏に、保健所収容犬の里親になろうと発案したのも、彼自身の過去と重ねあわせたのかもしれない。杏が思い描く幸せの象徴を実現するのと同時に、孤独が染み付いた自分の人生を生き直すチャンスと思ったのではないだろうか。そんなとき杏の妊娠が発覚。まるで犬のように走って駆け寄り、杏に抱きつく斉木。その喜びようを見ていると、どんなに彼が愛情に溢れた家族を欲していたかが伝わってくる。

 犬のゲージを用意したように、早速ベビーベッドを買い揃える斉木。だが、残念ながら杏と斉木の子は空に帰ってしまう。愛する人があんなにも求めていたものを抱かせてあげることができなかった。そのショックに杏は真っ青な顔色を浮かべ、呆然とした表情で力なくソファに腰掛ける。なんと声をかけていいかわからない斉木は、杏が控えていたであろうお酒を「飲むか」と振り絞るように誘い、その気遣いに杏は声を上げて涙を流すのだった。

 物語は2020年に突入すると、コロナ禍により杏の「幸せの象徴」である夫婦で犬の散歩も叶わなくなる。なぜこんなことになっているのだろうか。ただただ、ささやかな幸せを願って生きてきただけなのに。元夫の慎吾(渋川清彦)との結婚、息子・研(藤原大祐)の誕生、紆余曲折を経て斉木と再婚、犬の里親に……幸せを掴んだと思ったら、いつのまにかするりと指の間をすり抜けていく。それでも新しい幸せに手を伸ばしながら、必死に生きていくのが人生なのだと母たちは気づいている。

 知っていても傷つきはする。だが、今どんなに胸が痛んだとしても、すべていつかは終わるものだ。そう心をしずめるのは優子だ。波が来ては引いていく千葉の海を眺めながら、赤坂(磯村勇斗)のことを考える。シゲオ(矢作兼)との穏やかな離婚が成立した。ふとあふれる涙。結婚に特別な思いがあったわけではない。子育てにも向いていなかった。でも、自分を必要としてくれる人がそばにいる日々は、確かに優子にとって幸せなものだったのだ。

 しかし独身になったことを赤坂には言わないと決めていた。それは赤坂のそして自分自身の心を惑わすだけだとわかっていたから。このまま静かに、この恋心も、寂しさも、やがて海に流れていくように過ぎ去っていくものだと言い聞かせながら。

 一方、シゲオが息子・大介(奥平大兼)をモデルにした小説が完成すると、書店で赤坂の目にも留まる。シゲオが書いた小説のヒット、それは赤坂の目には林家がうまくいっている象徴に思えたのだろう。今の優子の気持ちが知りたくなった赤坂。声だけではなく、表情の変化まで見逃すまいと思ってのことだろう。

 リモート会議と業務を装ったタイトルの招待メールにも関わらず、思わず身だしなみをチェックしてしまう優子に、たしかな恋心を伺わせる。でも、それはカメラがオンになる前のこと。赤坂にはそれは伝わらない。画面越しでは、優子がもう結婚指輪をしていないことも見えなかったのではないだろうか。赤坂が退出ボタンを押した途端、優子の部屋は静寂に包まれ、思わず左手の薬指をさすってしまう。

 顔を見て話せると言っても、実際に会っているのとは全く違うということを、2020年を生きてきた私たちは知っている。どんなに心を通わせた間柄だとしても、物理的な距離が心の距離につながってしまうことも。それで流れていってしまう気持ちならば、それもまた仕方のないことだと受け入れようとしている優子に対して、なんとしてでも抗おうとしているのがまりと丸太郎(阿部サダヲ)だ。

 まりにとっての幸せの象徴は夫婦で協力していく子育てだった。夫・繁樹(玉置玲央)との生活は何不自由ない贅沢な暮らしだった。不倫していたことも百歩譲って許し、家庭が壊れるのを回避した。だが子どもたちのこと、特に長男・繁秋(宮世琉弥)の可能性に向き合わない姿が、まりの中では満たされない部分だった。

 社会的地位を失いしおらしくなった繁樹だが、まりを女として見るようになったものの、息子への態度は相変わらず。しかし、繁樹の子を身ごもってしまうかもしれない事態に。慌てて、丸太郎との関係を迫るまり。これまで、自分のペースでまりとの結婚を狙ってきた丸太郎も、まさに“丸ちゃんビックリ!”な展開。

 丸太郎との子どもを生み、いつか一緒に子育てをしたい……まりが本当の幸せを掴むための強行手段は、見事に妊娠へと繋がる。もちろん、繁樹と丸太郎どちらの子かはわからない。繁樹が社会復帰を果たすXデーまで、丸太郎との関係はバレてはいけない。だから、丸太郎には「会えないけれど待っていてほしい」と告げて、虎視眈々とその日を待つことにしたまり。

 夫が立ち直ったその日が、離婚を突きつける日。いつも繁樹の言いなりに動いてきたまりが、毅然として立ち向かう姿。その覚悟に満ちた眼差しに、「母強し」と言いたくなる。その強さとは手放したものの大きさ、それを知ってもなお手に入れたいという意志の強さのことだ。

 妻となり、母となっても、恋をする。恋とは、誰かの魅力に浮かれることばかりに目が行きがちだが、その本質は自分の幸せを考え直すきっかけ。誰といるときが心地よいのか。母となれば、そんな直感では動けなくなる。でも、人間は本能的に求めている。自分自身の幸せを、その象徴となるようなものを一緒に叶えてくれる誰かを……。

 いよいよ次回は最終話。それぞれの恋の果てに、母たちが幸せを掴むことができるのか。それとも、厳しい現実と向き合い次なる幸せに手をのばすエンディングになるのか。最後の最後まで目が離せない。

■放送情報
金曜ドラマ『恋する母たち』
TBS系にて、毎週金曜22:00〜22:54放送
出演:木村佳乃、吉田羊、仲里依紗、小泉孝太郎、磯村勇斗、森田望智、瀧内公美、奥平大兼、宮世琉弥、藤原大祐、渋川清彦、玉置玲央、矢作兼、夏樹陽子、 阿部サダヲ
原作:柴門ふみ『恋する母たち』(小学館 ビックコミックス刊)
脚本:大石静
チーフプロデューサー:磯山晶
プロデューサー:佐藤敦司
演出:福田亮介
製作:TBSスパークル、TBS
(c)TBS

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