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山本益博の ずばり、この落語!

お気に入りの落語、その二『居残り佐平次』

毎月連載

第28回

(イラストレーション:高松啓二)

『居残り佐平次』ー遊郭に“居残る”佐平次はユニークで憎めない小悪党

はじめて『居残り佐平次』を聴いたとき、何て面白い落語があるのだろうか、と感嘆した。確か、渋谷「東横落語会」での三遊亭圓生の高座だった。いま、「東横落語会」のプログラムの資料を点検すると、昭和47年(1972年)10月31日の第166回の会で、「圓生独演会」のタイトルのもと『居残り佐平治』として高座にかけている。

品川の遊郭が舞台で、憎めない悪党が噺の起承転結で活躍する。この佐平次という男、落語国に出てくる人物でも、飛び切りユニークで面白い遊興人である。

どんな人物か、『落語登場人物事典』(白水社刊)から「佐平次」を引き出してみようか。

「遊び人。遊興費を払えず、妓楼に留め置かれる“居残り稼業”を自称。図々しいが、お調子もんで愛想もよく憎めない。なぜか仲間の信頼もあり兄貴分的存在。仲間四人と出かけた品川の大見世(「土蔵相模」の説もある)でどんちゃん騒ぎしたあげく、勘定を全て引き受けた、と仲間から一両ずつ集めて母親へ届けるように頼んで、居残りを決め込む。玉代を請求されると、『朝、帰った仲間が金を持って迎えに来る』などとうそぶきながら居続けるが、支払い不能と知れて布団部屋に放り込まれる。そのうち、料理や刺身のしたじを部屋に届けたり、掃除の手伝いや水汲み、湯殿の焚き付けなどの雑事から花魁の相談相手、三味線の爪弾きまでやってのけ、『居残り』変じて、『いのどん』と重宝がられる。やがて客を取り巻いて祝儀をひとり占めしているのを奉公人に告げ口され、主人から『勘定は棒引きにするから帰ってくれ』と説得されるが、『店を出たら御用になる身だ』と開き直って脅し、金と着衣までせしめて頓づらする」(太田博)

世にいう「ピカレスク」、落語国最高の小悪党である。

遊んだ挙句、妓楼の若い衆に「居直る」佐平次、妓楼に遊びに来た客に巧みに「つけ入る」佐平次、遊女たちに器用に「うける」佐平次、妓楼の主人を脅して「ゆする」佐平次と、場面が転換しては、佐平次のキャラクターが変貌してゆく面白さ。『付き馬』『突き落とし』と並ぶ、遊郭三大悪党の噺とも称されているが、『居残り佐平次』は、他の二つの噺と段違いの傑作ではなかろうか。

江戸の匂いが感じられる圓生の『居残り佐平次』

圓生の強みは、なんといっても「遊郭」が存在していた時代を生きてきたことにある。

志ん生なら「今の吉原と違って」とか「浅草観音様の裏っ手には、これまたありがたいご利益がある吉原がありましてェ」というところ、志ん朝、談志世代になると「浅草の裏っ手には、吉原があったんだそうで」となる。この説得力のありなしの違いである。

したがって、圓生の『居残り佐平次』は、佐平次が生き生きしているばかりでなく、妓楼の主人に風格があり、つまりは、噺に江戸の匂いが感じられるのである。佐平次を巧みに演じる噺家は多いが、この妓楼の主人を描ける落語家は、私が聴いたところでは、間違いなく圓生が一番である。

圓生以後となると、お似合いは古今亭志ん朝となろうか。

持ち前のリズミカルな口調が、佐平次の「お調子者」を軽快に演じてみせる。妓楼に上がりながら、なかなか馴染みになった女郎がやってこずイライラしている常連客に、巧みにつけ入る佐平次が、誠に愉快で楽しい。

昭和53年(1978年)5月4日の「小文枝・志ん朝二人会」で聴いた『居残り佐平次』のメモには、

「噺の序は『付き馬』の遊び人の感じ、居残りとなってからは、下級の幇間(鰻の幇間)の感じ、最後の脅し、ゆすりの場は歌舞伎調にもなって(圓生も同じだが)色悪の役どころ」と記している。こういう柄の使い分けができるのも、志ん朝ならではである。

立川談志は『居残り佐平次』がお気に入りで、随分と高座にかけたが、「お調子者」の佐平次が、うまく演じられない。

「ダァ」とか「ヤァ」とかと奇声を発したり、おかしな格好を見せたりして佐平次を描いていたが、面白くなかった。本人の「ヨイショ」が出来ない、嘘のつけない性格が災いしていたと考えたい。噺が荒っ削りで、緻密さが欠けていた。『五貫裁き(一文惜しみ)』や『権助提灯』などの正直者の主人公では、無類の面白さ、素晴らしさを発揮するのだが。

COREDOだより 春風亭一之輔の『居残り佐平次』

さて、現在では、誰の『居残り佐平次』を聴きたいかと言えば、春風亭一之輔ではなかろうか。まくらでは想像できないほど、噺の中で主人公が突然暴れだす一之輔の高座なら、どんな佐平次が現れてくるのだろうか?

2020年9月27日の「第23回COREDO落語会」でトリに上がった春風亭一之輔が、私のリクエストで『居残り佐平次』を高座にかけてくれた。高座では、佐平次のお調子者が強調され、強面の佐平次は影を潜めていた。無銭飲食が露見する際も、居直るというより、ドバイの油売りや二丁拳銃のギャグを放って、強引に突破してしまう。

布団部屋へ下がったあと、花魁に裁縫や三味線で器用なところを気に入られる場面は省略せず、「いのどん」の達者ぶりはとても軽妙に描かれていた。

サゲは旧来の「おこわにかけた」「なるほど、旦那の頭がごま塩だから」だった。高座から下りてきた師匠に、「『二丁拳銃』がでてきても、サゲは従来のままですか?」と訊ねると、はっきりと「はい!」というお答えだった。

プロフィール

山本益博(やまもと・ますひろ)

1948年、東京都生まれ。落語評論家、料理評論家。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論『桂文楽の世界』がそのまま出版され、評論家としての仕事がスタート。近著に『立川談志を聴け』(小学館刊)、『東京とんかつ会議』(ぴあ刊)など。

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