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「映画館の未来」はどう変わる?  アップリンク吉祥寺の未来すぎる上映プログラム(後編)

リアルサウンド

19/2/17(日) 12:00

 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】等で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第36回は「アップリンク吉祥寺の未来すぎる上映プログラム」についての後編。

 ミニシアターにして5つものスクリーンを持ち、「ポートフォリオ編成理論」なる考え方で、5スクリーン×日に5回上映で最大1日に25本もの映画を上映しようという他に類例をみない先鋭的映画館、アップリンク吉祥寺のこの上映プログラムについてさらに深掘りしていきます。

●デジタル化で変化したアップリンクの上映

 まずは深く突っ込んでいく前に、アップリンク渋谷/吉祥寺の上映作品について基本的なデータを押さえておきましょう。

 まずアップリンクの上映作品は、公開されたての新作ではないけれど、名画座よりはちょっと早い、くらいのタイミングの中小公開規模の作品の割合がメインです。これまでに蓄積された配給会社との関係性と成果があるのはもちろん、新作じゃないから1日1回上映が許されるんですね。

 『スター・ウォーズ』とかアメコミヒーローものとか、『ワイルド・スピード』とか『マスカレード・ホテル』のような超大作はないですが、『ラ・ラ・ランド』『この世界の片隅に』『ムーンライト』『万引き家族』などは入ってくる感じです。もちろん『バーフバリ 伝説誕生/王の凱旋』や『カメラを止めるな!』のような小さい公開規模の作品はばっちり。

 アップリンクは自社で配給もやっているので、全国同時公開の新作も入ってきます。奇想の天才ホドロフスキー監督の傑作『エンドレス・ポエトリー』、偉大なるデビッド・リンチ監督のドキュメンタリー『デヴィッド・リンチ:アートライフ』は同時公開されました。

 自社配給作品だけでなく、他にも執筆現在なら『天才作家の妻 40年目の真実』『山<モンテ>』等は新作で、これらは1日に複数回上映されます。

 まとめると、1日1回上映の「ポートフォリオ編成」が適用されるのは旧作で、新作は通常の映画館のように複数回上映になり、それらが混合しているということです。この混合が面白く、また同時にアップリンクという映画館がどういう映画館であるかをわかりづらくしています。

 実は僕が不勉強ということもあるのですが、このような上映プログラムをしているとは今回の取材まで知りませんでした。もちろんここ数年、何度も渋谷館には足を運んでいますし、公式サイトも見ていましたが、いわゆる名画座的な旧作上映をデフォルトで行っているということは気づきませんでした。

「こういうプログラムにしたのは、渋谷を3スクリーン体制にしたときからだね」(アップリンク代表・浅井隆)

 つまりこれは上映のデジタル化に合わせて行われた変更のようです(元々アップリンク渋谷に35mm映写機はありませんでしたが)。かつてのアップリンクといえば、僕の中ではポレポレ東中野と双璧をなす、コアな映画ファンの神殿というイメージでした。アート性の強い作品やマニアックなドキュメンタリーを上映する劇場というイメージです。

 念のためシネマシティ社員で僕よりも映画マニアの2人にも聞いてみたところ、その印象が強いせいだと思うのですが、やはりこの変更については知りませんでした。渋谷館の3スクリーンだと1本新作があるだけでも、名画座感はかなり薄れるということもあるかと思います。

●アップリンクのプログラムは“正義”なのか?
 さて次に「1作品1日1回上映」について考えてみましょう。詳しくは前編を参照していただきたいのですが、このことが「座席稼働率」を上げることは間違いありません。そして上映作品数を増やすことがリスク分散になることもまったく正しいです。

 しかしこのプログラミング、お客様視点からはどうでしょう? せっかく観たい作品がラインナップされても、全然時間が合わない、結局観られないじゃん、というのがぱっと思い浮かぶ不満点です。これが大きなデメリットであることは間違いないと思います。しかし、以下のメリットがそれを補って余りある、と僕は考えます。

●多くの名画座の大抵の作品は、1週間かそれ以下の上映。しかしアップリンクは数週間上映することも多い。
●とにかくも上映される作品数が多い。

 たとえば執筆時点(2月11日)ですと、2018年12月14日公開のエル・ファニング主演で「フランケンシュタインの怪物」の著者メアリー・シェリーを描いた『メアリーの総て』がまだ上映中です。これは新作として、都内だとシネスイッチ銀座、新宿シネマカリテと同時に公開されましたが、まだ継続しているのはアップリンク渋谷/吉祥寺のみです。上映回数こそ現時点では1日1回ですが、それだから継続可能で、こういうロングランをこそ歓迎する映画ファンも少なくないでしょう。時間帯は週ごとにでも朝にしたり夕方にしたり変更すればいいのです。

 そして上映作品数が多いというのは、これは「正義」と言い切ってもいいのではないかと思います。ライトな映画好きではなく、それなりに濃い映画ファンをターゲットにするなら、なおさらです。映画ファンたるもの「時間とは映画のために作るもの」だからです。仕事や学校、終電だの睡眠時間だのは、見終わってから考えればいいのです(笑)。

 とにかく作品数が多ければ、もう2度とスクリーンでは観られないと思っていた作品を観るチャンスも比例して増えるわけです。素晴らしい。

●劇場カラーを出さないという劇場カラー

 では、シネマシティ企画担当としての視点では、どう考えるか? 企画を立案するというのは、マーケティングが重要と言えど、結局は立案者の人間性が出てしまうものです。いや、出さなきゃならないということはないのですが、僕はそういうやり方しかできない体質です。

 なにが言いたいのかと言うと、僕には吉祥寺館のオープニング企画「見逃した映画特集 Five Years」のようなノーテーマ170本上映のようなクールでスマートな発想は出てきません。

 僕のやり方はいつも、昭和の劇画みたいな過剰な熱情で、映画ファンの胸ぐらをつかんでゆさぶって、あるいは足にしがみついて、いいからこれを観てくれ、とにかく最高なんだ、全力で最上のクオリティに仕立て上げるから頼む……お願いします、という面倒くさいスタイルなんですね(笑)。この作品を観て欲しい、というのをとてもシネコンとは思えないほどがむしゃらに、強烈に打ち出していきます。

「パリはポンピドゥー・センター近くのUGC CINÉ CITÉ LES HALLE(ユジェセ・シネ・シテ・レ・アール)というシネコンには27スクリーンあるんだよね。新作のほとんどを上映している。つまりこれを観てくれということがない。それを参考にしたんだ」(浅井隆)

 おフランス。花の都パリ。楽しいことが起こりそうな響きポンピドゥー。これが渋谷のカルチャーの一端を担ってきた男と、立川くんだりであがいている人間との差なのか……。

 考え方は異なりますが、この説明でなるほど、納得。例えば東京のミニシアターなら、岩波ホール=文芸大作、芸術作品、ル・シネマ=ハイソサエティなマダム向け作品、シネスイッチ銀座=シニア向け上品映画、EJアニメシアター新宿=アニメ専門館など、劇場のキャラクターがはっきりしていることも多いですが、ある程度は避けがたく傾向性は出るとしても、ずらっと並べて観客に選択を委ねるのは、まさに5スクリーンにしたコンセプト通りのシネコンライク。ばしっと差別化ができます。

 ちなみに「一応シネコン」のシネマシティだって、アートもアニメも文芸ものもアクションも制服恋愛ものも、上映しているのです。果たしてこの戦略、オープンして1ヶ月半が経って、中間結果はどうだったのでしょう?

「今から思えば、6スクリーンにしても良かったね。まだ満席になったのは数回しかないから」(浅井隆)

 えっ、そっち!? いやいや、まだアップリンクがどういう劇場かが浸透してないだけで、やがて全然席数が足らないってことになりますって。シネマ・ツーだって広く映画ファンに知ってもらえるのに5年かかりましたもん。

 名画座の上映スケジュールを定期巡回しているような映画ファンでも、アップリンクをそこに入れてなかった人も多いのではないでしょうか。僕もこれからは必ず定期チェックします。

 特に吉祥寺館は、デートに組み込めば確実に株が上がるレベルのおしゃれ内装、ハンドメイドなクラフトコーラ「伊良コーラ」が飲めるコンセッションもユニークで、加えて田口音響研究所が開発したフラットスピーカーなるスペシャルな音響設備と新しいプロジェクタで、かなりハイクオリティな上映品質まで誇ります。最高かよ。

 立川と同じ中央線沿いに、世界的にもほぼ例をみないであろう先鋭的な映画館が爆誕したことを、心から嬉しく思います。

 少しずつ「映画館の未来」は形になってきているのです。僕もうかうかしてられないぜ!

 You ain’t heard nothin’ yet !(お楽しみはこれからだ)

(遠山武志)

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