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『ゆびさきと恋々』はなぜ共感を呼ぶのか? “手話”で描き出す繊細なラブストーリーの魅力

リアルサウンド

 世界を見つめる解像度を上げてくれる作品と出合った。それが、森下suuの『ゆびさきと恋々』を読んで一番に浮かんだ感想だった。

 マキロ氏が原作を、なちやん氏が作画を担当する二人組ユニット・森下suu。『ゆびさきと恋々』は、これまで「マーガレット」(集英社)にて『日々蝶々』『ショートショートケーキ』と代表作を残した森下suuの「デザート」(講談社)初連載作品だ。

 本作は、聴覚障がいのある(ろう者)女の子・雪が主人公だ。物語は、電車内で外国人に道案内を頼まれ、困っていた雪を同じ大学の逸臣(いつおみ)が助ける場面から始まる。再会した雪と逸臣は、少しずつ距離を縮めていくが——。“手話”を言語として落とし込みながら、ふたりの静かであたたかなラブストーリーを描いている。

 筆者のまわりには、聴覚障がいを持つ人はいない。存在は知っていたけれど、どこかで自分からは遠い存在だと思っていたのが正直なところだ。なのに、読了後、なぜ“日常の解像度を上げてくれる作品”だと感じたのか。それは、“ろう者の物語”ではなく、“ひとりの女の子の物語”が本作で描かれているからだ。

 “障がい”や“病気”をテーマに扱った作品は、漫画に限らず、多く世に生まれている。なかには“障がい”や“病気”について触れることで、気づきや、多様性を重んじようという教訓を与えてくれる作品もある。もちろん、そういった切り口の作品も必要だ。

 だが一方で、障がいを持つ人を“特別な人”として扱う描写は、ときに隔たりを生む。ラベリングをすることで「わたしとあなた(障がいを持つ人など)はちがう」と線引きすることになりかねないと感じている。

 『ゆびさきと恋々』の秀逸さは、雪というひとりの人間の機微が丁寧に描かれていることだと思う。手話で会話をしたり、洋服が好きだったり、逸臣に恋心を抱いたり……。雪は、“ろう者”という一面もあれば、“恋する女の子”という一面もある。

 雪のなかにある、さまざまな“顔”や繊細な心の動きが、本作ではしっかりと描かれてる。だからこそ読者が共感したり、応援したくなったりするのだと思った。いつの間にか筆者も、“遠い存在”から、まるで友人の恋愛模様を見ているかのように感じていた。

 また、“手話”を漫画に落とし込む巧みさにも注目したい。雪は、基本的に手話と口話(口の動きを読み取るもの)、テキストメッセージや筆談で会話をする。口話は同じ母音が続く場面だと読み取りづらいことを表すために文字を傾けている場面もあり、雪がどのようにその言葉を受け取ったのかや、コミュニケーションの流れが読者に伝わる工夫が施されている。

 第2巻では、マキロ氏が手話協力者にセリフに当てはまる手話を教えてもらい、メモをとった上で動画をなちやん氏に送り、そこから使う単語を選び、漫画に落とし込んでいることが明かされている。執筆前には、リサーチのために九州まで足を運んだそうだ。そうやって丁寧に作り上げているからこそ、“手話”は特別なものではなく、あくまで会話の手段のひとつなのだと感じられるし、雪の世界を見ている感覚になれるのだと納得した。雪を身近な存在だと感じながら彼女の世界を“読む”ことで、読み終えたあと、世界が少しだけひらけたような気がするのだ。

 本作がいわゆる単なるラブストーリーと違うのは、そんな、読者の世界を広げてくれるところにあるのだろう。日々を過ごしていると、友人や恋人という、親しい関係性でさえもひとつの枠に当てはめがちだ。「◯◯はこういう人だから」「◯◯とはこう接しよう」……といったように。ひとりの人間のなかにさまざまな一面があることは、当たり前なことなのにも関わらず、つい見過ごしてしまうものなのだと、本作を通じて再認識させてもらった。

 雪にまなざしを向ける逸臣も、幼馴染の桜志も、雪のなかにあるさまざまな一面を捉え、受け止めている。それぞれの想いや心の動きを丁寧に伝えようという姿勢は、“手話”の描写に限らず一貫している。そんな本作だからこそ、読者の心は引き込まれるのだと思った。『ゆびさきと恋々』はすでに第3巻まで発売されており、第4巻の発売は2021年3月に予定されている。“手話”をはじめとした対話を通して、雪と逸臣の距離がどのように縮まっていくのか、そして、周囲との関係性はどうなっていくのか、見届けたい。

■高城つかさ
1998年、神奈川県出身。【言葉と人生】をキーワードに主にエンタメ、暮らしを切り口に人生について考えている。好きな場所は劇場と本屋。
Twitter:https://twitter.com/tonkotsumai
note:https://note.com/tonkotsumai

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