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ニコラス・ケイジの使い方が大正解 『あなたの知らない卑語の歴史』で学べる“本当の英語”

リアルサウンド

21/1/21(木) 10:00

 英語を勉強したい、という方は少なくないと思う。でなければ、昨今ありとあらゆる切り口で展開される英語のテキストブックの類が売れるはずがない。その中でも、やはり注目されているのはスラングの使い方。英語を勉強したい人の大半は英文を読むより、英語を使った会話を楽しめるようになりたいのではないだろうか。そんな時、知っておきたいのはネイティブが普段の会話に使うスラング。中でも人々の興味関心の行き着く先は、卑語(Swear Word)だ。つまり、FUCK(ファック)、SHIT(シット)、DAMN(ダム)などの単語にあたる。英語表現研究会から出版された『正しいFUCKの使い方』という書籍が人気だった記憶もあり、皆あの卑語たちが“実際は”どのようにして英語話者に受け止められ、使われているのか気になるはず。そんな方に向けて、バイリンガルの筆者的には是非ともNetflixドキュメンタリーシリーズ『あなたの知らない卑語の歴史』の鑑賞をお勧めしたい。

ニコラス・ケイジの使い方を一番理解している番組

 本シリーズが“くだらないことを真面目にやる”スタンスであることは、司会進行を務めるのがニコラス・ケイジである時点で理解できる。彼は素晴らしい俳優だ。しかし、『リービング・ラスベガス』のシリアスなケイジや、『ナショナル・トレジャー』のような家族向けのケイジだけが彼の顔ではない。そもそも彼が海外ではミーム(meme)常連のネタ扱いされている俳優であることを知っておく必要があるかもしれない。

 余談ではあるが、彼のミームが登場しはじめたのは2000年中盤あたりで、ちょうどYou Tubeのサービスが開始した頃だ。そのタイミングで、2006年にケイジが大好きすぎて自らの手でリメイクを手がけた『ウィッカーマン』が公開され、あまりのB級ネタ映画っぷり(もちろん、ゴールデンラズベリー賞にノミネート)が話題となった。その映画の中で、ケイジ演じる主人公がカゴに頭を突っ込んだ状態で、そこに蜂を入れられるシーンなどが動画内で笑える素材として使われ始める。すると、YouTubeで大受けしたためファンが彼の出演作から変顔をしているシーンなどを熱心に探し始め、ミーム化したわけだ。特に知られているのは『バンパイア・キッス』(1988年)の「You don’t say?」という台詞のときの顔芸。ちなみに筆者のお気に入りは「Nicolas Cage cage」だ。ぜひ、元気のない日に画像検索してほしい。

 話が逸れてしまったが、要するにそういう扱いを受けているケイジが、自身の立場を理解しながら一緒に面白おかしく真面目風に、視聴者を下品な言葉の世界に誘うというコンセプトが素晴らしい。Netflixをはじめとするストリーミングサービスのユーザーは若年層が圧倒的に多いだろうから、その視聴者層のツボを押さえているというわけだ。「わかっているな、製作側は……」と思いながら観進めていくと、ネタどころかケイジ抜きでもこのドキュメンタリーがすごく興味深い内容で、面白い。

実際のユーザーによる実用性×言語識者による教養性

 本シリーズはかなり教養的だ。ファックだの、ディックだの、プッシーだのについて、大の大人が延々と語っているだけだが、結構真面目に観てしまう。全6話で織りなされ、毎話ごとに一つの卑語をテーマにして掘り下げていく。掘り下げ方としては、主に実際に日常的にその言葉を使う人が、普段どんなニュアンスで自分は使っているのか等身大で語る場面、そして識者がその卑語の言語としての歴史や、意味性の変換を解説してくれる。まさにアマチュアとプロの視点が融合した優れもの教材なわけだ。

 例えば、第1話の「ファック」を例にすると、その一言があらゆる場面で役立ち、前後の文脈や感情でさまざまな意味に変換できることがわかる。「ファック・ユー(笑)」は、「何言ってんだよお前、草」くらいの程度だけど、「ファック・ユー(怒)」はマジで人に言っちゃいけないとか、その辺の教科書が教えてくれないネイティブの絶妙なニュアンスを知るには、このパートがすごく役立つと思う。とはいえ、人に向かってファックと言うのはかなりリスキーなので、おすすめはしない。私は角に小指をぶつけた時とか、自分自身が詰んだ時とか、「なんだそれ(WTF:What The Fuck)」と思った時にFワードをよく使っている。

 さて、いくらこのパートが実用的とはいえ正直、下品といえば下品だ。しかし、そこにすかさず識者による言語的な解説が入ってくる。このドキュメンタリーには、主に辞書編集者の人、認知科学者として言語を研究する人、スタンフォード大で博士号を取得し卑語に関する本を出版している人などが常に登場。そして、その卑語の起源や、元々の意味から現代の意味に至るまでの歴史的変換を丁寧に面白く解き明かしてくれている。ネイティブでさえ知らなかったような言語の歴史を知ることで、使うにも使われるにもその言葉に対する理解がより深まるという構造になっているわけだ。こういう言語学的な視点でも楽しめて、コンテンツに圧倒的な説得力を持たせる姿勢が、さすがNetflixだなと関心してしまう。

カルチャーと卑語の関係性

 映画を観ていると、卑語に頻繁に出くわすだろう。マーティン・スコセッシ監督の映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』は劇中にファックが569回も登場という、史上最多F記録を所持している。それに続く『サマー・オブ・サム』(435回)はスパイク・リー監督のもので、3位の『ニル・バイ・マウス』(428回)はゲイリー・オールドマン初監督デビュー作である。続く『カジノ』は再びスコセッシで、これまでの映画史で最もファックと言った俳優はロバート・デ・ニーロか、アル・パチーノか、サミュエル・L・ジャクソンあたりが妥当だと誰もが思ったはず。しかし、1番は想定外の人物である。正解を知りたい人は第1話をご覧あれ。

 そして名作『風と共に去りぬ』でレット・バトラーが放った有名な台詞「Frankly My Dear, I Don’t Give a Damn (正直言って、私の知ったことではないよ)」。地獄に落とすという宗教的に完全アウトとされていたDAMNが、このように映画の中で使われたことで社会的にも許容されはじめ、使われるようになったという事実から、映画の中に登場する卑語が現実世界の言語の流行りに大きな影響を与えていることは明確だ。

 映画だけではない、音楽もそうだ。1988年に発売されたN.W.A.の曲「ファック・ザ・ポリス」も、ファックという言葉のカルチャー史の中で重要な位置づけとなっている。そこから卑語と黒人文化に話は繋がり、先ほどまで下品な言葉のレクチャーをゲハゲハ笑いながらしていた黒人の出演者が、少し真剣になって解説に入ってくれる。本当、聞いていて興味深いことが盛りだくさんなドキュメンタリーだ。

 まさに、卑語を制することは言語学、カルチャー史、社会史に通じると言っても過言ではない。そして個人的に映画やドラマを観ていて常々思うのは、限られた字幕の中で細かい卑語のニュアンスまでを日本語化することが難しく、結構スルーされていること。ネイティブ的には笑えるシーンが、字幕だけを追うとその面白さが伝わらないというのはもったいないけど、こればっかりは仕方ない。だからこそ、卑語やスラングを我々鑑賞者への理解を高めれば、もっと台詞やシーンの絶妙なニュアンスをわかって楽しむことができるはずなのだ。それって、ファッキング・オーサムじゃないか。

■アナイス(ANAIS)
映画ライター。幼少期はQueenを聞きながら化石掘りをして過ごした、恐竜とポップカルチャーをこよなく愛するナードなミックス。レビューやコラム、インタビュー記事を執筆する。何かにムカついた時にはリリー・アレンの「Fuck You」をエンドレスリピート。InstagramTwitter

■配信情報
Netflixオリジナルシリーズ『あなたの知らない卑語の歴史』
Netflixにて独占配信中

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