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「安室ちゃん、ありがとう!」 安室奈美恵の偉大な25年の軌跡に愛を込めて

リアルサウンド

18/9/16(日) 10:00

 約束の日が告げられたあの日から一年。あれからずっと、大切な娘を嫁がせる親のような、喪失感と祝福の思いが心の中に渦巻いている。最後のドームツアーで長年封印していたMCを行ない、「最後は笑顔で!」とステージの上で手を振った安室奈美恵は、今日、そのステージ人生に幕を降ろす。

(関連:安室奈美恵は“コンサート”と“ファン”によって育てられたーーラジオで語られた感謝の思い

 沖縄で生まれた安室奈美恵は、ガールズグループのリードシンガーとして14歳でデビューを果たした。ジャネット・ジャクソンやEn Vogue、シーラ・EやTLCに影響を受け、クールなアーティストを目指して歌い踊る。言うまでもなくその存在が一躍ブレイクしたのは、ソロになった後、稀代のプロデューサー、小室哲哉との出会いがきっかけだった。トランスやユーロ、テクノなどをベースにした小室の作るエレクトロなポップサウンドは、当時のJ-POPシーンで一大ブームとなっていたが、その小室ファミリーの中でもずば抜けて歌がうまく、華奢な身体で海外直系の迫力あるダンスを踊っていた安室奈美恵の歌う等身大の少女のリアリティが描かれたメッセージ性の高い歌詞は、当時のカラオケブームとも相まって、ティーン世代のアンセムとなった。また、「小顔」という言葉の火付け役にもなった彼女の恵まれたルックスやファッションセンスも、同世代のロールモデルとなった。当時彼女が好んでいたミニスカートや厚底ブーツ、センター分けのロングヘアや小麦色の肌を真似た「アムラー」は社会現象にまで発展。当時の狂騒について、20周年のタイミングで筆者が行なったインタビューの中で彼女は、「私は自分の好きなものを身につけてただけだったので、不思議な感じがしていた」と語っている。

 記録的な大ヒットを飛ばし続ける最中、安室奈美恵は20歳にして結婚、出産を経験。離婚後もシングルマザーとして息子を育て上げた彼女の自分を貫く生き様も、同世代の女性たちに多大な影響を与えた。さらに、小室プロデュースから離れ、自らのプロデュースで次々とエッジィなサウンドやダンスに挑戦し続けたアーティストとしての姿勢も、日本の音楽シーンに大きな功績を残した。特筆すべきなのが、アンダーグラウンドとメジャーシーンの違いが今よりずっと明確だった当時の邦楽シーンにおいて、国民的歌手である安室奈美恵が、VERBALや今井了介、ヒップホップ界のカリスマ、ZEEBRAらとSUITE CHICという変名ユニットとして、2003年にコラボアルバムを発表したこと。SUITE CHICを通してコアな音楽の世界に飛び込む楽しさと同時に、“安室奈美恵”という存在を通じて、未知の音楽を広く世に発信できるという、新たな可能性に彼女自身も気づいたのではないかと推測する。事実、SUITE CHIC以降の安室は、DOUBLEや大沢伸一、平井堅、クリスタル・ケイ、ジョリン・ツァイなど多数のアーティストの作品に客演で参加。2011年には、AIと土屋アンナ、山下智久ら計4組とのスペシャルコラボナンバーを含む自身のベストコラボレーションアルバム『Checkmate!』も発表した。

 T.Kura×michico、Nao’ymtという2組のクリエイターと出会ったことで加速した彼女の孤高の世界観もまた、今なお日本の音楽シーンに大きな影響を与え続けている。音楽を通して歌い描かれる自立した大人の女性像と、スタイリッシュで官能的なR&B世界。この頃からステージでのMCを封印し、メディアへの露出も控えるようになったことも相まって、安室奈美恵はライブでしか見ることができないミステリアスな存在となり、ツアーチケットの争奪戦も過熱。ファッション誌への露出が増えたこともあり、次世代の新規ファンも急増。後にさまざまなファン投票で1位に輝くNao’ymtによる「Baby Don’t Cry」も収録された2008年発表のベストアルバム『BEST FICTION』は、セルフプロデュース期最大の売り上げを記録。安室奈美恵の音楽性やスタイルに憧れる女性アーティストも次々と誕生していった。

 シンガーでありダンサーでもある安室奈美恵にとって、アルバムの世界観が完成するコンサートは聖域であり、ファンと唯一コミュニケーションが取れる空間という意味でも特別な場所だった。そのコンサートと同様に、ミュージックビデオも彼女の重要な表現手段のひとつであった。映像の中で披露されるさまざまなファッションやダンスはもちろん、全曲未発表の新曲として2015年に発表された12thアルバム『_genic』では、インタラクティブな試みにも挑んだ。エレクトロニックなナンバー「Ballerina」では、『GUCCI×VOGUE JAPAN×NAMIE AMURO』としてホログラムの安室奈美恵が映像となって動き出すという実験的な試みも行った。

 最先端の音楽やアートやモードを取り込みながら、安室奈美恵曰く、「コンサートに集中して地道にコツコツやってきた」結果、彼女は10代、20代、30代、40代の四世代に渡りミリオンを突破するという、アーティスト史上初の偉業も達成した。まさに正真正銘のポップレジェンドであるにも関わらず、今も彼女には、”安室ちゃん”というアイコニックな愛称が似合う。デビュー当時から彼女を見守ってきたファンだけでなく、彼女よりも年下世代やちっちゃなキッズまでもが愛と親しみを込めて彼女をそう呼ぶ。自身が”安室ちゃん”と呼ばれていることについて彼女にたずねると、「『ポンキッキーズ』に出てた時にアムロって言われてたから(笑)」と、少し照れ臭そうに答えていたのを思い出す。あの頃と変わらぬ少女のような笑顔の威力もあるが、彼女の歌と存在は、時代を超え、どんな時も親友のように人々の心に寄り添い、勇気と愛をくれた。だからこそ、人々の心の中で安室奈美恵はこれからも永遠に、”安室ちゃん”なのだと思う。

 夢なんて 叶えるもの 言葉にできないこの思いを 誰かに伝えたい この場所から未来へ どこへでもつづく道がある 恐れずに前へ 誰も見たことのない 新しいストーリーが始まる どんな日もそばにいるよ その手伸ばして 大丈夫きっと全てはうまくいく

 最後まで未来に向かう勇気を歌い続けた私たちのHeroは、どんな壁が立ちはだかる時も絶対にくじけなかった。だから私たちは彼女の歌声に励まされ、その潔い姿に力をもらった。たくさんの勇気と愛をくれた安室奈美恵との出会いは、素敵な音楽との出会いでもあった。安室ちゃん、そこにいてくれて、強くいてくれて……ありがとう!(早川加奈子)

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