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『ベルサイユのばら』から『薔薇王の葬列』まで……少女マンガで学ぶヨーロッパ史

リアルサウンド

20/6/20(土) 11:00

 壮大な少女マンガを読むだけでヨーロッパ史が学べる、お得な作品を集めてみました。採用基準は実在の人物が登場し、歴史の流れや文化が頭に入りそうな作品です。

 取り上げてみて感じるのは、いわゆる悪女と呼ばれた人たちが多くピックアップされていること。一昔前までは、何人もの男性と関係を持つ女性はたいていこう呼ばれたわけだけど、それがいかに男性的視点であるかが伺えます。

 ヨーロッパ史は各国横のつながりが深いので、知識が増えていくと、芋づる式に話が繋がっていくところがとても面白いです。紹介した作品の中にも、関連して読んでおくと知識が深まるものが多いです。

 豪華絢爛、コスチューム・プレイの世界を堪能しつつ、知識を広めてしまいましょう!
(※作品下の数字は主人公の生没年。国名は舞台となっている場所。)

『アルカサル -王城-』青池保子

1334ー1369 スペイン
 カスティーリャ王国の王様だったドン・ペドロの生涯を描く。セビリア観光名所のお城アルカサルを建てた人で、グアダルキビール川ほとりにある黄金の塔など現地の建物や歴史的人物が作中にボロボロ出てくる。スペイン、とくにセビリアに行くときには必読の書。ドン・ペドロはじめ登場人物が戦争でいろんな地域に行くので、読むとスペインの地理にも詳しくなる。人物や背景があまりに詳細に描かれているので、めちゃくちゃ夢中になってセビリアに留学までしてしまった。セビリア郊外にある古城ホテル、パラドール・デ・カルモナは、ドン・ペドロが建てた城。作中ではロンドン塔に飾られている大英帝国王冠に据えられた「黒太子のルビー」の由来も描かれているので、読んでおくとロンドン観光でも大興奮できる。

『薔薇王の葬列』菅野文

1455ー1487 イギリス
 シェイクスピアの『ヘンリー六世』『リチャード三世』をベースにしたファンタジー。紹介する作品の中では、萌え度が断トツに高い。一方で創作度も高く、主人公リチャード三世が両性具有として描かれる。建築物の俯瞰がほとんど描かれないので、現地ガイドとしてはあまり使えないが、アンニュイ男子がゾロゾロ出てきて誰を推すか迷うほど。とにかくエンタメとして最高。

『夢の雫、黄金の鳥籠』篠原千絵

1502−1558 トルコ
 トルコはイスタンブールに行くなら必読の書。奴隷から成り上がってスレイマン一世の妻になった、ヒュッレム・ハセキの人生を描く。権謀術数渦巻くハーレムで、知恵をめぐらせ生き抜いていくところは爽快。スレイマン一世の寵臣であるイブラフムとの報われぬ恋という少女マンガテイストもバッチリ押さえてある。アヤソフィアのそばに彼女の名前を冠した「ヒュッレム スルタン ハマム」というのがあり、大興奮。新市街にある「軍事博物館」にはスレイマン一世の肖像画があるんだけど、めっちゃヒゲもじゃのおっさんで衝撃を受けた。作品ではサラサラロン毛の美青年として描かれているので、ほんと少女マンガって夢があっていいなと。

『風の王宮』はやさかあみい

1542−1587 フランス→スコットランド
 スコットランド女王メアリ・スチュワートの生涯を描いた短編。絶版になってしまって入手しづらいのだけど、是非読んでほしい。エジンバラには彼女に関わる史跡がゴロゴロしているのでスコットランドに行くときに読んでおくと、ここそこで興奮できる。ホリールード城で彼女の寝室に入ったときや彼女の遺髪を見たときには暴れ出しそうだった。健気に生きるも、歴史に翻弄される彼女の姿や、ダメな夫ばかりと結婚しちゃうところに多くの人が共感するのでは。

 ところが『暗号解読』(サイモン・シン)には、彼女がやり取りしていた密書が紹介されているのだけど「おい、ちょ、待てよ」と言いたくなるくらい、かっこわるかった。作品は彼女大変好意的に描いていたようだ。やっぱり少女マンガ最高! ラストはちょっと鳥肌ものです。

『王妃マルゴ』萩尾望都

1553−1615 フランス
 大御所萩尾望都先生が初めて描く歴史ものということでも注目を浴びた作品。マルゴはむちゃくちゃモテた人で、いろんな醜聞があるけれど、やっぱり女性作家の手にかかるとちゃんと心理が描かれ魅力的な女性になる。マルゴの結婚式直後にサン・バルテルミの虐殺があるなど、カトリックとユグノーの宗教戦争まっただ中の話なので、そのへんのムードを学ぶのにも最適。マルゴの母は毒殺やら呪術やらで悪名高いカトリーヌ・ド・メディチで、兄のフランソワ二世は、メアリ・スチュワートの夫。

『エル・アルコンー鷹ー』青池保子

1562−1588 イギリス
 主人公が架空の人物だけど、ティリアン・パーシモンさまが死ぬほどかっこいいので特別入選。スペイン無敵艦隊に憧れ、イギリスからスペインに寝返った海軍将校の物語。レパントの海戦からアルマダの海戦まで、当時のヨーロッパの制海権がどんな感じだったのかが分かる。目的のためには手段を選ばない冷酷な人で、とにかくティリアンさまがかっこいい。平気で女を弄んだりするけれど、それでも魅力的な人物像に仕上げているのはさすがの力量。宝塚にもなった。個人的には「無敵艦隊」って言葉はこの作品で知った。ちなみにレパントの海戦で無敵艦隊が戦ったオスマン帝国のセリム二世はスレイマン一世とヒュッレムの息子。作者の代表作である『エロイカより愛をこめて』は、やはり全員が架空の人物だけど、冷戦時代を象徴するスパイもので、主人公のエーベルバッハ少佐は、ティリアンさまの子孫という設定らしい。

『ベルサイユのばら』池田理代子

1755−1793 フランス
 誰もが知る名作。マリー・アントワネットは愚かでも享楽的でもなく、ただただ普通の女の子だったという解釈が女性作家らしい。フランス革命を学ぶなら、『ベルばら』一択。主な参考文書がツヴァイクの『マリー・アントワネット』で、少女向けだがかなり歴史の案内に力を入れている。少女マンガにおける歴史ものの草分け的作品。その後、作者は立て続けにヨーロッパ史作品を発表している。ベルばら登場人物も出てくるナポレオンの生涯を描いた『エロイカ』、ロシアの女帝となったエカテリーナを描いた『エカテリーナ』、エカテリーナにいいように使われちゃったポーランド王スタニスワフ・ポニャトフスキの甥が主人公で、ポーランドの歴史が分かる『天の涯まで』も合わせて読むと19世紀ヨーロッパ史にかなり詳しくなれる。

『ブロンズの天使』さいとうちほ

1799−1837 ロシア
 ロシアの大作家プーシキンと、美しいけれどもボンヤリした嫁ナターリアの物語。才能溢れる一途な男性とか最高じゃないですか? こんな風にモテたいよねっていう少女マンガテイスト強めなので、勉強と思わずに普通にお姫さまものとしても楽しめる。こんな風にモテたいよね。随所にプーシキンの作品が叙情的に紹介されていて、ものすごく興味が湧く。ちょくちょく登場して2人にちょっかい出してくる皇帝ニコライ二世は、めっちゃ悪者だけどエカテリーナ二世の孫。

『皇后エリザベート』名香智子

1837-1898 オーストリア
 皇帝フランツ・ヨーゼフに見初められ、皇后になったエリザベート。大変美しい人で、国民からの人気は絶大だったけれど、宮廷生活が肌に合わず皇后としての仕事はあまり果たさなかった。名香智子先生の絵がとにかく美しく、エリザベートの魅力を余すところなく伝えている。ドイツのノイシュヴァンシュタイン城を作った狂王ルートヴィヒはエリザベートの従甥で、作品にもしばしば登場する。フランツ・ヨーゼフはハプスブルク家の人で、彼のひいおじいさんはマリー・アントワネットの兄レオポルト二世。『レディーミツコ』(大和和紀)の主人公クーデンホーフ光子は日本人として初めてオーストリア=ハンガリー帝国の伯爵に嫁いだ人で、フランツ・ヨーゼフと面会したことがあるとか。

 これら豪華絢爛な世界に浸ったら、マンガと同時に関連書籍を読むのもお勧めです。『ベルサイユのばら』が好きすぎて私は、マリー・アントワネットやフランス革命関連の本を読みあさったし、『エル・アルコンー鷹ー』で無敵艦隊に憧れて『レパントの海戦』(塩野七生)を読んでみたり。そしてガッカリしたり。『女帝エカテリーナ』を読んだあとに、本を読み返す気力がなくてマンガで復習したりもしました。旅行先での興奮度も違います。

 マンガはとっかかりやすいため、専門分野への入り口になることも多いようです。お気に入りの作品が見つかり、知識の幅を広げるきっかけになるといいですね。

■和久井香菜子(わくい・かなこ)
少女マンガ解説、ライター、編集。大学卒論で「少女漫画の女性像」を執筆し、マンガ研究のおもしろさを知る。東京マンガレビュアーズレビュアー。視覚障害者による文字起こしサービスや監修を行う合同会社ブラインドライターズ(http://blindwriters.co.jp/)代表。

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