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いま、最高の一本に出会える

ここには愛しかないーーbloodthirsty butchersのトリビュートアルバムを聴く

リアルサウンド

14/2/13(木) 8:00

 bloodthirsty butchersのトリビュート『Yes, We Love butchers ~Tribute to bloodthirsty butchers~Abandoned Puppy』『Yes, We Love butchers ~Tribute to bloodthirsty butchers~ Mumps』が発売された。全24バンドが集まった2枚のディスクを聴きながら、このタイトルしかなかったのだなと理解する。「そう、僕たちはブッチャーズが大好き」。その最後に「でした」を付けなければいけないのか、という現実は、今はちょっと保留しておきたい気分だ。

 偉大なオルタナティヴ先駆者であり、多くのバンドマンから慕われるミュージシャンズ・ミュージシャン。過去26年間のブッチャーズの評価は、セールスや動員ではなく、心ある音楽家/音楽リスナーが絶賛する孤高のバンドとして語られてきたように思う。リーダーの吉村秀樹はそれが不本意で、もっと認められたい、ただの伝説になっちゃダメだと口を曲げていたが、改めて聴くとよくわかる。彼らのサウンドは一般的な売れ線とは程遠いところにあるだけでなく、オルタナティヴの世界であっても主流になり得ないものだ。多くのバンドマンが手放しで「絶賛する」のは、裏を返せば「ライバル視しない(できない)」存在だったから。吉村の想いとは裏腹に、「孤高」というポジションから動くことのできないバンドでもあった。

 理由はシンプル。吉村秀樹のギターと歌が、簡単には、いや絶対に、真似のできないものだったからだ。脳を揺さぶるようにうねる轟音ギターと、音程やリズム感をすっ飛ばして心のままに吠える歌唱法。常識は通じない。小手先で小利口に考えているうちはまったく太刀打ちできないスケールのデカさというものが、いつだってブッチャーズの音楽を「規格外」に見せていた。

 違うメーカーのギターアンプを二台使い同時にモノラルで鳴らすことで、エフェクターを踏まずとも奇妙な音響効果を生むという出音の「発明」は、かなり昔、札幌時代から実践されていたという。お菓子の缶でファズを作ったというエピソードも怒髪天の増子氏から聞いたことがあるが、彼ならありえると納得する。楽器屋のカタログには絶対に書かれない発想の数々が、昔から同業者を驚かせていたのだ。曲の構成しかり、コードの押さえ方しかり。技術論ではない。「なんでそんな音が出るの?」の問いを突き詰めると、「なんでそんなこと思いつくの?」という彼の脳内にぶちあたる。そういえばNUMBER GIRL時代の向井秀徳は「Abstract Truth」の歌詞にこう書いていた。〈禅問答 YOSHIMURA HIDEKI 禅問答 答えはいらん〉。

 音程やリズムをすっ飛ばす歌唱法、と書いたが、つまりは調子外れの、失礼ながら音痴の部類に属するようなシンガーでもあった。そして、というか、それなのにというか、恥ずかしそうにボソボソ呟くことがまったくない、堂々と一語一句を唄い上げる大声のシンガーでもあった。メロディ自体は美しい。鍵盤で追ってみれば童謡のように優しい旋律だとわかる。ただ、それを丁寧に届けるよりも、心に渦巻く切なさや苛立ちをドーンとぶっ放すことに本人の意識は集中していたと思う。とてつもなくノイジーな轟音ギターに乗って、やたら大声のエモーションが飛び込んでくるバンド。すべて音符にならない部分が最大の魅力だったわけである。

 演奏が上手か下手か、方向がポップかアングラか、音がローファイかハイファイか。そういう区分ができないし、最大の魅力が音符にならない=再現できないところなのだから、ブッチャーズをカバーしたバンドは過去にほとんどいない。LOST IN TIMEは彼らの曲名からバンド名を決め、前述のようにNUMBER GIRLは吉村の名前を歌詞にもしたが、カバーというのはよほどハードルが高いのだろう。例外は、1999年に出たトリビュート『We Love buthchers』。メジャー盤とインディ盤の2枚が同時発売され、前者にはGREAT3や曽我部恵一、後者にはHi-STANDARDやカウパァズらが参加した。あれは名盤『kocorono』がすこぶる高い評価を受け、日本のオルタナティヴ・ブームがピークに達しようとしていた時期。ここでトリビュート盤の企画をしなければ次は二度とない、というディレクターの思惑があったのかもしれない。

 その例外第二弾が、今回のトリビュートだ。言うまでもなく、きっかけは吉村秀樹の死。集まったバンドたちは、ブッチャーズを絶賛し、しかし太刀打ちできない、ライバル視もできない、カバーなんて到底ムリだと思っていたミュージシャンばかりだと思う。だが、彼らはディレクターのオファーに快諾してみせた。ここでやらなきゃ次はない。真似できないけどやるしかない。だって俺たちはこんなにブッチャーズが好きだった。そんな思いを皆が共有していたのではないかと思う。

 果たして、本当に愛の結晶のようなカバーばかりである。あえて自己流の解釈をしてみせたのはLOW IQ 01とTHE STARBEMSくらいで、ほとんどのバンドがド直球のカバーである。同じコードを押さえてもあのうねりは出ない。同じメロディを追ってもあのニュアンスに届かない。それをわかっていてもなお、同じ曲を同じように再現する。そこにあるのは間違いなく愛だろう。

 日本屈指のハードコア・バンドであるスラングが、初めてツービートもディストーションもない演奏をする。向井秀徳と八田ケンヂは、バンド編成の原曲を弾き語りにすることで言葉やメロディのひとつひとつを慈しむ。なんでも破壊してナンボの暴れ馬であるKING BROTHERSや、歌メロなんて概念があるのかわからないロマンポルシェ。でさえ、驚くほど真剣に原曲を再現している。いまやパンクシーンの「鬼」と怖れられるBRAHMANのTOSHI-LOWが、あえて歌詞を変えて〈いつの日かまた僕を連れてって〉とメッセージを届ける。愛だなぁと思う。愛しかない。

 第三弾として、eastern youthやCOPASS GRINDERZなどが参加したトリビュートは3月26日に発売されるという。ずっと「孤高」というポジションで絶賛され続けたブッチャーズの楽曲が、今、これだけ具体的な愛にまみれて世の中に流れ出していることを、吉村はどう思っているだろうか。

■石井恵梨子
1977年石川県生まれ。投稿をきっかけに、97年より音楽雑誌に執筆活動を開始。パンク/ラウドロックを好む傍ら、ヒットチャート観察も趣味。現在「音楽と人」「SPA!」などに寄稿。

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