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『本好きの下克上』『PUFF パイは異世界を救う』……異世界ラノベ、新潮流は“知識の活用”?

リアルサウンド

19/10/24(木) 8:00

 カルロ・ゼン『幼女戦記』、丸山くがね『オーバーロード』、暁なつめ『この素晴らしい世界に祝福を!』、長月達平『Re:ゼロから始める異世界生活』と並べた4作品に共通するのが、ネット発でKADOKAWA系から書籍になってテレビアニメにもなり大ヒットしたこと。そして、異世界に転移するなり転生した主人公たちが、前世の知識や新しく得た能力を使って、移った先の世界で大活躍する物語であることだ。いずれも発行部数が数百万部に達する人気ぶり。ライトノベルの主軸をこうしたジャンルに移す要因にもなっている。

  もちろん、ネット発の異世界転生物はKADOKAWA系の独壇場ではなくて、伏瀬の『転生したらスライムだった件』はマイクロマガジンから刊行され、講談社からコミック版も出て関連書籍を含めたシリーズ累計が1000万部を超えるヒット作になっている。先のKADOKAWA系“異世界かるてっと”組も含め、小説だけでも評判だったのがコミックになり、アニメ化されることで世に面白さが知られて小説版の売り上げを伸ばしているようだ。

 そんな流れに続きそうなのが、2019年10月からテレビアニメがスタートした香月美夜の『本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~』。発行元はTOブックスで、マイクロマガジンと同様に大手とは言えないが、すでに発行部数は200万部を越えて今も続きが刊行中。アニメ化によってさらに大ブレイクする可能性がある。

 本が大好きで、司書を目指して勉強し、ようやく図書館への就職が決まった本須麗乃。ところが、発生した大地震で本が崩れて下敷きとなって死んでしまい、目覚めるとそこは西洋の中世のような世界で、麗乃は前世の記憶を持ったまま、マインという5歳の少女の中に入っていた。

 異世界に転移なり転生する作品の典型。最近は転移者が最強の空手家だったり、いすゞのエルフトラックを召喚できたりとパターンを競い合っている感じがあるが、2013年から「小説家になろう」で連載された「本好きの下克上」シリーズはこうした大喜利とは無関係で逆に地味。転生した世界に本はあっても貴族しか読めない高価なものだと分かったマインが、ただ本を読みたい一心から、その世界にはまだない紙を作り、本を作ろうと奮闘する。

 そこへと至る道も、まずシャンプーを手作りして興味を持った商人に権利を売り、資金を手当てして紙漉きに適した植物を探し、紙漉きのための道具を作り工房を立ち上げて量産へと持っていくといったステップを踏んでのもの。魔法であっさり紙を作り出すといったチート展開はない。だが、こうしたステップが逆に人間が社会を生きていくために必要な商売の知恵であり、望むもののために努力する気持ちの大切さを感じさせる。

 現実の歴史でも起こった印刷技術と本の普及に伴う社会の変化を、ファンタジーの中に移して再体験させてくれる物語でもある。「小説家になろう」で完結した連載を加筆修正して刊行している単行本はまだ途中で、アニメの方もマインが本をその手に持つ姿が描かれるのか分からない。ネットで一気読みしたい気もするが、マインのようにステップを踏んで社会に居場所を得て、金を稼ぎピンチを乗り越え目的に向かって進む姿を1冊1冊の単行本で追体験することで、この厳しい社会を生き抜く力のようなものを得るのも悪くない。

 本への欲求と紙作りの知識がマインを救ったのだとしたら、羊山十一郎の『PUFF パイは異世界を救う』で吉見龍太郎という男を救ったのは、歌舞伎町で培った呼び込みの才能だ。仕事中に殴られた龍太郎が気付くとそこは異世界。世話になった食堂の娘が奴隷として売られようとしていたのを救おうとして、「ぱふぱふ」する場、つまりはおっ◯いパブを開店して金儲けを始める。

 『本好きの下克上』の舞台にも劣らず、娼館があって奴隷もいて性病もあるリアルでシリアスな世界が舞台。神様による異能も与えられていない龍太郎にあったのは、呼び込みとして鍛えに鍛えたコミュニケーションの能力だけだったが、商売敵の妨害をしのぎ、みかじめ料を求めるヤクザを納得させ、起こる連続娼婦殺人事件すら解決して店をしっかり軌道に乗せる。

 第2巻では、雇った娘たちに金を持ち逃げされるピンチに直面し、劣情を誘う呪いをかけられた本来はうさぎの少女を救おうと奔走する。悲惨な境遇から女性たちを救いたいという願いを持った龍太郎の商道に明るい未来はあるのか。追いかけていきたいシリーズだ。

 「小説家になろう」などネット発の作品を単行本化する試みでは後発の講談社レジェンドノベルズも、ある種のパターンからズレた異世界転生物をネットからピックアップし出している感じ。のらふくろう『予言の経済学1 巫女姫と転生商人の異世界災害対策』は、大学で経済学を学んでいた青年が転生した先で、誰も信じようとしない巫女の予言を経済の知識で補い、説得力を持たせ戦力を動かして魔物の厄災から国を救う。

 学問といえば、電撃文庫から4巻まで刊行中の長田信織による『数字で救う! 弱小国家 電卓で戦争する方法を求めよ。ただし敵は剣と火薬で武装しているものとする。』シリーズも、現代から異世界へと転移した青年が、持てる数学の知識を活かしてお姫さまをサポートし、国の危機を救うというもの。重版がかかりコミカライズも進んで次はいよいよアニメ化か?

 紙作りでもお◯パブの運営でも予言者やお姫さまの補佐でも、武力や異能ではなく知識そのものが役立つ異世界転生物をずらりと並べて言うとしたら、女神の恩恵などあてにせず、ちゃんと勉強はしておこう、いつか来るかもしれないその時に備えてということか。

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。

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