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みうらじゅんの映画チラシ放談

『僕の好きな女の子』 『世宗大王 星を追う者たち』

月2回連載

第44回

── 今回は『僕の好きな女の子』です。

みうら これは渡辺大知くんが出てるんで選びました。渡辺くんの顔が写っていたから気がついたわけですから、チラシ効果は十分にあったんだと思います。

── 渡辺大知さんといえばみうらさんの小説が原作の映画『色即ぜねれいしょん』に主演されてましたよね。

みうら あの映画が2009年なんで、もうあれから10年以上経ったことになりますね。彼がまだ高校3年生のときですからね。

『色即ぜねれいしょん』の主役オーディションのとき、監督の(田口)トモロヲさんが「顔も雰囲気も童貞時代のみうらさんにソックリだ」って決めたんです。ま、ご本人からしたらそれ、イヤだったかもしれませんが(笑)。リアルに表現したいという監督の思いがあったんです。

── 11年前ならいざしらず、ここ2、3年なら童貞うんぬんは問題になりますね。

みうら ごめんなさい。パワハラになっちゃいますよね(笑)。

で、撮影が京都だったので渡辺くんは夏休み期間、神戸から出てきて、京都に泊まってたんだと思うんです。とりあえず初対面の原作者としてはなにかひと言かけなきゃなあと思いまして、渡辺くんの白いワイシャツの胸ポケットに千円札を突っ込んで「これでホテルのエロビデオ観なよ」って言ったんです。すいません(笑)。

でも『色即ぜねれいしょん』の渡辺くんも『アイデン&ティティ』の主演の峯田くんも、若い頃から知ってるからちょっと“親戚の父親”みたいな気持ちなんです、今でも。だから、チラシで顔を見つけて、ついうれしくってね。

── どちらも映画でみうらさんの分身のような主人公を演じられましたよね。

みうら 昨年、峯田くんと渡辺くんとで飲みに行ったんですが、よく考えたら僕だらけなんですよね(笑)。

── この映画の渡辺さんにはどんなことを期待しますか?

みうら 思うに、これもやっぱり『色即ぜねれいしょん』の続きのような気がするんですよね。あの映画では主人公には彼女はできなかったですけど、ついに彼女ができた後のストーリーでね。勝手な想像ですが(笑)。チラシの写真では渡辺くん、手にジュースを持ってますね。まずはホッとしました。これがワンカップ大関とかだったらかなり心配になりますけど。

── (笑)。この相手役の女性はどうですか?

みうら このチラシを見る限りでは、そんなに派手な感じじゃないし、うん、いい子なんじゃないかな。ただ、彼女がカメラをお持ちになっていますよね。ちょっと気になりますね。そのカメラが、このチラシではちょっと分かんないですけど、ライカだったらイヤだなって思うんですよね(笑)。ライカに行く人っていろいろ写真うんちくを垂れそうでしょ。

あと、この彼女が着てるムートンのコート、意外とお高いと思うんですよね。少なくとも渡辺くんが着てる服よりはだいぶ高いと思うんです。たぶん、ふたりとも東京に出てきてるんだけど、彼女の実家はお金持ちじゃないかな。で、渡辺くんはバイトとかしてんのかな。資産家の娘と自分との生活のギャップみたいなことでギクシャクするんだけど、「やっぱり好きだ!」みたいな映画じゃないかなと思うんですよ。

── 具体的な予想になってきましたね。

みうら これくらいの年齢だと、実家がおカネがあるかないかって大きいでしょ。で、社長か重役のお父さんに渡辺くんを会わせたりするんだろうけど、「すごく純真ないい子だと思うけど、将来が心配だ」などとお父さんに交際をやめろなんて言われるんじゃないかな。

チラシの裏の写真を見ると、写真展みたいなのが載ってますよね。彼女の趣味で写真展を見に行くのにつきあわされてるんでしょう。でもそういう芸術的なことにあまり興味がない主人公は、いろいろ戸惑うんでしょうね。彼女がイケ好かない年上のプロカメラマンとかに口説かれたりもするでしょうから。写真展の現場で、そのカメラマンを殴ったりするんじゃないですかね(笑)。

── 絶対にやっちゃいけない類の失態ですね(笑)。

みうら 昔、僕がつきあっていた人が、プロカメラマンの助手みたいなアルバイトをしたことがありましてね。で、遅く帰ってくることがよくあったんで「なにしてたんだ?」って聞いたら、そのカメラマンに飲み屋に誘われてって言うんです。たぶんその男と「硬調にバキバキに焼いてリアリズム」みたいな話を絶対にしてたに違いないって思うんです。

それを想像するだけでイライラしてきて、今度飲むときは僕も連れて行ってくれって言ったんですよね。「これから先、きっとその調子に乗ったカメラマンは君のことを口説くに違いない、俺はそれを許せないから」って言って、一度3人で飲んだことがあったんです。そのカメラマン、すっごいイヤそうな顔でね。途中からめんどくさいって思ったんでしょう、「ここは若いふたりで」ってそのオヤジ、机の上に5千円置いて帰った。5千円かよって思いましたけど(笑)。

その後彼女はそこのアシスタントをやっぱりクビになるわけで、「アンタのせいだ」ってすごく叱られたことを、このチラシを見て思い出しました(笑)。

── そんな思い出が(笑)。おそらくそんなシーンもありそうですね。

みうら そのシーンはあると思いますよ。ちょっと中年のカメラマンの人と3人で飲んで、渡辺くんが殴りかかりそうな勢いでまくしたてる。「これが東京か! くだらねぇ!」みたいなことを渡辺くんは言うに決まってます!

── それじゃまたみうらさんの自伝映画じゃないですか。

みうら ですよね(笑)。まあチラシに写ってるカメラと写真展だけに引っかかって言ってますけど、あながち間違いではないような気もしますよ。東京のイケ好かない業界人に、彼女が取られそうになる映画に決まってます。それで最後に、ダスティン・ホフマンの『卒業』じゃないですけど、「エレーン!」みたいに渡辺くんが彼女の名を叫んでふたりでバスに乗って去っていくのかな?

あ、ちょっと待ってくださいよ。チラシには“平凡な日常のささいな瞬間を切り取る”って書いてありますね。“思い通りにならない君だけど”とも書いてある。やっぱり彼女は、そのイケ好かない業界人に惹かれていくんだと思うんですよね。でも、そうじゃないんだ、本当の愛はそうじゃないんだ、僕は知ってるんだ!っていうことを、渡辺くんが伝えてくれるんだろうな。コレはいい映画だと思いますよ、絶対に(笑)。

── 続いては、こちらの韓国映画『世宗大王 星を追う者たち』です。

みうら ついにヒゲ映画の時代が来ましたね! 僕もこのコロナ禍のステイホームで、どこまでいくのかなと思って、ヒゲを伸ばし放題なんですよ。

── かなり伸びてますよね。

みうら 僕はやっぱりロックが好きなもんで、当然いつかは後期ザ・ビートルズには一度、いかないといけないなと常々思ってたんです。このチラシのふたりのヒゲボーボーっぷりっていうのは、やっぱり“トゥーマッチ=ロック”という精神の体現だと思ったんですけど違います?(笑)

僕は30代半ばくらいでインドに行ったことがあるんですが、そのときには第1期ヒゲブームでね。もう着いた日にすぐ、シタール(注:北インド発祥の弦楽器)を買いました。

── シタールって大きいし、相当重くないですか?

みうら 大きいです。ネックもすごく長くて、もう移動する車の窓からハミ出てるんですよ。でも後期ザ・ビートルズを目指すものは当然シタールは買わないといけないですから。

帰国してからも1カ月くらいは伸ばしてたんですけど、でもやっぱり他人にどう思われるのか不安だったんでしょう。結局剃っちゃったんですよね。でも今回、ちょうどいいステイホームの機会を与えてもらって、第2次ヒゲブームがやってきた。

こうなると、ヒゲチラシにはついつい目が行ってしまうんですよね。僕のヒゲにも白髪が交じってますから、『世宗大王』にはさらにグッときてしまって(笑)。

── ヒゲの方向性に迷われていたんですね?

みうら そうですね。やっぱ、若い頃は『世宗大王』的仙人ヒゲはどうも(笑)。でも、仙人のようなこのヒゲ2トップが「生えてくるものは、自然のままでそれでいい」みたいなことを言ってくれる映画なんでしょ?

今回選んではいませんけど、『博士と狂人』(10月16日公開)っていう映画のチラシも、メル・ギブソンとショーン・ペンが白髪交じりのヒゲ面なんですよ。他にも週刊文春に載っていたヒゲのおじさんの広告とか、もう白長いヒゲの写真を集めたくてしょうがなくなってるんです!

── みうらさんのスクラップブックに白髪ヒゲが加わりそうなんですね(笑)。

みうら 『世宗大王』チラシを見ると、顔の両脇の部分のヒゲを生やしてる人と、脇は剃り落として鼻の下と顎ヒゲだけの人がいるじゃないですか。「この区分はなんなんだ?」ってことも気になりますね。

ヒゲを伸ばしてる人って、それぞれにルールや理想の形があるんですよね。『世宗大王』の場合は、右の人は仙人を目指してるってことは分かるんですけど、左の人はまた違う意図のヒゲですよね。この人はなにが最初のきっかけになって、脇の部分は剃ろうと思ったのか? ひょっとしてこの『世宗大王』には、その答えのヒントがあるんじゃないかと思ってるんです。

── ヒゲを生やしてる人の中には、部分的に伸びないっていう悩みがある人もいますよね。

みうら “伸び悩み”ってやつですね(笑)。僕も伸びてくれない部分があって、いっそ描いたり足したりした方がいいのか?って思いますもの。眉毛だってオシャレで付け足しますからヒゲもそうした方がいいのかもしれませんね。

で、ここでまた疑問なんですがね、なぜヒゲを剃る人がいるんでしょう?

── 確かに以前は、今よりもオッサンがヒゲを生やすことに抵抗がある世の中でしたよね。真っ当な社会人は必ずヒゲを剃ってましたし。

みうら ですよね。あとヒゲを生やしてる人に「どうしてですか?」って聞くと、無精髭だってごまかすことが多いでしょ。「実は剃ろうと思ってるんだけどさ、無精髭でさ」って言うんだけど、本当は意図的に生やしてるくせに。

確かに伸ばすと面倒くさいとか、食べたものがついて臭いとかいろいろあるけど、それを超えた先の世界を、ボーボーまでいくと違う世界が見えてくるぜ、っていうことを、たぶん『世宗大王』は教えてくれるんじゃないかなあ。

── なるほど。

みうら だって、ここまで伸ばしてる人に「どうして伸ばしてるんですか?」なんてもう聞けないじゃないですか。

もう“枯れ”の境地に至った者たちが、「お前には覚悟があるのか?」「まだオシャレを気取ってモテようとしてるんじゃないのか?」という問いを突きつける。『世宗大王』がかかってる映画館の客席はヒゲの人だらけでしょうね。僕も絶対に観に行かないとですよね。

取材・文:村山章
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※次回は10月1日(木)に更新予定です!

プロフィール

みうらじゅん

1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』(ともに文春文庫)など著作も多数。

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