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イ・ヨンエ14年ぶりのスクリーンへ! 『ブリング・ミー・ホーム』に通底する韓国映画の“無慈悲”さ

リアルサウンド

20/9/20(日) 12:00

 パク・チャヌク監督の『親切なクムジャさん』(2005年)、イ・チャンドン監督の『シークレット・サンシャイン』(2007年)、そしてポン・ジュノ監督の『母なる証明』(2009年)など、韓国映画には、“我が子を思う母親”をテーマとした作品が多い印象がある。しかも、そのいずれもが国際的な評価を獲得している秀作ばかりなのだ。これは一体、どうしたことなのか。もちろん、それらの映画は、いわゆる“母性愛”と呼ばれるようなものを、単に美しく描いただけの作品などではなく……キーワードは“無慈悲”といった言葉になるだろうか。そう、韓国映画はいつだって無慈悲=ノー・マーシーなのだ。そこに今、新たな一本が加わろうとしている。韓国の“国民的女優”のひとりであり、日本でもドラマ『宮廷女官チャングムの誓い』などで根強い人気を誇っている女優、イ・ヨンエ。その彼女が、実に約14年ぶり(!)という歳月を経てスクリーンに帰ってきた作品としても注目を集めている映画『ブリング・ミー・ホーム 尋ね人』のことである。

 奇しくも『親切なクムジャさん』で“我が子を思う母親”を演じたイ・ヨンエが、プライベートでも結婚・出産を経て、自ら“母親”となって臨んだという今回の役どころ。彼女が演じる主人公=ジョンヨンは、6年前に行方不明になった当時7歳の息子を、夫=ミョングク(パク・ヘジュン)と共に今もなお捜し続けている看護師の女性だ。自作のチラシを配りながら、手掛かりのありそうな場所や地域、あるいは児童保護施設などを回る日々を送っているジョンヨン夫婦。けれども、そんな彼女は、さらなる悲劇に見舞われる。例によって韓国映画は、かくも“無慈悲”なのだ。完全に孤立無援の状態となり、もはや自らの生きる意味すら見失いそうになったジョンヨン。そこに、ある怪しげな男から情報が寄せられる。耳の後ろの斑点や火傷の痕など、身体的特徴が息子と一致する子どもを、とある漁村の“釣り場”で見たというのだ。

 その一方で、件の“釣り場”では、ある異様な光景が繰り広げられている。“釣り場”を手伝う無口な子どもを愚弄し、ヘラヘラと笑いながら海に突き落とす従業員の男。どうやら、ここはある“家族”が経営する観光客向けの“釣り場”のようなのだが、その経営者である中年夫婦をはじめ、そこで働く人々はみな、どこか様子がおかしいのだ。そもそも彼らは、本当に“家族”なのだろうか。そこにジョンヨンがやってくる。彼女の息子に似た少年など、ここにはいない。いるのは島に住んでいた老婆から託された身寄りのない少年だけだ。彼女の息子に似た少年など、ここにはいない。一方的にまくしたてる“釣り場”の人々。彼らと懇意だという地元の警察官の態度も、どこか不自然だ。そしてジョンヨンは、この“釣り場”の一家に隠された、ある“真実”を知ることになるのだった。果たして彼女は、愛する息子を家に連れ帰ることができるのだろうか?

 息子を失った悲しみと自責の念を引きずりながら、それでもなお息子が生きていることを信じて行動する“強い母親”ジョンヨン。そんな彼女の“我が子を思う”強い気持ちが、この物語を駆動しているのは間違いないだろう。けれども、その行きつく先で彼女が目の当たりにするのは、彼女が予想もしていなかった、むき出しの“世界”なのだった。一般的な“正しさ”とは異なる価値観で、日々暮らしている人々。彼らにとって“真実”とは、必ずしも重要ではないのだ。ましてや、それが他人事であるならば。彼らは彼らで、自分たちの生活を守ることに必死なのだ。そこで重要となるのが、“釣り場”の家族とジョンヨンのあいだに立ち、やがて彼女の前に立ちふさがる人物――その地域を管轄する警察官「ホン警長」という特異なキャラクターなのだった。世の中の“正しさ”とは必ずしも一致しない、自分だけのルールと秩序があり、さらには権力を持った田舎の警察官。

 そんな「ホン警長」を演じるのが、今年日本でも多くの人が視聴したドラマ『梨泰院クラス』で、主人公パク・セロイの宿敵=長家(チャンガ)グループの会長チャン・デヒを外連味たっぷりに演じていたユ・ジェミョンである。もともとは舞台を中心に活躍していたようだが、近年は『梨泰院クラス』をはじめ、チョ・スンウとペ・ドゥナが主演したドラマ『秘密の森』や、マン・ドンソク主演の映画『悪人伝』といった話題作で、強烈な悪役を演じてきたユ・ジェミョン。けれども本作で彼が演じるホン警長は、いわゆる“黒幕”然とした悪役などではなく……演じている本人も語っているように、見ようによっては「ありふれた日常を送る平凡な警察官」に過ぎず、そこが本作の物語をより複雑で重層的なものにしているのだった。外部の者によって町の平穏が乱されることを何よりも嫌うホン警長。さらにユ・ジェミョンは言う。「この映画は、子どもを捜す母親の愛を描いた作品ではありますが、その“真実”めぐってあらゆる人物たちがぶつかり合うことが、実はメインの見どころなのだと思います」。果たして、その発言の真意とは?

 そう、この映画は、“我が子を思う母親”の強さと行動力を賛美するような、そんな有り体の映画などではなかった。その強靭な“母性愛”を入り口としつつも、そこから次第に浮かび上がってくるのは、表面的には同情しつつも、決して他人と深く関わろうとはしない、今の人間たちの心の“在り方”なのだった。冒頭に挙げた『親切なクムジャさん』、『シークレット・サンシャイン』、『母なる証明』といった映画が、“母性愛”のみを描いた映画ではなく、それぞれ“復讐”、“救済”、“狂気”といったテーマを内包していたように、この映画もまた、観客の心を思いがけないテーマへと導いていくのだ。韓国に限らず、子どもの行方不明事件が一向に減らない本当の理由とは何なのか。そして、世に言う“正しさ”とは、果たして誰にとっての“正しさ”なのか。

 ちなみに、本作が初の長編映画となったキム・スンウ監督は、『シークレット・サンシャイン』の現場でプロダクションアシスタントを務めるなど、自身でいくつもの脚本を書きながら、長らく監督を夢見てきた人物であるという。その彼が、10年以上も温めてきたアイデアをもとに生み出された本作。その脚本の緻密さと、そこで描かれている人間たちの複雑さに魅せられ、新人監督であるにもかかわらず、それを自らの復帰作にすることを選んだというベテラン、イ・ヨンエ。そして、近年活躍目覚ましい“カメレオン俳優”、ユ・ジェミョン。そんな立場もキャリアも異なる3人が、意思を同じくして生み出したサスペンス・ストーリー――それがこの『ブリング・ミー・ホーム』なのだ。俳優やスタッフの層の厚さはもちろん、その自由な交流を含めて、韓国映画の奥深さと豊かさを……そして何よりも、その果敢な“攻め”の姿勢を改めて痛感させられるような、そんな一本だ。

■麦倉正樹
ライター/インタビュアー/編集者。「リアルサウンド」「smart」「サイゾー」「AERA」「CINRA.NET」ほかで、映画、音楽、その他に関するインタビュー/コラム/対談記事を執筆。Twitter

■公開情報
『ブリング・ミー・ホーム 尋ね人』
新宿武蔵野館ほかにて公開中
監督・脚本:キム・スンウ
出演:イ・ヨンエ、ユ・ジェミョン、イ・ウォングン、パク・ヘジュン
配給:ザジフィルムズ/マクザム
提供:マクザム
英題:Bring Me Home/2019年/韓国/韓国語/104分
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