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吉沢亮の光を失った瞳に胸を締め付けられる 『青くて痛くて脆い』が突きつける他者との向き合い方

リアルサウンド

20/9/5(土) 10:00

 杉咲花が「気持ちわる」と、映画『青くて痛くて脆い』の予告編で言い放つ場面が気にかかっていた。杉咲と共にW主演を務めた吉沢亮が「本気で言われているのかと思ってへこみました」(「全国の学生100人限定!吉沢亮・杉咲花の“となり”で一緒に観る10分間のオンラインプレミア試写会」にて)と語るほど、侮蔑や憐憫に溢れているこの一言がまさか本作のキーワードになるとは。

『青くて痛くて脆い』予告

 大学という場所は、得てして2種類の人間に分かれる。新入生の頃から着実に単位を取得しながら文化的活動に励み、早めの段階から就活に向けて動き出す人間と、彼らを“意識高い系”とカテゴライズして嘲笑い、ぼんやりとキャンパスライフを送る人間。

 吉沢演じる主人公・田端楓は後者、杉咲扮する秋好寿乃は前者の人間だ。「人に不用意に近づきすぎないこと」「人の意見を否定しないこと」を信条としている楓は、大勢の前で空気の読めない発言を繰り返す秋好を最初は心の底から馬鹿にしていた。けれど、ひたむきになりたい自分になろうと精進する秋好に少しずつ心を開いていく楓。一人ぼっちだったふたりは、やがて互いにかけがえのない存在となり、“世界を変える”という目標を掲げた秘密結社「モアイ」を立ち上げる。キャンパス内の使われていない校舎を起点に、ボランティアやフリースクールなどの慈善活動を行い、理想論だと馬鹿にされながらも大学院生・脇坂(柄本佑)をはじめとした理解者を得ていく姿はまさに青春そのもの。生きるのに不器用で、繊細な心を持つ楓と秋好がどうか幸せになりますように――と願ったのも束の間、事態は急展開を迎える。

 物語後半、ある理由で秋好を失った楓は親友の前川(岡山天音)と共に社会人や企業に媚びを売る就活サークルに成り下がった「モアイ」を執拗に追い詰めていく。爽やかなキャンパスライフから一転、BLACK SIDEに堕ちた楓の歪んだ感情が爆発。そこには、NHK連続テレビ小説『なつぞら』や『ママレード・ボーイ』『猫は抱くもの』(ともに2018年)で女性ファンを虜にした“国宝級イケメン”吉沢亮の姿はどこにもない。身勝手な感情で他人を貶めようとする楓の狂気を物語るかのように、吉沢の瞳は少しずつ光を失っていく。

 けれど、そこまで楓が「モアイ」に固執する理由が見つからない。本作で最も中立的な役割を担っている前川の後輩・本田(松本穂香)、通称ポンを使って潜入した「モアイ」の活動で分かったのは、学生の個人情報を企業に流しているということだけ。もちろん、個人情報保護の観点でみれば問題のある行動なのだが、その行為を牽引している幹部の天野(清水尋也)に悪気は一切ない。むしろ「良い就職先を学生に紹介したい」という善意からくる行動で、意外にも天野のように真面目なメンバーがいることを楓と前川は知ってしまう。それでもなお、暴走する楓は一体誰を追い詰め、「モアイ」を潰した先に何を手に入れたいのか。それが本作の謎を解く重要な鍵となっている。

 原作者・住野よるの出世作『君の膵臓をたべたい』(以下、キミスイ)と『青くて痛くて脆い』は毛色の異なる作品だが、テーマは共通している。キミスイの主人公・春樹も楓と同じように他者を必要としない。彼らは人との関わりの中で輝きを放つヒロイン――それぞれ桜良、秋好と出会うことで、青春切符を手に入れるところまで似ている。そして、ふたりとも大切な存在を違った形で失うが、喪失を経て辿り着く道が楓と春樹で正反対なのだ。

 春樹は桜良という存在を通して、誰かと生きる尊さを知る。対する楓は、秋好と出会ったことで人と向き合った気になっているが、実は最後まで自分のことにしか興味がない。安全圏から、意識高い系の人間=他人を平気で傷つけると穿った見方をしているだけ。予告でも流れる「何がみんなのためだよ、全部自分のためだろ」という楓の台詞は、自分が心地良く生きられる表面的な優しい世界を押し付け、暴走し、最終的にたくさんの人を傷つける彼自身にブーメランとなって返ってくる。

「好きなのに嫌い、楽しいのにうっとおしい。そういうまどろっこしさが、人との関わりが、私が生きてるって証明だと思う」(『君の膵臓をたべたい』)

 キミスイでそう語った桜良の言葉が、本作を通してより心に響く。今はSNSを介していつでも誰かと繋がれる時代になったが、相手の顔や本音が見えない分私たちは人の痛みに少しだけ鈍感になった。身勝手な正義を振りかざし、相手を中傷する楓の姿はSNSに溢れる悪意の声にも重なる。桜良や秋好のように傷つき傷つけられる覚悟を持ち、リアルな場で他者と向き合う存在を対照的に描くことで、住野よる原作の映画は現代の風潮にも警鐘を鳴らしているのではないだろうか。

 映画の終盤、楓が“なりたかった自分”が歩むはずだったキャンパスライフを空想する『ラ・ラ・ランド』(2016年)のラストシーンを彷彿とさせる場面がある。そこに映し出されるのは、周りと溶け込み、時に失恋や仲間との衝突で傷つきながらも青春を謳歌する楓や秋好の姿。後悔に満ちた楓の青春時代に胸がぎゅっと締め付けられるが、ラストは微かな希望を感じさせてくれた。他者との繋がりがSNS中心になっているコロナ禍の今、『青くて痛くて脆い』はヒリヒリとした後味をもって、私たちの麻痺した感覚を取り戻してくれる作品となっている。

■苫とり子
フリーライター/1995年、岡山県出身。中学・高校と芸能事務所で演劇・歌のレッスンを受けていた。現在はエンタメ全般のコラムやイベントのレポートやインタビュー記事を執筆している。Twitter

■公開情報
『青くて痛くて脆い』
全国公開中
出演:吉沢亮、杉咲花、岡山天音、松本穂香、清水尋也、森七菜、茅島みずき、光石研、柄本佑
監督:狩山俊輔
脚本:杉原憲明
原作:住野よる『青くて痛くて脆い』(KADOKAWA)
制作プロダクション:ツインズジャパン
配給:東宝
製作幹事:日本テレビ放送網
(c)2020「青くて痛くて脆い」製作委員会
公式サイト:http://aokuteitakutemoroi-movie.jp/

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