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中国アニメーション急成長の理由を探る 背景には建国70周年が生んだ意識と国策の変化が

リアルサウンド

19/11/23(土) 10:00

 今年の夏、日本では新海誠監督が『天気の子』で二作連続の大ヒットを記録し、ヒットメイカーとしての地位を固めている頃、中国では1本のアニメーション映画が記録的ヒットを飛ばしていた。その映画『ナタ~魔童降臨~』は中国歴代興行収入第二位の大ヒットを記録、質の面での評価も高く、今年の米国アカデミー長編アニメーション部門の候補作ともなっている。 ちなみに今年の中国映画市場は、歴代興行収入ベスト10に5作品を送り込んでおり、相当に活況を呈していると思われる。しかも、『アベンジャーズ/エンドゲーム』以外、全て国産映画だ。

 『ナタ~魔童降臨~』以外にも注目のアニメーション作品が数多い。日本でも急遽公開された『白蛇:縁起』は、中国で今年の1月に公開が始まると、過去10年の国産アニメーション映画として初めて週間興行収入の1位を勝ち取り(中国大陸部映画興行週間ランキング<2019.1.28–2019.2.3>)、人気TVアニメシリーズ『熊出没』の劇場版最新作、日本のア
ニメファンの間で話題となっている『羅小黒戦記』、「九段線問題」で揉めた米中合作『アボミナブル(原題:Abominable)』(アニメ映画「アボミナブル」、ベトナムで上映中止 南シナ海の地図巡り)もヒットを記録。今年は中国アニメーション映画が自国の市場において躍進している。

 さらに、日本国内でも『白蛇:縁起』と『羅小黒戦記』が突如公開され、『白蛇:縁起』と『ナタ~魔童降臨~』は米国アカデミー賞候補に選ばれるなど、本格的な海外進出の気配も匂い始めた。米国と日本アニメのエッセンスを吸収し、中国伝統の物語を大胆に再解釈し、オリジナリティを獲得してきた中国アニメーション業界は、新しいステージに突入しようとしている。

 筆者は昨年も中国アニメの現状について、日本国内で鑑賞できる2本の映画を軸に解説(
伝統の復権と世界市場への挑戦 『紅き大魚の伝説』『ネクスト ロボ』に見る、中国アニメの隆盛)を試みたが、今年のダイナミックな動きを加えてさらに論を発展させてみたいと思う。見えてきたのは製作者たちの研鑽の成果、そして、建国70周年を迎えた中国国民の意識の変化だ。

量から質への転換期だった10年代

Netflixオリジナル映画『ネクスト ロボ』(Netflixにて世界190ヵ国で独占配信中)

 筆者は、今年の9月、池袋で突然公開された2本の中国アニメーション映画『白蛇:縁起』と『羅小黒戦記』を観た。『白蛇:縁起』はフル3DCG映画、『羅小黒戦記』は日本スタイルのルックのフラッシュアニメーションと、それぞれ異なるタイプの作品だが、どちらも非常に技術が高く、そのクオリティは日本のアニメ業界人も感嘆させた。ストーリーは、中国の伝統的な物語をモチーフにしているが、現代的なアレンジと観客の嗜好に合わせた展開で、娯楽映画として一級品の作品となっている。

 かつて中国アニメは粗製乱造の時代があった。生産量は世界一だが、クオリティがともなっていなかったのだが、2010年代に入り、「量から質へ」の転換が図られたのだ。そこには中国当局の戦略な補助金政策が背景にある。

 中国のアニメーション生産量は2011年に世界一に達したのだが、そこから減少に転じた。それまでは中国政府は、分数単位で算出した生産量に応じて補助金を出していたのだが、長崎県立大学の名誉教授、香取淳子氏は2011年を目途に「高度アニメ人材の育成へと政策方針が変更された」と言う(※1参照:香取淳子「中国アニメの転換点としての『西遊記之大聖帰来』」、『知性と創造ー日中学者の思考ー第10号』日中人文社会科学学会、2019年2月5日発行、P116)。

 最初から質を求めず、まずは量を求めたのは上手いやり方だ。あらゆる技術は「量が質を生む」ということはよくあること。競争原理を働かせる意味でも、量的拡大をした後から、絞り込んでいくやり方は理に適う。

 2019年の中国アニメーションの躍進はそうした政策が背景にある。そして、マーケティングも精緻になり、ハリウッド映画や日本アニメが人気を獲得した要因を分析し、作品にも反映させてきたことで質的に成長することに成功した。

『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』(c)2015 October Animation Studio,HG Entertainment

 上述の香取淳子氏は、近年の中国アニメーション映画の躍進のきっかけとなった2015年の『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』のストーリーを、中国の若者の嗜好に合わせ「成長物語として改変されたストーリーと、観客の同一視の対象となりうるよう変更された孫悟空像があった」ことをヒットの要因に挙げている(※1、P126)。

 残念ながら筆者はまだこの作品を鑑賞できていないが、今年メガヒットを記録した『ナタ~魔童降臨~』に関しても、中国映画週間で鑑賞した方のブログ(「ナタ~魔童降臨~」観てきました。)によれば、「ハリウッド的に観客が面白いようにしっかりとした下調べの後に企画された作品」とのことで、グローバルな娯楽作品から多くのことを学んで製作されていることが伺える。

建国70周年と「国潮」

 『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』は当時の中国アニメーション映画歴代1位の興行成績を叩き出し、国内アニメーション業界に大きな自信を与えた。この作品と、翌年の話題作『紅き大魚の伝説』、そして今年の『ナタ~魔童降臨~』と『白蛇:縁起』に共通するのは、中国の古典をモチーフにしている点だ。誰もが知っている物語を取り上げるのはマーケティング的に理に適っているとも言えるが、これほど、国内の伝統的なモチーフがヒットする背景には、中国の国民の嗜好の変化が背景にあると筆者は考えている。

『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』(c)2015 October Animation Studio,HG Entertainment

 今年、中国は建国70周年の節目の年である。国威発揚的なムードの高まりのなか、若者のトレンドの傾向として伝統文化の要素を取り入れたものがブームとなっている。これを中国語で「国潮」と言うそうだ。

 人民網日本語版(中国伝統の要素が盛り込まれた「国潮」がトレンドに)によると、国潮とは「・中国伝統文化の要素が取り入れられている ・伝統文化と現在の潮流を組み合わせて商品トレンド感を出すという2つの側面がある」とのことで、ファッションでも漢字や鶴や伝説の神獣などをあしらった服が人気となっているという。さらには、「衣料品だけでなく、日用品、グルメ、家電など、ほとんどすべての分野のブランドが『国潮』を売り文句にしている」そうで、上記に挙げた大ヒット映画も、やはり古典を現代風にアレンジした作品であり、中国人の好みの変化を如実に反映していると言える。

『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』(c)2015 October Animation Studio,HG Entertainment

 こうした中国人の意識の変化も、やはり中国政府の長期的な政策の影響と無関係ではない。アニメーション産業に関して言えば、中国政府はアニメーションを重要なソフトパワーと位置づけており、近年になってさらに強く「中国」の存在感を示すように奨励されるようになってきたと香取淳子氏は語っている。

 一例として、香取氏は2017年の第13回中国国際アニメサミットフォーラムで掲げられた5つの「立」を挙げている。

 「杭州で開催された第13回中国国際アニメサミットフォーラムでは、国家新聞出版広電総局の田進副局長が登壇し、中国アニメは新しい段階を迎えているとし、さらに大きな発展を実現するため、以下、5つの“立”で努力する必要があると述べた。すなわち、1.中国文化に立脚、2.中国精神を立魂、3.民族偉業を立志、4.イノベーションの創立、5.国際的に際立つ
」(※1、P117)

 中国政府はあらゆるソフトパワーを駆使して中国文化への嗜好性を高めた結果、建国70周年に「国潮」を生み出すことに成功したわけだ。こうした積み重ねが『ナタ~魔童降臨~』の大ヒットの背景にはある。

 アニメーション映画だけでなく、実写でも「国潮」を感じさせる作品がヒットしている。歴代興行収入3位を記録したSF超大作『流転の地球』は、教育省の推薦作品に選ばれている。東京新聞(中国教育省、推奨映画にSF作品 大国主義抑え、自己犠牲の物語)は「自己犠牲をいとわない中国人宇宙飛行士が地球の危機を救うストーリーで、中国人の自尊心をくすぐるのに十分。むき出しの大国主義を抑え、SF仕立ての洗練された内容で、国威発揚映画も変化しつつある」と記述している。さらに、今年の9月下旬に公開された、中国成立70周年を祝賀する映画『我和我的祖国(My People,My Country)』は、歴代興行収入9位につけ(中国大陸部映画興行週間ランキング<2019.9.30–2019.10.6>)、同じく10位を獲得したのは、中国版『ハドソン川の奇跡』と言われる『中国機長(The Captain)』といずれも愛国心をくすぐりそうな作品が大ヒットを記録している。

 これを建国70周年による一過性のトレンドに過ぎないと考えるべきではないだろう。中国の経済発展による大国化は、中国人に自国への誇りと自信を与えている。当局のソフトパワー戦略の成功と相まって、自国の伝統と作品に対する親愛は、相当に高まっているのではないか。国産映画が日本アニメやディズニーを超える人気を獲得している背景には、そういう意識の変化があるだろう。

中国映画産業の巨大化と対外進出への懸念点

 そして、次に中国が目指すのはソフトパワーの対外進出だ。5つの「立」の5番目を思い返してみよう。「国際的に際立つ」ことを目標にはっきりと掲げている。その成果は、今年早速2本のアニメーション映画のアカデミー賞候補という形で表れた。最終選考に残れるかはまだわからないが、十分に可能性はあるだろう。

 まもなく世界最大の映画市場となる中国市場のこのような変化を、ハリウッドや日本映画産業は、どう向き合うべきだろうか。気になるのは、米中合作アニメーション映画『アボミナブル(原題:Abominable)』のトラブルだ。領有権問題となっている南シナ海の九段線が描かれていることでベトナムやフィリピンで上映中止となったこの作品は、中国市場で好成績を収めているだけでなく、米国でも週末興行成績で初登場1位を記録する大ヒットとなっている。LA Timesによれば、この作品は、米中のスタジオのコラボレーションによって「文化的に正確な描写」を可能にしたそうだ。(あくまで「cultural accuracy(文化的正確さ)」であって、政治的正確さとは書いていないが)

 今後、中国映画産業が対外進出を推し進めていく中で、このような「何らかの意図」がしれっと映画に盛り込まれる可能性は今後も捨てきれない。

 中国アニメ市場は市場としてだけでなく、製作地としても欧米のスタジオから注目を集めており(今、中国のアニメーション産業に注目が集まる理由。)、今後合作作品はどんどん増えていくはずだし、純国産作品の海外進出も進むだろう。この巨大市場の動向は、作品の質と量、そして政治的意向の面でも目が離せない。

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。

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