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森山未來×仲野太賀の熱演が生み出した『富久』 『いだてん』は誰も観たことのない“戦争ドラマ”に

リアルサウンド

19/10/14(月) 13:30

 10月13日に放送された『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』(NHK総合)第39回「懐かしの満州」。五りんの父・小松勝(仲野太賀)が送った手紙「志ん生の『富久』は絶品」の真相が明らかになった。

 三遊亭圓生(中村七之助)と共に兵士たちの慰問興行で満州を巡っていた孝蔵(森山未來)は小松勝と出会う。孝蔵らの落語を聞いていた小松は、孝蔵の「富久」に難癖をつける。

「そもそもあぎゃん走りかたでは一里も走れんばい」
「長距離はもっと、ぎゃん上体ば反らして、ぎゃん顎ば引いて、こぎゃんです!」

 マラソン走者ならではの視点で走り方を指摘する小松の姿は、“マラソン狂”とも呼べる師・金栗四三(中村勘九郎)に重なる。そんな彼の純粋な笑顔からは、尽きることのないマラソン愛が伝わってくる。もっとも難癖つけられた孝蔵は怒って小松を追い出すのだが。

 日本の戦況が劣勢に追い込まれる中、圓生、孝蔵、小松は再会。結局、日本は敗戦し、置かれた状況に肩を落としながらも、3人は酒を飲み交わす。小松は酒に飲まれ、四三について悪態をついたり、家族を恋しがったりと一人騒がしい。そんな小松を見て「酒でしくじる『富久』の久蔵みたいだ」と孝蔵は笑った。

 3人で酒を飲み交わした翌日に開かれた孝蔵と圓生の二人会。小松は孝蔵に『富久』をリクエストする。そして再び“マラソン狂”の視点でアイデアを並べ始める。

「距離ば伸ばしたらどぎゃんでしょう」
「あぎゃん大騒ぎしながら走るとなら、せめて10kmは走らんと」
「芝まで走ったらどぎゃんですか」

  「バカも休み休み言えよ」と呆れ返る孝蔵だが、小松は目を輝かせ、浅草から芝まで走る男について語り出す。金栗四三だ。小松の話を聞いて、孝蔵は彼の提案にのった。久蔵の走り方も変わり、まるで“いだてん”が駆け回るかのような演目に生まれ変わった『富久』。それを見て無邪気に笑っていた小松だが、孝蔵の“走り”に心動かされ、いてもたってもいられなくなり外へと飛び出す。

 ひとしきり街中を駆け抜けた小松は「志ん生の『富久』は絶品」と手紙を書くが、ソ連軍に見つかってしまう。ソ連軍が追いかけてくる絶体絶命の状況にも関わらず、小松は思わず駆け出す。走る小松の足元は軽快で、その姿はまるでマラソンランナーだ。「スッスッハッハッ」と呼吸をしながら走る姿は喜びに満ちている。逃げる小松の姿は『富久』と重なるようにして描かれ、その中で孝蔵演じる久蔵は「俺は家に帰りてえんだ」と言った。その思いは小松も同じだ。りく(杉咲花)に、そして息子・金治に会いたい一心で走り続ける小松。しかし、ソ連軍が放った銃弾が無情にも小松の体を貫いた。

 動かなくなった小松を見つけた孝蔵は「何寝てんだよ、久蔵」と、彼をゆすり起こそうとする。小松との別れを、孝蔵は孝蔵らしく惜しんだ。「俺の『富久』最後まで聞いてねえだろ!」と泣き叫びながら。

 これまで何度も描かれてきた孝蔵の『富久』。孝蔵が落語に出会ったきっかけでもあり、はじめて高座にあがったときの演目でもある。久蔵が一心不乱に駆け抜ける姿は、孝蔵や第一部の主人公・四三の情熱として描かれてきた。しかし今回の『富久』は、小松との出会いによって孝蔵の『富久』から、正真正銘、古今亭志ん生の『富久』へと生まれ変わった。そしてこの出来事が、小松の息子・五りん(神木隆之介)と志ん生(ビートたけし)を結びつけたとも言える。

 引き揚げてきた孝蔵は「みんなで揃って上向いて、這い上がって行きゃわけねえや!」と笑った。そこにはかつて“悪童”だった孝蔵の姿はない。ビートたけし演じる飄々とした志ん生の姿と重なった。森山未來だからこそ演じられた、あっけらかんとした志ん生の笑顔だった。

 今回、戦争が生み出した憎悪と死を避けることなく描いたことも印象的だった。冒頭、日本兵は中国人を無下に扱った。しかし戦況が変わると、中国人は日本人に銃を放ち、「死ね」と言いながら何度も何度も体に蹴りを入れた。彼らは「次は殺す」と小松らを見逃したが、その目は確かに日本への恨みで満ちていた。また小松の死後、満州に取り残された孝蔵の台詞も忘れてはならない。

「ソ連軍が本格的に来てからはひでえもんだったよ」
「沖縄で米兵が……もっと言やあ日本人が中国でさんざっぱらやってきたことだが……」

 戦況が変わっていくのを見続けてきた孝蔵だからこそ発せられる台詞だった。そしてOP。第一部では足袋が、第二部では聖火が描かれていたカットは、今回、ボロボロになった足袋が吹き飛ばされるカットに変わっていた。戦争によって断ち切られた青年の夢。夢を絶たれたのは小松だけではない。(片山香帆)

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