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羊文学、オンラインツアー『優しさについて』は“ドキュメント”でもあるーー1st EP&2nd EP収録曲披露した初日をレポート

リアルサウンド

20/8/7(金) 18:00

 羊文学によるオンラインツアー『優しさについて』。ライブハウスの現状に対し、何かできないかという思いから立ち上がった企画だという。ツアーといっても全国を気軽に回れる状況ではないため、今回彼女たちが巡るのは自分たちのキャリアだ。初日は1st EP『トンネルを抜けたら』と2nd EP『オレンジチョコレートハウスまでの道のり』を、2日目には1stアルバム『若者たちへ』を、最終日には最新の3rd EP『きらめき』と4th EP『ざわめき』の楽曲をプレイすることで毎週の配信ライブは行われる。公演ごとに羊文学と縁のあるライブハウスから配信し、セットリストだけでなく監督もそれぞれ変え、カラーの異なる公演として開催。そしてTHREE、BASEMENTBAR、Crossを運営するTOOS CORPORATIONによる配信プラットフォーム・Qumomeeから配信される。『若者たちへ』(2018年)リリース後のUNITワンマンから関わるPA・ナンシー、『きらめき』(2019年)リリースツアーの渋谷クラブクアトロ公演から参加する照明・佐藤円は全公演共通となる。

 初日、8月2日。監督はTempalayやTENDOUJIなどのMVを手掛け、メンバーの塩塚モエカ(Vo / Gt)とも以前から交流のある天国・元(もと)、会場は羊文学のホームとも言える下北沢THREE/BASEMENTBARの高木敬介が調布にオープンさせたライブハウス・Crossである。

 調布駅に降り立ち、街を散策するところからのスタート。カメラを持つのは塩塚自身で、「小さい頃ここで映画を観た」など幼少期の思い出も交え、街並みの変化にも触れながら簡単な道案内やお勧めの飲食店紹介なども挟まれる。ともに会場に向かっているような気持ちになれる、ファンには嬉しい内容だろう。もっとも、そんな町探検の気分はライブの開始とともに霧散していくのだけど。

 フロアを使い、中央にフクダヒロアのドラム。塩塚と河西ゆりか(Ba)は、互いに彼のほうを向き一直線に並んでいる。この配置も新鮮だし、二人の女性が涼しげなワンピース姿であることも、いわゆる汗だくのライブハウスとは異なる空気を醸し出している。1曲目「雨」の照明はブルー。水の中に溶けていくようなギターの音が流れ出す。涼しげ、あるいは悲しげと言ってもいいだろう。悲しいが、泣き出すほどの激情とも切り離された、アンニュイなブルー(憂鬱)がまずは浮かんでくる。

 2曲目は「春」。1st EPを出す以前、ライブ会場とタワレコ限定で販売されていた初期作品にも収録されていた曲だ。たっぷり間を置きながら〈実はね 私 君の ことが〉〈とても 嫌い〉と告白する塩塚のアップは、とても怖くて魅力的だった。まっすぐにカメラを見つめる目。ガーリーに揺らめくファルセット。乙女チックというよりは、たいした理由もなくふっと死を選んでしまう少女のような危うさ、それと表裏一体の一途さを感じてしまう。この曲を作ったとき彼女は10代で、自分の中で暴れるネガティブな感情を自分でも扱いきれなかったのだと思う。続く「うねり」にも〈まだ大人になれない〉〈子供にも戻れない〉という歌詞があるが、そういう時期の憂鬱、息苦しさが次々と歌になっていく。たまに塩塚に強い照明が当たるだけで、基本的には表情の見えづらいダークな映像。これはこれでこの時期の羊文学にとても似合っているのだった。

 そして、ときたま強いライトに照らされる塩塚モエカは、やはり魅力的なボーカリストだと改めて痛感する。大きな目はもちろん、それを縁取る睫毛まで見えるというのは、ライブハウス最前列でもありえないことだろう。その顔を見つめていると、似ているわけではないのだが、奈良美智の絵が思い浮かんでくる。困っているような、怒っているような、でも強い意志があるのだと伝えてくる子供の顔。美しさに見惚れるよりも、なぜか不安を掻き立てられる表情が目についてしまう。あるいは、彼女たちの歌が10代の頃の不安定を呼び覚ましてしまうのかもしれない。ただそれは決して不快なことではない。叙情派ニューウェイヴやシューゲイザーに近いサウンドの中で揺れる不安は、むしろ心地よい陶酔を運んでくれるのだ。

 7曲目、塩塚が初めて笑顔を見せる。そこから始まるのは「Step」。1st EP『トンネルを抜けたら』の中でも唯一軽やかな風を感じるナンバーだ。リズムの躍動感が変わっていく。後半はギターの轟音がうなりを上げるが、決して人を攻撃するようなものではない。ぐるぐる回る脳内のアレコレを開放する突破口を見つけた、と喜んでいるようなニュアンスだろうか。

 いわゆる轟音ギターを“非日常の興奮”と感じるリスナーは多いし、そもそもバンドであることを“闘い”だとか、何かのバトルのように考えるバンドマンも少なくない。ただ、彼女たちにとってこれはまったく逆の営みなのだろう。人間関係の複雑さ、友人が口にした一言、なぜか寝る前にいつも考えてしまう詮無いこと。そういう普通の思考がなめらかにロックになっている。普通の日常がごく自然に轟音ギターと繋がっている。これは羊文学の個性であり、今後いくらでも伸びていく面白さになるだろう。いまどきロックは反骨の音だという思想が有効だとは思わないが、ロックの掟、バンドシーンの暑苦しさのようなものから、3人はもともと開放されているのだ。

 閑話休題。ゆるいMCを挟み、後半は2nd EP『オレンジチョコレートハウスまでの道のり』からの4曲が披露される。最初のアンニュイな憂鬱は、もうここにはない。「ハイウェイ」の〈ハイウェイにのって どこまでも行くんだ〉という歌詞に顕著だが、少なくとも頭でぐるぐる考えているだけではない、家の外に出て、他人や世界と対峙していく覚悟が生まれたのだと思う。ふわりとしたファルセットと、パーンと張った地の声を意識的に使い分ける曲が出てくるのもここからで、後者は驚くほど強い印象を残す。悩んでいた少女時代を振り切るような意志を感じるのだ。若き日々の成長が如実に表れている初期の曲だから、セットリストが作品の曲順そのままなのは非常にいい判断だったと思う。これはライブであり、ドキュメントでもあるのだ。

 「マフラー」で終わりかと思えば、ラストは「1999」。時系列でいえば1stアルバムを飛ばすことになるが、2018年の年末に配信されたクリスマスソング。そして、羊文学最初のスマッシュヒットとなったポップな名曲である。これをラストに聴かせる流れが素晴らしかった。子供と大人の狭間で迷っていた時期をしっかり見せたあとに、幼少の記憶を大人になってから振り返る。そこにはカタルシスがあったし、派手ではないが確かな高揚があったのだ。塩塚が嬉しそうな表情で「ありがとうございました」と言ったあと、映像は再び調布駅に戻り、そこで終了となる。

 羊文学はこんなふうに歩いてきて、こんなふうに続いていくんだよ。そんなストーリーの続きが見えた。なるほど、これは確かにツアーと銘打っていいものである。いわゆる“配信ライブ”以上に、今開催する意義を感じたのは、バンドと関わりの深い各ライブハウスの特性を生かし、会場に縁のある監督による“作品”のようだからだろう。共に歩んできた場所、スタッフ、クリエイターたちと作り上げた映像だからこそ胸に訴えかけてくるものがあった。来週、再来週が、ますます楽しみになってきた。

■石井恵梨子
1977年石川県生まれ。投稿をきっかけに、97年より音楽雑誌に執筆活動を開始。パンク/ラウドロックを好む傍ら、ヒットチャート観察も趣味。現在「音楽と人」「SPA!」などに寄稿。

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