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赤楚衛二×町田啓太の“もどかしさ”は現実世界そのもの 『チェリまほ』が描く人を好きになること

リアルサウンド

20/12/10(木) 6:00

「相手の心が読めたらいいのに」

 誰かを好きになると、誰しもそんなことを思ったことが一度はあるのではないだろうか。自分の頭の中身をそのままパカッと開けて相手に見せることができたら、こんな苦労はしないのに。いや、それは少し困るか。

 今期ドラマ最大の話題作、木ドラ25『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(テレビ東京ほか)、通称『チェリまほ』は、赤楚衛二演じる、タイトル通り童貞のまま30歳を迎えたことにより、「触れた人の心が読める魔法」を手に入れた主人公・安達清の物語だ。「純粋BL」として累計発行部数100万部を突破した同名コミック(ガンガンpixivで連載中)が、吉田恵里香脚本、風間太樹監督により見事に実写化された。ポーカーフェイスの裏に安達への切なくなるほど熱すぎる恋心を秘めた、仕事のできるイケメン同期、町田啓太演じる黒沢優一と安達とのピュアな恋物語であると同時に、もう一人の魔法使い、安達の親友の柘植将人(浅香航大)と、彼が恋する一見チャラそうな宅配業者・綿矢湊(ゆうたろう)との恋物語も見逃せない展開になっている。

 このドラマの面白いところは、我々の生きている現実と極めて地続きなファンタジーであることだ。まず、Omoinotake「産声」が流れるオープニングがとにかくいい。黒沢と安達、それぞれの朝が描かれているのであるが、黒沢がカーテンを開け、眩しい朝の光が差し込んで安達が目を覚まし、黒沢が水をコップに注ぎ、安達がコップの水を飲む。2人の行動が絶妙に繋がっているのに、2人は寒色、暖色にくっきりと分かれたそれぞれの部屋にいる。そしてそれぞれに手を空に伸ばし、何かを掴もうとする。この触れそうで触れない、2つの世界のもどかしさが、我々の現実ではないだろうか。

 SNSという、思ったことをそのまま世界に発信することのできる手段が生まれ、それを介した出会いや繋がりも生まれる世界になったにも関わらず、道行く人の心の声が聞こえるようになってしまった初回の安達が溢れ出る悪意の声に怯えるように、我々は日々SNSの匿名ゆえの心ない悪意に怯え、黒沢や藤崎(佐藤玲)のように、周りが求める自分に必死で自分を合わせようとしたり、安達のように、自己肯定感を持てずに自分を過度に卑下したり、誰もが孤独と向き合って生きている。

 さらにはコロナ禍において、初回の安達同様に、お釣りをもらう時も電子マネー、あるいはトレーを介し、極力人と触れ合うことを避けなければならなくなってしまったソーシャルディスタンスの世の中において、このドラマで描かれる「誰かに触れることで、今まで知らなかったその心に触れ、一生懸命寄り添おうとする」ことは、より得難く貴重なものになってしまった。

 安達と柘植が魔法使いになることによって知ったのは、どんなに完璧そうに見える人もみんな自分と同じように悩んだり嫉妬したり、焦ったりして生きているのだということ。それぞれの恋愛対象である黒沢と湊だけでなく、一見チャラそうな後輩・六角(草川拓弥)が実はとても繊細でいいヤツであることを知ったり、同僚女性、藤崎の意外な一面を知ったりする。安達がそんな彼らの言葉に出せない気持ちに気づき、そっと寄り添うことで、その気持ちを軽くしていく姿も大きな見どころである。

 そしてなによりこのドラマは、人を好きになることの素晴らしさを描いている。誰しも皆、「誰かに心から認めてもらいたい」と願っている。それは、常に自分に自信が持てないために、夢や目標を持てず、自分から誰かと関わろうとすることさえしてこなかった安達が、黒沢という、安達のことを心の底から好きで安達以上に安達のことをよく見ている人の存在を知ることによって、少しずつ変わっていくことからもわかる。

 一方の黒沢も、安達のことを好きになったきっかけは、「顔だけが取り柄」と言われるのが嫌で、完璧にこなそうと頑張ってきた自分の意外な一面を見て「なんかいいな」とほほ笑んだ安達に、「はじめて心に触れられた気がした」からだった。また、湊が柘植に惹かれていったのも、柘植が、常に自分の味方であり、理解者であることがわかったからである。

 人は本来孤独な生き物だ。別に誰かと愛し合わなくても生きていける。ネット環境さえ充実していれば人と関わらなくても大して不自由しない現代社会ならなおのこと。それでも、たった一人でもちゃんと自分のことを見てくれる人がいるだけで、救われることがある。自分が、世界が、変わることがある。このドラマは、そんな「恋」というものの素晴らしさを再認識させてくれる。

 一方で、佐藤玲演じる同僚、藤崎希というキャラクターがいる。いつも安達と黒沢の恋を微笑ましく見つめている彼女は、この恋愛至上主義になりがちな物語の中で、「恋愛に興味がない」人物だ。彼女が心の中で吐露する「周りにどう言われてもいいけど。普通を演じるのも慣れたし」という言葉は、恋愛や結婚など既存の価値観を押し付けてくる世間への違和感と、生きづらさに満ちている。安達と黒沢、柘植と湊の恋の中で生まれる、男同士だから相手に嫌がられるのではないか、周りの目が気になるという葛藤もまた同様に、『チェリまほ』は現代における恋愛の多様性と、従来の価値観との相克を描く。

 物語は残すところ数話となった。未だに「魔法使い」である安達は、黒沢との関係が深まれば深まるほど、自分の能力がフェアじゃないと感じるようになる頃合いなのではないか。彼らがこの先どう、関係を深めていくのか。ドラマ自体は終盤に向かっているが、彼らの恋物語自体は、まだ始まったばかりである。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。
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■放送情報
木ドラ25『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』
テレビ東京ほかにて、毎週木曜深夜1:00〜1:30放送
BSテレ東/BSテレ東4Kにて、毎週火曜深夜0:00〜0:30放送
※放送日時は変更になる可能性あり
出演:赤楚衛二、浅⾹航⼤、ゆうたろう、草川拓弥(超特急)、佐藤玲、鈴之助、町田啓太
原作:豊田悠(掲載『ガンガンpixiv』スクウェア・エニックス刊)
オープニングテーマ:Omoinotake「産声」(NEON RECORDS)
エンディングテーマ:DEEP SQUAD「Good Love Your Love」(ソニー・ミュージックレーベルズ)
監督:風間太樹、湯浅弘章、林雅貴
脚本:吉田恵里香、おかざきさとこ
プロデューサー:本間かなみ(テレビ東京)、井原梓(テレビ東京)、熊谷理恵(大映テレビ)
制作:テレビ東京 大映テレビ
製作著作:「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」製作委員会
(c)豊田悠/SQUARE ENIX・「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」製作委員会
公式サイト:https://www.tv-tokyo.co.jp/cherimaho/
公式Twitter:https://twitter.com/tx_cherimaho

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