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茂木健一郎が語る、クオリアと人工意識への見解 「人間の心なんて簡単にロボットに移せると言っている人はまがいもの」

リアルサウンド

20/9/19(土) 10:00

 脳科学者・茂木健一郎がその専門分野であるクオリア(意識における主観的な質感)について、人工知能研究の動向を踏まえて書き下ろした『クオリアと人工意識』(講談社現代新書)が話題を呼んでいる。「現在の人工知能をいくら発展させても、人間のように意識を持つことはない」と断言する茂木氏に新刊で扱った「意識」の問題について、そしてコロナ禍で感じた本の価値について訊いた。(飯田一史)

意識の科学にとっての『種の起源』を目指す

――茂木さんから見て、最近はどういうところから「意識」の問題に関心を持つ人が多いという印象ですか?

茂木:一般の方ですと、マインドフルネスとか、フロー、ゾーンみたいなところを経由して意識の問題に入ってきますね。「マインドフルネスはGAFAも創造性を育むために使っている」とか「アスリートはフローやゾーンに入る方法を研究している」とかいう関心から。でもそれらの問題はいずれも僕のような脳科学者にとっては意識の現象学、意識の科学そのものなんですよ。

 それから『クオリアと人工意識』で書いたような「人工知能が発達していけば、人工意識はできるのか?」という疑問から入る人もいます。トランスヒューマニズムやポストヒューマニズム、脳のデータを意識ごとコンピュータに移すマインド・アップローディングは可能だ、といった主張に触れて「意識とは?」と興味を持つケースも当然あります。

――この本で扱われるような人工意識についての議論は世界的に見て盛り上がっているのでしょうか?

茂木:ものすごく盛り上がっています。今回の本は主に英語圏での議論を踏まえて書いたものですから、これを読めば雰囲気がわかってもらえるんじゃないかな。海外では「マインドアップローディングが実現した状態から見れば、人間の脳は素材を提供するための元ネタにすぎない」といった過激な主張もされています。彼らが思い描いている未来の社会像や人間観がぶっ飛んでいるという話です。

 まあ、「コンピュータに脳のデータを移し替えれば意識はできる。人間の心なんて簡単にロボットに移せる」と言っている人は基本的にはまがいものです。イーロン・マスクは存在としてはおもしろいし、好きなんだけど、そういう点に関しては微妙なところにいる。「脳とコンピュータをつなげられるインターフェースを作れば勉強なんかしなくてよくなる」なんて平気で言っちゃいますから。

――意識は今のAIに使われているような技術をいくら推し進めていっても作れない、そうではなくて現在の統計的手法を前提としない、まったく別様の研究手法が現れないかぎり意識の謎を解くことは不可能だというのが『クオリアと人工意識』の主張ですよね。茂木さんは意識を扱うことのできるまったく新しい数学などが現れる可能性は実際のところあると思いますか?

茂木:過去にも、たとえば宇宙の理論には同時代の数学者の多くが理解できないものがあったりしたわけです。おそらくクオリアの数学ができるとしたらそういった、今の数学は役に立たない、まったく新しい数学なんじゃないかな。

 僕の人生最大の野心はダーウィンのポジションに行くことなんです。『種の起源』は自然選択(自然淘汰)による生物進化を専門家以外にもわかるように説明した画期的な本です。ただ本が出た当初はあくまで仮説にすぎなくて、実際に生物がどう進化していくのかがわかったのはそこから約百年経ってDNAの構造が判明してからなんですね。だけれども『種の起源』ですでに大枠の道筋は示されていた。

 それと同じように、今すぐ意識の数学ができるとは思えないけれども、「物質である脳になぜ意識が宿るんだろう?」とか「なぜ自由意志があるんだ?」といった議論に対して腑に落ちる枠組みを示すことはできるかもしれない。僕はそれを目指している。

 意識の科学はチェスや将棋に似ているんですね。意識という王様を目指して手を指していく。この本で書いたベルクソンの「純粋記憶」についての議論は、将棋の駒にたとえれば飛車くらいかな。でも飛車だけでは王様を詰められなくて、いろんなタイプの駒を用意して攻めていかないといけない。以前よりは持ち駒が揃ってきたけれども、まだ途上にある、という感じですね。

――茂木さんが意識研究に関して注目している人や組織はありますか?

茂木:Microsoftの共同創業者ポール・アレンが作ったアレン研究所にクリストフ・コッホが移ってきたんですが、コッホとアレン研究所の取り組みは興味深いですね。コッホはもともとDNAが二重螺旋構造であると発表したフランシス・クリックの共同研究者で、意識に関する論文を書いてきました。アレン研究所は脳の遺伝子の発現をビッグデータを駆使して詳細にマッピングしているんですよ。人工知能研究者は脳に興味がないことが多いんだけど、この本でも書いたように、意識は生命現象、生命科学ですから、遺伝子という物の発現から何かわかってくるかもしれない。

――「人工知能研究は身体性の限界を軽んじている」と本の中で批判されています。現在のロボット研究についてはどう考えていますか。

茂木:身体性はAI研究においては意識と並んで重大なチャレンジであり続けていて、僕もロボットやAIの研究者とは過去20年くらい議論してきました。身体性は「いかにロボットやAIに『常識』を持たせるか?」という点から研究者たちが気にしているんですね。たとえば介護をロボットにやらせようというときに、現状のAIではとんでもないことをさせてしまう可能性がある。じゃあどうやって人間が持っているような常識を持たせるのか。複雑な計算をしなくても、身体性があることによって常識が降臨する――みたいなことをロボット研究は追求している、というのが僕の理解です。ボストン・ダイナミクスや自動運転技術がそこをブレイクスルーできるのか、興味深く注視しています。

ベルクソンの「純粋記憶」についての謎が解けた

――茂木さんがクオリアについて研究し始めてから約四半世紀経ちますが、この間で最大の発見はなんですか?

茂木:個人的には『脳とクオリア』という本で書いた「相互作用同時性の原理」と「マッハの原理」ですね。手短に説明するのは難しいのでぜひ気になる方は本を読んでみてください。

 ただ世間的に見ると、意識の成り立ちや、時間と意識についての考えがより細かくわかってきて、地図ができてきたことじゃないですかね。ベンジャミン・リベットの実験で有名な「人間が何かをやろうとしたときには、意識するより前から脳が動いている」とかね。そういうのがわかってきたのは進歩なんじゃないかな。

――今回の本を書くなかで気付いたことや思いついた仮説はありますか?

茂木:今回の本では長年謎めいた主張だと思ってきたベルクソンの「純粋記憶」についての整理ができました。小林秀雄はベルクソンの『物質と記憶』について「感想」という論考で5年も取り組んで挫折しています。ただそのなかで小林秀雄は、ベルクソンは「記憶は脳に残るのではない。記憶自体は脳がなくても残っていて、脳はそれを引き出すきっかけにすぎない」と考えたのだ――と非常に奇妙なことを言っている。このベルクソン理解に対する道筋が付けられた。ただ今回の本の中では全部は説明していません。なぜなら細かいことまで書いてしまうと学術論文にする前にパクられちゃうから(笑)。でも僕の中ではわかったんですよ。そのことは僕の人生の中では大事なことなんです。

――茂木さんは小林秀雄の愛読者であり、講演の愛聴者としても知られています。

茂木:小林秀雄が『物質と記憶』に注目していたことがおもしろいし、ベルクソンは意識の研究者で唯一ノーベル賞をもらっている人だからね。文学賞だけど(笑)。

――『クオリアと人工意識』では現象学やベルクソンが参照されていますが、最近の哲学で気になる動向はありますか?

茂木:やっぱりマルクス・ガブリエルですよね。ベルクソンの「純粋記憶」もそうだけれども、おもしろい哲学の概念は往々にして直感的に「ここに重大な何かがある」と思える、でもそれが何かはすぐにはわからない。マルクス・ガブリエルの「ありとあらゆるものは存在するが、世界だけは存在しない」という主張はシビれた。あれはかなり重大なことを言っている。でも彼の本を読んでも、本人も何かつかんでいるのにまだその含意を十分に言葉にできてない気がします。

 少し話を戻すと、今回の本を書いての最大の発見は「本を書くのは楽しい」ということですね。僕はずっと語り下ろしか、連載をまとめたものを本にしてきたから、小説を除けば、純然たる意識の科学についての本一冊すべてを書き下ろすのって16年ぶりなんですよ。コロナの影響で、3月下旬に山形に行ったのを最後にずっと東京にいて、時間ができたから書けた。

 どう受けとめられるかなと思っていたんですが、今回の本は意外と若い読者、たとえば高校生からも熱い反応があって「あ、意識の問題にみんな興味があるんだ」と思えたことが嬉しかった。反応を見ているとメッセージがちゃんと伝わっている。世間って捨てたもんじゃないなと思いましたね。

ストーリー、SF、本の価値とは?

――『クオリアと人工意識』はストーリー仕立てのプロローグとエピローグになっているほか、全体に興味を惹くように流れが考えられています。

茂木:最初は難解な本にしようと思っていたんです。そうしたら担当編集者に釘を刺されたんですよ。「茂木さん、目標は最低でも5万部ですよ。5万部」って(笑)。まあそれは冗談としても、僕は英語で書かれた意識や人工知能についての本をたくさん読んできたなかで、向こうの人は一流の学者であってもみんなストーリーテリングを大事にしているなと感じていたんですね。日本だと「学者が書く本は難しく書いたほうががえらい」みたいな風潮がありますけど、僕の今回の本では「レベルを落とさないでわかりやすく書く」という英語のポピュラーサイエンスの伝統を踏まえたものを書こうと思ったわけです。

 ちなみにプロローグとエピローグがストーリー仕立てというのはロジャー・ペンローズに対するオマージュであると同時に、エピローグだからといって読者を油断させないことを狙っています。僕もネットで大量にテキスト読んでいるけど、やっぱり本じゃないと仕掛けられないことがあるんですよね。最初から最後まで物語をコントロールできますから。本っておもしろい媒体だなと、改めて発見がありました。

――専門分野と関係するSFを書きたいという気持ちはありますか?

茂木:SFは実はいま書いているんですけど……終わらなくて(笑)。でもそこは勝負するところなんだろうと思っています。僕の野望のひとつはハリウッド映画の原作を書くことですから。

 最近だと中国系のSFはおもしろいですよね。『三体』とか。先日芥川賞を受賞した『首里の馬』の作者・高山羽根子さんはSFも書いていますし、最近、小松左京さんが再評価されているし、ハリウッド映画の原作だってSFが多い。ジャンルとして注目されてきている気がします。SFはわれわれが現実を理解する上で重要な役割を果たしてくれるものですけれど、現実が大変なことになってくるとやっぱりみんな小松左京の『復活の日』だとかカミュの『ペスト』を読む。「良いSFを読みたい」という気持ちが高まってきていますよね。

――茂木さんは今の時代をどう見ていますか。

茂木:不確実性が高まって、今までの常識では扱えないものがたくさん出てきているという意味では、こんなにおもしろい時代はない。おそらく、ここから10年はもっといろいろなことが起こりますよ。

――そういう中で、本の価値はどんなところにあると思いますか。

茂木:YouTubeで本のレビューも配信しているんだけど意外と評判が良いんですよ。ネットの情報だけだと飽き足らない人が観に来ている。というのも、ネットの情報はみんなが読んでいるから、それだけでは差別化できない。差を付けるために本で深掘りしよう、と思って本の情報を求めている気がする。だからみなさんも僕の本を読んで、ほかの人とは差を付けてください(笑)。

■書籍情報
『クオリアと人工意識』
茂木健一郎 著
発売中
定価 : 本体1,320円(税込)
講談社現代新書
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000342756

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