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コロナ禍の今、『タイガーテール』などアジア系米国人クリエイター作品を観る理由

リアルサウンド

20/4/19(日) 12:00

 4月10日にNetflixにて全世界配信が開始された『タイガーテール -ある家族の記憶-』は、『パークス・アンド・レクリエーション』(NBC)や『マスター・オブ・ゼロ』(Netflix)で頭角を現した脚本家アラン・ヤンの初長編映画監督作。台湾から移民した父親(ルル・ワン監督の『フェアウェル』でも好演していたツィ・マー)とアメリカ生まれの娘、そして彼の人生を彩った3人の女性たちとの物語だ。アラン・ヤン自身が台湾からの移民一家に生まれアメリカで教育を受けた2世で、父親の半生を下敷きに物語を作り上げた。というより、ベースは言わずもがな『マスター・オブ・ゼロ』シーズン1エピソード2「ペアレンツ」にある。「ペアレンツ」のあらすじはこうだ。

参考:コロナ禍によって映画はどう変わる? バーチャル映画館はインディペンデント作品の救世主となるか

 それぞれ移民家庭に育ったデフ(アジズ・アンサリ)とブライアンは、アメリカ人に比べて感情表現が乏しい両親に不満を持ち、もっと彼らの過去の話を聞くべきだと食事会を開く。そこで、移民1世の親世代がどんな思いを抱え今の生活を手に入れたかを知る。脚本はアジズ・アンサリとアラン・ヤンが執筆し、アンサリが出演と監督をしている。『マスター・オブ・ゼロ』及びアンサリのスタンダップコメディには移民2世の視点が色濃く現れていて、彼らの自我を形成する上で大きな影響を与えていることがわかる。アジア系移民の(特に)父親は、“脆さを見せることは、弱みを見せること”を信念に、若かりし頃の野心や後悔について語ることを控えてきた。そのことが子ども世代にアイデンティティの空虚さを与えた。アンサリとヤンは、そこに共振したのだ。

 アラン・ヤンは『タイガーテール』を作るにあたり影響を受けた作品に、ウォン・カーウァイ監督の『花様年華』(2000年)とエドワード・ヤン監督の『ヤンヤン 夏の想い出』(2000年)を挙げている。この2本は、1983年生まれのヤン監督が17歳のときに公開された。生まれ故郷のカリフォルニアを離れ、アジア系移民の両親の「数学と化学を学ぶことは有色人種のセーフティ・ネットになる」という教えを守り東海岸のハーバード大学で生物学を学び出した頃だ。この2作品は彼にとって、家族というセーフティ・ゾーンを離れ初めて意識した民族的出自で、やがて記憶や感情を再構築する映像メディアへ関心につながっていったのかもしれない。

 『タイガーテール』の配信を前にアラン・ヤンは、「(映画の予告編の)2分間だけでも未曾有の状況からの逃避を必要としている人々、特にアジア系アメリカ人のみなさんへ。この映画は僕の家族と全ての移民へのラブレターです」とTwitterに書いている。

 『タイガーテール』はNetflixによる劇場公開も予定されていたが、アメリカの映画館は新型コロナウイルスの感染拡大により閉鎖されているため配信のみとなった。だが、不慮の事態とはいえ、配信というスタイルも含めて今こそ最善のタイミングだったような気もする。アメリカの現大統領は新型コロナウイルスを“チャイニーズ・ウイルス”と呼ぶことを憚らず、ウイルス感染と比例するように世界中でアジア系住民への誹謗中傷が増加している。ヤン監督はニューヨーク・タイムズ紙のインタビューで、「僕がとてつもなくナイーヴなのかもしれないけれど、2020年の今、人種差別はある程度過去のものになったと思っていた。でも、明らかにまだここに存在するんだ」と語っている。

 移民たちも例外ではなく在宅を余儀なくされているなか、この映画は彼らの肩を優しく抱くだろう。親たちはどうして新天地を目指したのか、そこに至るまでの道のりは? 子どもたちに西洋の教育を受けさせたのはなぜ? そして、遠い故郷に馳せる想い。『タイガーテール』はここ数年エンタメ業界で起きている、自らをアメリカ人と疑いもなく定義する人たちにとってはささやかでも、アジア系だけでなく全ての移民にとってとてつもなく大きな変化について再考させるきっかけになった。

 そもそもの劇的変化は、2018年8月の『クレイジー・リッチ!』の北米公開だ。公開1週目にボックスオフィスの1位を記録し、アジア系スタッフ&キャスト、そしてハリウッドメジャースタジオによる初のブロックバスター映画が誕生した。そして、2019年7月に北米公開された『フェアウェル』は、2月のサンダンス映画祭で注目を集め米独立系配給会社のA24が獲得。劇場公開を経て2020年のインディペンデント・スピリット賞で作品賞を受賞、主演のオークワフィナは、ゴールデングローブ賞で映画・コメディ&ミュージカル部門の主演女優賞を受賞した。中国系アメリカ人ルル・ワン監督の実話に基づき、アメリカに暮らす移民一家が、自身の余命宣告を知らない祖母にお別れを言うために偽りの結婚式を開く物語は、映画の半分以上が中国語によるドラマにも関わらず、公開初週の1館あたりの平均興行収入で2019年度最高記録を樹立した。今年1月末、新型コロナウイルスがまだアメリカで猛威を振るう前に行われたサンダンス映画祭では、韓国系米国人のリー・アイザック・チャン監督の『Minari(原題)』が審査委員賞と観客賞をダブル受賞。映画を制作したのは『フェアウェル』を配給したA24と、ブラッド・ピットが率いる製作会社Plan Bだ。

 韓国語でセリを意味する『Minari』は、アメリカン・ドリームを叶えるためにアーカンソー州に移住し農園を始める韓国系移民一家の物語で、ドラマ『ウォーキング・デッド』やイ・チャンドン監督の『バーニング 劇場版』(2018年)のスティーヴン・ユァンが父親役を演じている。チャン監督もユァンも両親の代でアメリカに移住し教育を受けた移民2世だ。

 報道によると、『クレイジー・リッチ!』と『フェアウェル』は劇場公開を行った配給会社とネット配信事業者のNetflixが熾烈な争奪戦を繰り広げたそうだ。世界市場を狙うNetflixにとって、アジア圏に強いコンテンツを揃えることが命題だったことは容易に想像できるが、『マスター・オブ・ゼロ』が配信された2015年頃から、ハリウッドにおける動きを察知していたのではないかとも考えられる。その少し前からハリウッドのホワイトウォッシュ(他の人種の役柄を白人に置き換えること)が問題視され、アカデミー賞にノミネートされる俳優が白人に偏っていることを非難する運動も起きた。2018年にはマーベルの『ブラックパンサー』が黒人キャスト&監督による初の大型作品として公開され、第91回アカデミー賞では作品賞にノミネートされた初のアメコミ作品となった。前述の『クレイジー・リッチ!』はハリウッドにおけるマイノリティの台頭として『ブラックパンサー』と並べて語られることが多い。

 Netflixは『マスター・オブ・ゼロ』以降も、アジア系移民文化を扱った作品を増やしている。2019年には中国系移民3世の女性コメディアンのアリ・ウォン主演、イラン系米国人女性監督ナーナチカ・カーンの『いつかはマイ・ベイビー』を配信。サンフランシスコでアジア系移民の幼なじみ同士が再会するラブストーリーだ。また、ドキュメンタリーシリーズでも、「MOMOFUKU」を経営する人気シェフのデイヴィッド・チャンによる『アグリー・デリシャス:極上の“食”物語』を製作。アメリカで広く受け入れられるようになったアジア料理にまつわる考察を行うシリーズで、アジア系移民人脈とも言えるアジズ・アンサリ、アリ・ウォン、スティーヴン・ユァンもゲスト出演している。チャン自身も韓国系アメリカ人2世で、アンサリや本稿に挙げた監督や俳優たちと同じように、アジアで出生した親世代とアメリカで教育を受けた子世代が抱える2つのアイデンティティについて常に考えている。世の中や時流を捉える上で、2つの視点はクリエイティビティにも大きな影響を与えているのだ。

 ちなみに、外務省の調べでは全世界に推定360万人の日系人がいるとされている。多くは戦前に南米やハワイに移住した層で、戦後にアメリカに移民した人々は“新1世”と呼ばれる。新一世はアメリカン・ドリームを思い描き新天地を求めた多くのアジア系移民とは異なる出自を持つからか、一括りで語られることは少ない。映画業界にも、ワーナー・ブラザース・エンターテイメント前CEOのケビン・ツジハラや『スター・トレック』のジョージ・タケイなど日系2世もいるが、現在クリエイティブ分野で活躍している世代は祖父母の代以前に移住した3世になる。数少ない日系人の中でも注目されているのは、ドラマ『アトランタ』で俳優ドナルド・グローヴァーと、「This is America」などでのミュージシャン、チャイルディッシュ・ガンビーノ(グローヴァーの別名)とのコラボレーションで知られるヒロ・ムライだろう。彼は両親の代からアメリカで暮らす新2世で、この論考(参考:ヒロ・ムライ×ドナルド・グローヴァー、“アメリカの部外者”たちの直感的・本能的作風を解説)にもあるようにアメリカで生きる部外者としての視点が根底にある。

 往往にして、移民はディアスポラ(diaspora)と呼ばれる。“撒き散らされたもの”を意味するギリシャ語を語源として、祖国を離れ新天地に居住する人々を表す。世界中から撒き散らされた種が地に植わり繁殖し、移民大国アメリカが出来上がった。そして皮肉なことに、時間をかけて移住先に順応していったディアスポラと異なり、新型コロナウイルスは発生から驚くべきスピードと拡散力で世界を制覇した。無知な人々の単純な思い込みがヘイトを生む。様々な理由により祖国を後にし、次世代のために犠牲を払ってきた移民1世が作り上げたものが傷つけられている。そんな今、1人の中国系アメリカ人のツイートを思い出す。2018年8月、『クレイジー・リッチ!』がボックスオフィスを制覇した際に発信されたツイートは瞬く間に拡散し、36万8000件以上の「いいね!」を獲得した。

「あなたは8歳。学校で中華料理をオーダーしたら、お父さんが配達に来た。お父さんと学校で会えるなんて、と喜んだ。お父さんはあなたのヒーローだから。だけど、他の子どもたちにはクールなヒーローには見えない。みんながお父さんの中国語訛りの発音を笑い、真似する。もう中国人でいたくない」

「あなたは9歳。バレエの合宿に参加する。誰かが、“あなたの目は変な形だから嫌いだって言ってるよ”と告げ口する。あなたは、その言葉がなぜこんなにも傷つけるのかを説明する語彙を持たない。でも、見るからにアジア風な自分の顔が嫌いになる。もう中国人でいたくない」

「あなたは16歳。ハロウィンに、クラスメートが“アジアの観光客”の仮装をしている。テープで目をつり上げ、首からカメラを提げてピースサインをしている。居心地が悪い。先生が“この仮装は不快にさせる?”と聞くけれど、“ノー”と言う」

「堅苦しい人間と思われたくない。みんなと同じように笑い飛ばす。もう中国人でいたくない」

「あなたは17歳。大学に進学して、他のアジア人と会う。彼らには、あなたが持っていないプライドがあった。彼は聞く。どうして母国語を話さないの? 小籠包じゃなくてグリルド・チーズが好きなのはなぜ? うちはそんな生活はしてなかったの、と答える」

「あなたは随分と前に自分の文化を封印していた。中国語を話すことを拒絶し、お母さんが作ったごはんを“不味い”と言った。間違いを犯していたことに気がつく。自分について嫌っていたことを全部取り戻さなくっちゃ。初めて、中国人になりたいと思う」

「あなたは20歳。この数年間をかけて、自分自身を取り戻している。あなたは肌の色にあった名字を持っている。ずっと一緒に生きていく。もう誰も、過去にあなたが感じたような思いはさせない。中国人でいることが愛しい」

「あなたは25歳。オールアジア人キャストの映画を観て、なぜだか涙が止まらない。こんなキャストをハリウッド映画で観たことはなかった。みんな、すごく美しい。中国人であることを嬉しく思う」

 アジア系移民たちによる作品について考えるのに、今ほどうってつけの時はないだろう。(平井伊都子)

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