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CHAI、海外での評価は“面白そうなバンド”から“最注目若手バンド”へーー宇野維正が現地ライブで目撃

リアルサウンド

19/10/8(火) 12:00

 アメリカで最も影響力を持つ音楽ウェブメディアの一つにして、辛辣なレビュー(それが理由でミュージシャンとモメることも)でも知られるピッチフォーク。今年3月、そのピッチフォークがCHAIのニューアルバム『PUNK』に「8.3」という異例の高得点を与え、その週のBEST NEW ALBUMに選出したことが、日本でも一部で話題になった。まあ、海外のメディアでの話だし、多くの読者にとっては言語の壁もあるしで、今の段階では「一部で」というのも仕方がないのかもしれないが、「かなりヤバいことが起こってる」ことを、先日ピッチフォークの本拠地でもあるシカゴで体験してきたので報告したい。

(関連:CHAI、『PUNK』で勢いはさらにブースト サウンドに息づくポストパンクの精神とポップな捻り

 アジア、ヨーロッパ、アメリカで独自のファンベースを築くようになった日本のバンドやミュージシャンは、近年確実に増加傾向にある。その背景には日本の音楽マーケットの飽和と停滞、ミュージシャンの意識の変化、ストリーミングサービスによるグローバルなリスナー環境などがあるわけだが、CHAIのここまでの歩みは過去の日本のバンドとはちょっと違う。これまで海外である程度の規模の成功を収めてきたバンドは、アニメ主題歌などの別ジャンルのファンダムとの接続や、長年にわたる海外でのツアー活動など、いわば草の根的な活動によって外堀を埋めるようにだんだんと支持を広げていくのが通例だった。もちろんCHAIも2017年以降9回の海外ツアーを敢行するなど、その存在を世界にアピールするためにやるべきことをやってきたわけだが、まだ日本で初の全国流通盤をリリースしてから3年足らずであることを考えると、ここまで異常なスピードの速さで支持を広げてきたことになる。そして、スピードよりも重要なのはその広がり方だ。

 今年の3月から6月にかけてアメリカ、イギリス、ベルギー、オランダ、ドイツ、フランス、スイス、スペイン、そして日本とワールドツアーを回った後、この夏のCHAIはアメリカだけで11公演(フェス出演も含む)のアディショナルツアーを行った。その序盤となるワシントン公演の前には、かつてアデルやマック・ミラーやアンダーソン・パークやタイラー・ザ・クリエイターやチャンス・ザ・ラッパーやカリードの出演回が大きな反響を呼び、最近もリゾやタイ・ダラー・サインといったトップスターが出演したばかりのタイニー・デスク・コンサートの収録をおこなった。タイニー・デスク・コンサートとは、アメリカの公共ラジオ放送NPRの番組で、同局のオフィスの片隅で舞台照明なし大型PA機材なしでライブをおこなうという、アーティストの楽曲力やパフォーマンス力が丸裸にされる、いわば2010年代の「アンプラグド」のような名物プログラム。YouTubeにアップされるそのライブ動画は、多くのバンドやミュージシャンにとってブレイクへの足がかりとなってきた。日本人のアーティストでは昨年コーネリアスが出演しているが、CHAIはその場所に海外進出からたった2年足らずで駆け上がったわけだ。

 他にも、ツアー中のミュージシャンの姿をビルボード広告、ビデオ、ソーシャルメディアで広告展開しているアップル社iPhoneのグローバルキャンペーンShot on iPhone “On Tour”におけるトラヴィス・スコットやスクリレックスと並んでの起用、CNNの動画配信サイトGreat Big Storyにおけるドキュメンタリーの公開など、今夏の快進撃には目を見張るばかりだ。さらに、2020年1月に行われるマック・デマルコのオーストラリアツアーのサポートアクトとして出演することも決定している。

 そのCNNによるドキュメンタリー「Redefining Kawaii | The Japanese Punk-Band CHAI」でも紹介されているように、CHAIがその活動で掲げている「NEOかわいい」というキーワードや「コンプレックスはアートなり」という思想は、女性のエンパワーメントやルッキズム(外見至上主義)批判がポップカルチャー全体に広がっているアメリカやヨーロッパでも、これまで大きく取り上げられてきた。きっと、それはCHAIというバンドがまず認知される上でのツカミとなってきたのだろう。しかし、海外でツアーを続け、同じ街にライブをするために「戻ってくる」ことも増えてきた現在のCHAIを取り巻いているのは、日本からやってきた「NEOかわいい」バンドへの好奇心や興味という段階を超えた、バンドそのものと音楽そのものに対する共感とその未来への大きな期待だ。ポップとラップの全盛で、どのジャンルでもソロアーティスト指向が高まっている現在のグローバルな音楽シーンにあって、今やCHAIはごくシンプルに、インディーミュージック、バンドミュージックの世界的な希望の星となっている。

 7月19日の深夜、シカゴのウェストサイドにある名門ライブハウス、Empty Bottle(東京でいうと新宿ロフトのようなハコ)でおこなわれたライブは、キャパを超える300人以上のオーディエンスで酸欠寸前の状態だった。深夜ということもあって年齢層は比較的高かったが、男女比はほぼ半々。いずれも筋金入りのインディーファンといった風情のオーディエンスだ。最新アルバムを『PUNK』と確信犯的に名付けてみせたCHAIだが、彼女たちの楽曲はパンクからポップまで、メンバーのラップがフィーチャーされた曲からビートを同期させた曲まで、1曲ごとに目まぐるしくその表情とリズムを変えていく。そのリズムに合わせて、満面の笑みを浮かべて歓声をあげ、踊りまくるオーディエンス。腕を組んで様子をうかがうような、新人バンドのライブにありがちなノリは皆無。みんな最初っからCHAIのことも、曲ごとの盛り上がりどころもよく知っている。その場の親密な空気感に驚かずにはいられなかった。

 熱狂的な歓迎を受けた前夜のライブの終演から13時間ちょっと、7月20日の午後、今度はピッチフォーク・ミュージック・フェスティバルのステージに登場したCHAI。2006年から毎年7月、シカゴの街中にあるユニオンパーク(東京でいうと代々木公園みたいな感じ)で3日間にわたっておこなわれるこのフェスは、その名の通り音楽ウェブメディアのピッチフォークが主催するフェスだ。ピッチフォークというと「インディーミュージックの総本山」というような00年代までのイメージを持っている人も多いかもしれないが、音楽シーンの趨勢を反映して、近年ではラップやR&Bのアクトも多数出演するようになっている。当日の3つのステージのトリはそれぞれ、60周年記念ツアーと同じセットを持ち込んだアイズレー・ブラザーズ、6年前にもトリを務め今回はセカンドアルバム『If You’re Feeling Sinister』全曲再現ライブをおこなったベル&セバスチャン、チャンス・ザ・ラッパーとのコラボアルバムでもお馴染みの地元シカゴを代表するR&Bシンガーのジェレマイというバリエーションの豊かさ。CHAIの4人が立ったのは、アイズレー・ブラザーズがトリを務めた最も大きなグリーンステージだ。

 前日は金曜日ということもあって客足がちょっと遅かったが(アクセス抜群の会場だから夕方からやってくる客も多かった)、土曜日のCHAIの出演時間には1万人以上が余裕で入るステージの前は既に半分近くが埋まっていた。そして、最初の「CHOOSE GO!」のパフォーマンスが始まると、フィールドから続々と集まってくる人、人、人。オーディエンスに対して常にオープンな姿勢のチャーミングでキュートなステージングはCHAIの大きな武器だが、そこにちゃんと音の説得力がついてくるのが彼女たちのすごいところ。特にユウキとユナが繰り出すシャープでクリアなのにちゃんと太い80年代ニューウィーブ的なリズムは、アトモスフィックなサウンドが主流の現在のアメリカのインディーバンドにはない魅力で、新鮮に響くのではないだろうか。セット前半、カルチャー・クラブ「カーマは気まぐれ」のメロディにのせた自己紹介ソング(ステージ上でカナは「CHAI’S COMMERCIAL SONG」と紹介)を披露し、メンバー4人がステージ前方で一列に並んでポーズをとる頃には、完全に会場全体を虜に。40分強のステージは、そのまま尻上がりにヒートアップしていった。

 アメリカでニューヨーク、ロサンゼルスに次ぐ大都市でありながら、街を歩いていても東西の2大都市とは比較にならないほど観光客が少ないシカゴ。前日のライブハウスもそうだったが、フェスの現場に集っているのは、人種はバラバラではあるものの地元のオーディエンスばかり。「建前のアメリカと本音のアメリカ」「余所行きのアメリカと普段着のアメリカ」があるとしたら、ここに集っているのは間違いなく後者の方のアメリカ。そこで、ここまで多様な人たちにごく自然に受け入れられているCHAIの姿には、これまで自分が海外で見てきた他の日本のバンドやミュージシャンには感じたことがない頼もしさがあった。

 マナ「こういうふうになることをイメージしてバンドをやってきたけど、実際に目の前でいろんな人種の人たちが自分たちの曲に合わせて歌ったり踊ったりいるのを見ると、嬉しくてフワッとしちゃうし、なんか笑っちゃう。でも、冷静にならなきゃとも思っていて。海外の人たちって、いいものに食いつくのは早いけど、飽きて離れていくのも早いから。これからの私たちがどう進化していくかが一番大切だと思ってます」

 ステージを終えたばかりの余韻の中、楽屋でそう語ってくれたマナ。そこには現在のCHAIの海外での状況をとらえる上で二つの重要なポイントがある。一つは、彼女たちはたまたまいろんなことがうまく転がってラッキーでこの場に立っているのではなく、明確にこの場を目指してきたということ。彼女たちにはホームとアウェーのような発想自体がないというか、最初から世界をホームとして考えているのだ。もう一つは、CHAIがまだ日本でも海外でもデビューしたばかりの、成長の初期段階にいるバンドであるということ。思えば、これまで海外に「進出」する日本のバンドやミュージシャンの多くは、国内で一度その表現を「完成」させた上で、そこから意識を世界に向けていた。CHAIはまさに今このタイミングにも変化&進化しているバンドで、海外での貴重な経験をすべてフィードバックさせた上で、レコーディング作品においてもライブでのパフォーマンスにおいても次の表現へと向かっている。

 カナ「タイニー・デスクに出演できたことで、やっと認められてきたんだなって実感できた。日本人がやってる面白そうなバンドとしてじゃなくて、単純にいいバンドとして見てもらえるようになったんだなって。これまでもいろんな国のフェスに出てきたけど、今日(ピッチフォーク・ミュージック・フェステバル)は一番たくさんの人が集まってくれた」

 ユナ「ピッチフォークのフェスのステージに立ったなんて夢みたいだったけど、私たちにはまだまだ、グラミー賞を獲ることとか、たくさん夢があるから。今はすごくワクワクしている。これからどんな景色が待っているのかなって。夢が、だんだん夢じゃなくて現実になってきてる」

 ユウキ「昨夜のライブハウスは人がたくさんすぎて死ぬかと思ったけど(笑)。よくみんなあんな汗だくになって、最後まで誰も帰らずに見てくれたなって。バンドはこれからも変化していくと思う。別にバンドミュージックだけにこだわりがあるわけじゃない。もしかしたら踊りだけになるかもしれないし(笑)」

 「日本人の女の子がやってる面白そうなバンド」から、ただの「最注目の若手バンド」へ、CHAIを取り巻く状況は2019年に入ってから確実に動いている。もしこのワクワク感を共有していない日本の音楽ファンがまだたくさんいるとしたら、せっかく同じ時代に生きていながら、これから起こるに違いないもっと大きな出来事を見過ごすことになるだろう。(宇野維正)

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