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ぴあ

いま、最高の一本に出会える

『教誨師』 (C)「教誨師」members

樋口尚文 銀幕の個性派たち

大杉漣、 色もかたちもなく包みこむ

隔週連載

第9回

18/10/25(木)

 2018年の日本映画界の最大の損失は、大杉漣と樹木希林に尽きるだろう。樹木のほうは長い闘病期間があったので観客側にも覚悟があったし、本人も明らかに「終活」を意識して出演作を選んでいる感じがあった。『日日是好日』などを観ると、もはや女優として見事な幕の引き方という印象であった。しかし、大杉漣はまだ66歳の若さでの急逝だったので、ご本人も無念であったことだろうが、観る側としてもちょっと諦めがつかないところがある。

 そういう意味では、たまさか最後の主演作となった『教誨師』(佐向大監督)のような個性的な作品を、自ら初めてプロデュースまで手がけて作っておいたのは僥倖であった。この作品の大杉は、拘置所で死刑囚たちに向き合うプロテスタントの牧師に扮したが、とにかくひと癖もふた癖もある死刑囚との会話だけで全篇占められているのだが、これがめっぽう面白い。それこそ〈銀幕の個性派たち〉に登場確定の光石研や古館寛治といったキョーレツなバイプレーヤーたちが繰り出す熱演、怪演の球を、固定された大杉漣というキャッチャーがしかと受け止め続ける映画なのだ。

『教誨師』(C)「教誨師」members

 『教誨師』を観ていてひじょうに興味深かったのは、この稀有なる設定ゆえに大杉漣の演技の独特なありように気づけたことだ。個性派のバイプレーヤーには、あらかじめ「自分の色」という確固たるものがあって、ひたすらそれを主張するタイプと、固有の持ち味や雰囲気はあえて強く打ち出さず、ある映画やドラマの内部で共演者と演技する文脈において都度都度の個性を発揮してみせるタイプがいる。

 『教誨師』が端的に示すように、大杉は圧倒的に後者のあり方を以て任じてきた俳優である。職業的に常にニュートラルであり過度な主張を控えなければならない教誨師という役柄がすでに象徴的であったかもしれない。そんな大杉は、文字通り個性的な相手役の演技を(溝口健二的に言えば)反射しながら、さまざまな顔を見せる。大杉がしばしば「カメレオン俳優」などと呼ばれたのもこの資質ゆえのことだろう。実際、大杉漣ファンにその俳優としての際立ったカラーはどういうものだったかと尋ねても、まとまった答えは返って来なさそうである。

 そういえば、私にとっての大杉漣は(転形劇場の舞台は観ていなかったから)滝田洋二郎、中村幻児、高橋伴明といった気鋭のピンク映画の監督作品でちょくちょく顔を見る不審な人という印象で、1983年の『連続暴姦』や1984年の『変態家族 兄貴の嫁さん』(あの笠智衆オマージュの老人役をまさか33歳で演じていたとは!)などは特に印象深かったが、よもやこんなにメジャーな人気俳優になろうとは予想だにしなかった。

『アウトレイジ 最終章』(C)2017『アウトレイジ 最終章』製作委員会

 そんな大杉は北野武監督に気に入られて『ソナチネ』以降の諸作でさまざまに監督の愛着を感ずるかたちで起用され、90年代後半にはかなり一般に知られる存在となっていた。しかし、ピンク映画の頃から知っている私には、大杉漣にはどこか殺気じみたものをたたえた怪優のような匂いをまだ感じていた。それゆえに、これは秘話になるのだろうが、今から20年前の1998年、大島渚監督『御法度』の新選組参謀・伊藤甲子太郎の候補者に大杉の名前が挙がっていたので、私は凄くいい着眼だと思った。ところが、大島瑛子プロデューサーは「ちょっと大杉さんは面立ちも雰囲気もきれいすぎるかもしれません」とあまり乗り気でないムードだったので、私は大いに意外に感じた(結果、起用されたのは伊武雅刀で、もちろん格も実力も文句ない配役だったが、新進のヤバい人材を好んで使ってきた大島組の匂いに合致していたのは大杉だったのでは、と今も思う)。

 ただ、私が「ヤバい人」と思っていたこの頃、一方ではまさかの「きれいすぎる」という感想が出てしまうところが、やはり大杉漣の大杉漣たるゆえんかもしれない。晩年の2016年の大杉のカメレオンぶりは痛快な域に達し、『シン・ゴジラ』で一国の宰相に、一方では『仮面ライダー1号』で悪の権化のじごく大使に嬉々と扮したかと思えば、『蜜のあわれ』では美少女に思慕を寄せる世捨て人的な老作家を演じ、それぞれがまた奇跡のようにハマッていた。だが、幾度も言うようにそれはアクの強い大杉漣という鋳型に役をあてはめたのではなく、役の鋳型に流れ込んだ大杉漣がさまざまな焼き上がりを見せてくれるのだった。

 さて、膨大な役に挑戦してきた大杉漣だが、1996年の中田秀夫監督『女優霊』で新人監督をさりげなく現場で盛り立てるベテランの映画キャメラマンの役がとても好きだった。決して目立つ役ではないのだが、大杉漣の人としての優しさがほんのり出ていて妙に心に残るのだった。

『恋のしずく』(C)2018「恋のしずく」製作委員会

作品紹介

『ゾウを撫でる』

2017年1月14日公開 配給:シネムーブ
監督:佐々部清 脚本:青島武
出演:小市慢太郎/高橋一生/羽田美智子/中尾明慶/大杉漣

『グッバイエレジー』

2017年3月25日公開 配給:マジックアワー
監督・脚本:三村順一
出演:大杉漣/石野真子/藤吉久美子/吉田栄作/中村有志

『米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー』

2017年8月26日公開 配給:彩プロ
監督:佐古忠彦
ナレーション:大杉漣

『アウトレイジ 最終章』

2017年10月7日公開 配給:ワーナー・ブラザース映画=オフィス北野
監督・脚本:北野武
出演:ビートたけし/西田敏行/大森南朋/ピエール瀧/松重豊/大杉漣

『予兆 散歩する侵略者 劇場版』

2017年11月11日公開 配給:ポニーキャニオン
監督:黒沢清 脚本:高橋洋
出演:夏帆/染谷将太/東出昌大/中村映里子/岸井ゆきの/大杉漣

『神楽鈴の鳴るとき』

2018年6月23日公開 配給:株式会社インスパイアード
監督:小沼 雄一 脚本:増山 修
出演:濱田ここね/加藤明子/白石朋也/大杉漣

『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』

2018年6月30日公開 配給:太秦
監督:柳川強 脚本:西岡琢也
出演:井浦新/戸田菜穂/尾美としのり/佐野史郎/大杉漣

『雨の首ふり坂』

2018年7月21日公開 配給:時代劇専門チャンネル
監督:河毛俊作 脚本:大森寿美男
出演:中村梅雀/三浦貴大/中尾明慶/泉谷しげる/大杉漣

『教誨師』

2018年10月6日公開 配給:マーメイドフィルム=コピアポア・フィルム
監督:脚本:佐向大
出演:大杉漣/烏丸せつこ/古舘寛治/光石研/玉置玲央

『恋のしずく』

2018年10月20日公開 配給:ブロードメディア・スタジオ
監督:瀬木直貴
出演:川栄李奈/小野塚勇人/宮地真緒/津田寛治/大杉漣

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ) 

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が2019年に公開。

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