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藤原季節が立ち上げる主人公像 “いい俳優”としての素質が活かされた『佐々木、イン、マイマイン』

リアルサウンド

20/12/6(日) 10:00

 佐々木! 佐々木! 佐々木! 佐々木! 佐々木! ーーいまだに脳内で“佐々木コール”が鳴り響いている。ぼんやりと浮かび上がるその光景の中心にいる佐々木(細川岳)と、周囲の者たちと一緒になって、彼をあおっている悠二(藤原季節)。内山拓也監督作『佐々木、イン、マイマイン』の主人公は、タイトルロールである佐々木ではなく、悠二の方だ。つまり主役は、藤原なのである。本作はこの“悠二=藤原季節”の視点をとおして、自分の人生の主人公は私たち一人ひとりなのだと改めて気づかせてくれる。

 藤原はいい。どの作品を観ても、いつもいい。物語を展開させる主要な役どころだけでなく、画面に一瞬映るだけのような役どころでもいい。それも、奇をてらったキャラクターや演技でなくとも自然と印象に残るから不思議である。しかしこれこそが、いい俳優の素質として重要だとされるものではないだろうか。本作の『佐々木、イン、マイマイン』では、そんな藤原の持つ素質が全面に活かされているように思う。素朴な表情の中にもときに激情をのぞかせ、目の前の現実に対して発する声の震えは観客の共感を誘うはずである。

 だがこれまでの藤原といえば、やはりトリッキーな役を演じていたときの印象が強く残っているのは否定できない。かといって、その手の役ばかりを演じてきたわけではもちろんないのだが、ひとたび強烈なキャラクターを演じれば、その印象はどうしてもついてまわるものだ。例えば、2017年に公開された『全員死刑』でのYouTuber役などがその最たるものだろう。しかし、『沈黙-サイレンス-』(2017年)や『関ヶ原』(2017年)といった時代劇、『止められるか、俺たちを』(2018年)では過ぎ去りし“日本映画界の青春時代”にも順応している。藤原はどの状態へもギアを切り替えられる、ひじょうにニュートラルな俳優なのだろう。

 先に少し触れたように、本作における藤原は素朴である。彼が演じる悠二は、ありていに言えば“どこにでもいそうな青年”であり、おそらく多くの者が味わうであろう人生の停滞期の真っただ中にいる存在だ。そんな彼の心の中にいるのが高校時代のかつてのヒーロー・佐々木で、悠二は彼を囲む仲間のうちのひとりに過ぎない。物語は悠二の視点を介するつくりとなってはいるものの、佐々木のインパクトは凄まじく、気圧されかねない。この佐々木を演じる細川は、本作の企画の立ち上げから携わっている人間とあって、このうえないハマり役である。彼以外にこの役を演じられる者はいないのではないかと思うほどだ。

 だがそれは、藤原に関しても同じこと。悠二役は彼以外には考えられない。怒り、焦り、悲しみ、妬みーーといったものがたしかに悠二からは感じられるが、藤原はこれらの感情を抑制し、等身大で表現。それでいて、痛いほどにこちらには伝わってくる。観る者が持つ似たような感情を共鳴させているのだろう。悠二は“仲間のうちのひとり”に過ぎないが、“自分の物語の中心”に彼は立っている。

 もちろん本作での悠二というキャラクターは、藤原ひとりで立ち上げることができたわけではないのだろう。細川をはじめとする共演者の誰も彼もが粒ぞろいだ。萩原みのりは、悠二の元恋人であり、彼を停滞させている一因でもあるユキを演じ、悠二の高校時代からの仲間の多田と木村に、遊屋慎太郎と森優作が扮している。そして、俳優として鳴かず飛ばずの日々を送る悠二にとって、“成功”しているように見える須藤という重要な役どころに村上虹郎。彼ら一人ひとりが血の通った人物像をそれぞれに立ち上げていることで、“悠二=藤原季節”もまた立っていることができたのではないかと思う。このことはひるがえって、共演者たちが立ち上げた、多田や木村、ユキ、須藤といった人物たちにも生活があり、人生があるのだという当然の事実へと思い当たらせる。彼らもまた、それぞれの“自分の物語の中心”に立っているのだ。それを端的に示しているのが、“悠二=藤原季節”という存在なのである。主人公は誰か? その答えは、“佐々木コール”を耳にした(あるいはいま、口にしている)、私たち一人ひとりなのだ。

■折田侑駿
1990年生まれ。文筆家。主な守備範囲は、映画、演劇、俳優、服飾、酒場など。最も好きな監督は増村保造。Twitter

■公開情報
『佐々木、イン、マイマイン』
新宿武蔵野館ほか全国順次公開中
監督・脚本:内山拓也
出演:藤原季節、細川岳、萩原みのり、遊屋慎太郎、森優作、小西桜子、河合優実、井口理(King Gnu)、鈴木卓爾、村上虹郎
制作:槇原啓右
プロデューサー:汐田海平
配給:パルコ
(c)「佐々木、イン、マイマイン」

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