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山本益博の ずばり、この落語!

第九回「橘家圓蔵」 平成の落語家ライブ、昭和の落語家アーカイブ

毎月連載

第9回

19/2/28(木)

第一回『月の家円鏡独演会』プログラム(1979年1月29日(月) 渋谷・東邦生命ホール/主催:円鏡の会) (写真:横井洋司)

 橘家圓蔵というより、やはり月の家円鏡の名前の方が彼には似合っていた。

 昭和53年(1978年)秋、立川談志師匠から、師匠の銀座の行きつけのバー「美弥」に呼び出された。「月の家円鏡の独演会のお手伝い、つまり面倒を見てくれないか?」という師匠からの頼み事だった。テレビ、ラジオで売れっ子だった円鏡師匠を、本業の落語で本気にさせようという企みだった。

 そのことを、後日、談志師匠は『談志百選』(講談社刊)に次のように書いている。月の家円鏡の本名は、大山武雄。

「タケちゃんは『兄さんには随分世話ンなった』というが、この際いっておく。家元タケちゃんには随分迷惑はかけたが、世話をした覚えはない。タケちゃんの実力で売れたのだ。
一度だけ、
『オイ、タケちゃん独演会をやんなよ』
『でも、、、、、』
『きめてきたよ会場を、プロデューサーに山本益博というのを連れてきたから奴にまかせな、大丈夫だから、、、、』
で独演会を益博プロデューサーで続けたことがあった。
いつだったか、『兄さん、俺ネ、若い頃ネ、売れてる芸人より売れない芸人を観察(みて)たんだ。“何でこの人は売れないのか”ってネ、これでどうすればいいのか判ったんだ』
彼とやったニッポン放送の『談志・円鏡歌謡合戦』はDJの大傑作である。私の落語観、人間論の根底はアレである」

第一回『月の家円鏡独演会』プログラム 見開き

 『月の家円鏡独演会』の第1回は、1979年1月29日、渋谷の東邦生命ホールで開かれた。第2回は4月23日と年4回ペースで、その後、橘家圓蔵を襲名後も続き、1983年11月1日の第5回『橘家圓蔵独演会』で完結した。満5年、円鏡から圓蔵と名を変えて、通算20回を数える独演会だった。

 円鏡師匠は、この『独演会』で、数多くのネタを仕込んだ。『火焔太鼓』『寝床』『船徳』などはその代表と言ってよい。

 それまでの円鏡と言えば『道具屋』『猫と金魚』『反対車』『浮世床』など軽い噺を十八番とした落語家だった。

 円鏡の持ち味は、スピードとナンセンスギャグ。言葉が速射砲のように飛び出す。そのなかに、突然、即興のギャグが入る。

 『猫と金魚』で、大事な金魚が金魚鉢からいなくなったのを見て、旦那が番頭に言う。「オイ、金魚がいなくなったよ」すると番頭が答える。「いえ、私食べません」

 『反対車』では、韋駄天の車夫が唾を飛ばしながらしゃべりまくると、乗っていた客が「オイ、口にワイパーつけたらどうだい」

 『寝床』で、旦那の素人義太夫を聴く会を町内の店子が断る理由に、昨日は腹を壊し、何べんもはばかりにいかなくてはならず、「つくづく、回数券が欲しくなった」と。

 すぐに思い出すだけでもいくつも浮かび、もったいないくらいに1回限りのギャグ(くすぐり)が山ほどあった。

 その天才ぶりに陰りが見え始めたのが、「橘家圓蔵」襲名後である。円鏡はどうしても自分の師匠の「橘家圓蔵」を継ぎたかった。大名跡であるがゆえに、その名前の大きさに異能の天才がつぶされてしまったのではなかろうか。

 どっしりとおさまった「橘家圓蔵」より、いつまでも軽口をたたいて周りを笑わせた「月の家円鏡」の方が断然似合っていた。一代で大きくした「月の家円鏡」の名前ならば、その異端の芸は忘れ去られることはなかったと思う。

 円鏡師匠はことあるごとに言っていた。「志ん朝さんは巧い芸、談志兄さんは達者な芸、だから、私は面白い芸でいく」と。

八代目橘家圓蔵 襲名(イラストレーション:山藤章二)

 八代目橘家圓蔵は、1934年(昭和9年)東京都江戸川区平井の生まれ、1952年、四代目月の家円鏡(のちの七代目橘家圓蔵)に入門、前座名は竹蔵。兄弟子は初代林家三平である。1965年(昭和40年)真打昇進、五代目月の家円鏡を襲名した。

 晩年、高座で呂律が回らなくなり、休養するまま、2015年10月7日、81歳で亡くなった。かけがえのない、誰も真似をすることのできない落語と言えば『道具屋』『猫と金魚』『たいこ腹』だろうか。その三席のまえに「月の家円鏡の」がつくのだが。

 NHKCD『八代目橘家圓蔵』に、かなり上質の高座の録音が残されている。

NHKCD『八代目 橘家圓蔵』CD-BOX全5枚セット
発売日:2016年4月28日
価格:9720円(税込)
NHKサービスセンター

豆知識 「色物」

(イラストレーション:高松啓二)

 寄席の定席は落語を中心としたプログラムで構成されていますが、落語の高座ばかり続くと単調になってしまうので、その間に、漫才、漫談、紙切り、奇術、曲芸、音曲などが組み込まれています。番組に彩を添えるところから「色物」と総称されています。

 今でも忘れられないのは、内海桂子・好江の漫才、林家正楽の紙切り、アダチ龍光の奇術、海老一染之助・染太郎の太神楽。大看板の落語家ではなく、「色物」を見たさに寄席に足を運んだのは、アダチ龍光だけでした。燕尾服でちょび髭、飄々としゃべりながら、見事な手品を披露してみせました。

 いつだったか、新宿末広亭の定席に久しぶりに名人桂文楽が出ました。中入り後の並びが、落語林家三平、奇術アダチ龍光、落語桂文楽。トリ(最後に出演する真打)が文楽。その前の出番を「膝代り」と呼びます。

 客席を笑いでかき回した三平のあと出てきて、しばらく終始無言。その鮮やかな手さばきで客席の空気を一気に変えてみせました。トリの名人芸を邪魔することなく、それでいてさりげなくいぶし銀のような芸を披露したアダチ龍光の姿が今でも忘れられません。

プロフィール

山本益博(やまもと・ますひろ)

1948年、東京都生まれ。落語評論家、料理評論家。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論『桂文楽の世界』がそのまま出版され、評論家としての仕事がスタート。近著に『立川談志を聴け』(小学館刊)、『東京とんかつ会議』(ぴあ刊)など。

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