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SUPER JUNIORが築いた“我道”のスタイル 15年もの間存在感を放ち続ける理由を考察

リアルサウンド

20/2/2(日) 8:00

 SMエンターテインメント所属のグループ・SUPER JUNIORが、『Hero』から6年半ぶりの日本オリジナルミニアルバム『I THINK U』を1月29日に発売し、そしてそのすぐ後に韓国でも9枚目のアルバム『Time_Slip』のリパッケージ盤である『TIMELESS』をリリースする。韓国の男性アイドルグループでもメンバーの兵役を乗り越えて活動を続けるグループは段々と珍しくなくなってはきたが、現役で定期的に活動し、ワールドツアーを引き続き活発に行うようなグループはまだ多くはない。今回は今年15周年を迎えるSUPER JUNIORの過去の軌跡から、現在のアイドル業界に及ぼした影響について振り返ってみたい。

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 2005年に中国人メンバーであるハンギョンを含む12人でデビューした当時、日本のモーニング娘。からインスパイアを受けて結成されたと言われるSUPER JUNIORは、本家同様に「毎年メンバーが追加・あるいは入れ替わる流動性のあるグループ」だった。しかしファンからの猛反対で2006年に末っ子メンバーのキュヒョンが追加された後は13人の固定制となった経緯がある。当時これほど大人数のアイドルが売れた前例はなかったが、キュヒョン加入後にリリースした2枚目のシングル『U』では初動8万枚を売上げ初の音楽番組1位を獲得した。これ以降現在まで続く「多人数アイドル」のイメージを構築した存在と言えるだろう。

 2007年に発表した2枚目のアルバム『Don‘t Don』は拝金主義の世の中を憂う歌詞とやや過激なコンセプトが賛否両論を起こしたが、それでも2007年の年間アルバム売上2位を記録した。そして世界的に名前が知られるきっかけとなったのが、2009年にリリースされた3枚目のアルバムタイトル曲「SORRY, SORRY」だろう。当時流行し始めていた中毒性のあるフレーズを反復するサビが印象に残る「反復ソング」のはしりのひとつであり、手を擦り合わせるような独特のダンスは動画サイトYouTubeの広がりとともに世界中でダンスカバーされるバイラルソングのひとつとして知られるようになった。「SORRY, SORRY」は韓国以外の台湾・中国・タイ・フィリピンでも1位を獲得したが、今でも一般的にSUPER JUNIORといえば思い浮かぶのはこの曲だろうという、代名詞的な1曲になった。

 先輩グループの東方神起が日本進出を目指して作られたグループだったように、元々SUPER JUNIORは中国を含むアジア全般に進出するべくデビューしてすぐにタイなどアジア圏でも活動を始めていた。現在も続くコンサートツアー『SUPER SHOW』シリーズは当初から韓国外での活動を見据えた活動形態であり、この「コンサートツアーをブランド化する」というのも単発のコンサートが多かった韓国ではSUPER JUNIORが始めて行ったスタイルだ。日本でも3月に『SUPER SHOW 8』のアンコール公演が予定されているが、アジアツアーを掲げて始まったこのシリーズは5からは南米・メキシコ・イギリスまで範囲を拡大するワールドツアーとなっていった。アジア圏で活動キャリアが長い故に、現在でもある程度の規模のファンドムが形成されていることは、ベテラングループとしての大きな強みにもなっていると言えるだろう。

 2006年にはグループのメインボーカルであるキュヒョン、リョウク、イェソンによるユニット・SUPER JUNIOR-K.R.Yを結成。その後も13人という多人数を生かしてトロット(韓国の演歌)をテーマにしたSUPER JUNIOR-Tや幸せがテーマのSUPER JUNIOR-HAPPY、中国をメインに活動するSUPER JUNIOR-M、ファンからは日本で言うところの「シンメ」のようにみなされているメンバー・ドンへとウニョクによるSUPER JUNIOR-D&Eなど、様々なユニット活動が生まれた。特に中国人メンバーのハンギョン(現在は脱退)を中心に新たに中華系メンバー・チョウミとヘンリーの2人を加えたSUPER JUNIOR-Mは外国語である中国語の楽曲での活動がメインであり、初めて中華圏=海外活動をメインの目的に結成されたグループという点が、現在までのSMエンタの海外進出活動形式における原点とも言えるだろう。

 さらに特徴的なのが、多岐にわたるメンバーたちの個人活動だ。SUPER JUNIORのメンバーはデビュー当初から現在までソロ歌手・俳優・バラエティ・MC・ミュージカルなどそれぞれの得意分野で活躍してきているが、2000年代当初はアイドルグループのメンバーがグループ活動と並行して個人で歌手以外の活動を活発にすることは珍しかった。SUPER JUNIORのメンバーがそれぞれの分野での成功例となることで、後輩達に選択肢を広げてきた部分もあるだろう。シウォンやキュヒョンのように特定の海外で人気のあるメンバーが海外でソロ活動をしてきた経験もあり、タイで単独広告を持つほど人気があるキュヒョンはソロ曲「Blah Blah」のタイ語バージョンもリリースしている。

 また、いわゆる「自主制作アイドル」と積極的に名乗ってはいないが、実際の制作部分にメンバー関わっている部分も多い。前述の大ヒット曲「SORRY, SORRY」にしても、振り付けはジャスティン・ティンバーレイクやビヨンセなどの振付を手がけていたニック・バスによるものだが、YouTubeの彼のダンス動画を見たドンへとウニョクが直接振付師として指名したという。メンバーのドンへはデビュー以降に作曲活動を始めたが、現在ではアルバムのメイン曲に携わるまでになっている。当初ファンへのプレゼント的な動画を撮影していたシンドンは、現在ではコンサートVTRの撮影編集を行うまでになっており、『SUPER SHOW 8』の映像や演出を一部手掛けたウニョクは昨年中国の大人気アイドルグループ・TF BOYSのコンサート演出を手掛けるなど、2015年以降は<Label SJ>という独自レーベルで活動するようになったことも関係しているだろうが、「自作」のイメージがあまりないと思われがちなSMエンタの中ではDIY精神が際立っている。

 このように、今では当たり前になっているアイドルの活動スタイルでも、SUPER JUNIORをきっかけに定着していったものは少なくはない。新しいことを始める時は批判もつきものではあるが、批判されたり懐疑の目で見られてもなお、道なき道を歩んできたのがSUPER JUNIORと言えるだろう。楽曲のスタイル的にも「SORRY, SORRY」から「BONAMANA」、「Mr.Simple」など中毒性の高い反復フレーズのある流行を取り入れつつもベースにはファンクやコンテンポラリーR&Bがあったが、2015年の「Devil」以降は“SUPER JUNIOR Funk”とも呼ばれるK-POPでは独自の路線を歩み、さらに2018年には「Lo Siento」でレスリー・グレースやPlay-N-Skillzと組んで本格的なラテンポップスに挑戦している。BTSのブレイクによりK-POP界全体がアメリカを見ていた中で、ラテン語圏に目を向けた活動は独自路線だったが、遊び心や自由闊達なマインドが不可欠なラテンミュージック自体、何より「遊ぶ」ことが得意であろうSUPER JUNIORの本質にも合っていた。そして2020年にリリースした「2YA2YAO!」は今をときめくZICO(Block B)に楽曲を依頼し、今までのSUPER JUNIORにはなかったヒップホップテイストを取り入れながらも、SUPER JUNIORらしいファンクテイストや重厚なEDM使いも感じられる一曲に仕上がった。現在進行形で新しいことに挑戦し続けているバリバリ現役のアイドルグループなのだ。

 一口に15年と言っても、その間SUPER JUNIORほどさまざまなアクシデントがあったグループも珍しいだろう。メンバーの事件事故、熱愛、キボムとカンインの脱退や中国人メンバー・ハンギョンの訴訟はもちろん、キュヒョンのように生死の境をさまようような事故から生還したメンバーも、ヒチョルのように現在も事故の後遺症が残りパフォーマンス活動が年々難しくなってきているメンバーもいる。SUPER JUNIORが固定メンバーになるようにSMの株を買ってまで運動をしたファンドム・E.L.Fとの絆は深いが、逆に追加メンバーだったヘンリーとチョウミへのファンドムによるボイコット活動や、結婚を機にやはりファンからのボイコット活動によりSUPER JUNIORのメンバーとしての活動はできなくなっているソンミンの存在など、韓国の男子アイドルグループが遭遇しうるほとんどのトラブルや闇の部分は経験済みと言ってもいいだろう。13人いたメンバーのうち、現在もグループ活動をしているのは9人(パフォーマンス活動やコンサート時はヒチョル除く8人)になったが、それでもグループとして続いているのは、彼らが対面したトラブルに対し、おおむね率直に対峙してきたからではないだろうか。

 SUPER JUNIORはデビュー当時から韓国アイドルで一般的に重視される「神秘性」や「クリーンさ」よりも、親しみやすさや率直さをそのまま出してきたグループだ。他グループではなかなか難しい辞めたメンバーの名前を公で出したり、今でも交流があることを明らかにしたりもする。困った行動をするファンをSNSで諭したり、メンバーへのボイコットに対してコンサートで直接話をしたりもしてきた。これらの行動は一時的に反発やバッシングの種にはなるが、長い目で見れば率直なやり取りの向こうにはアイドルとファンダムの間に過剰なイメージ化や依存的な関係性が芽生えにくく、結果的に成熟した古参ファンドムが残りやすいため、新規のファンも入りやすいのではないだろうか。SUPER JUNIORが色々ありながらも長く支持されて活動を続けられてきた背景には、兵役中もメンバーソロやユニットで活動出来たたスキルやシステム面での長所もあったが、結局は常にこのようなファンとの関係性が中心にあったからだろう。

 SUPER JUNIORの歩みはK-POP界の「王道」ではなかったかもしれないが、「我道」と呼ぶべきもので、それが唯一無二のグループとして15年目の今でも現役アイドルたちの中で存在感を失わなずにいられる理由なのかもしれない。(DJ泡沫)

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