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でんぱ組.incはいかにして自宅にいながら8日間で楽曲を完パケたのか?

ナタリー

20/4/24(金) 21:00

でんぱ組.inc「なんと!世界公認 引きこもり!」MVより。

コロナ禍によって、エンタテインメント業界も大きなダメージを受けている。リスナーとダイレクトなコミュニケーションを取れる場としてはもちろん、アーティストにとって大きな収益源となるライブを行うことができないという危機的な状況だ。そうした中でも、SNSやYouTubeなどのネットメディアを通じて人々に音楽を届けるアーティストも少なくない。ここ最近大きな話題となったのは、星野源がInstagramで公開した「うちで踊ろう」の弾き語り動画だ。動画が公開されるやいなや多くの人がコラボ動画を作り社会現象化するほどの大反響となった。佐野元春も、バンドメンバーとインターネットを介したマルチレコーディングを行い新曲「この道」を2週間で制作しYouTubeで公開。ベテランながらも、このフットワークの軽さはさすがである。

そしてアイドルたちも、各種SNSを通じて自宅からアカペラや弾き語りによる歌唱などを発信し、前向きに音楽を届け続けている。そんな中大きな話題を呼んだのが、でんぱ組.incの完全リモートワーク制作による新曲「なんと!世界公認 引きこもり!」。発案からわずか8日間で曲作りやレコーディングなどを行い、ミュージックビデオまで完成させてしまったのだ。制作過程をTwitterで随時報告するリアルタイムのドキュメント感は、実にスリリングなものがあった。リモートワークによる画期的な楽曲制作やこれからのエンタメの在り方について話を聞くべく、でんぱ組.incプロデューサーのもふくちゃんこと福嶋麻衣子、ディレクターのYGQにオンライン取材を行った。

「うちで踊ろう」を観て「先を越された!」と思った

──リモートワークで作り上げた、でんぱ組.incの新曲「なんと!世界公認 引きこもり!」が大きな話題を呼んでいます。そもそも今回のプロジェクトはどのような形でスタートしたんですか?

もふくちゃん 星野源さんの「うちで踊ろう」がネットにアップされたのを観て、「先を越された!」と思ったんですよ。それで、急いでYGQさんに電話して、ああいうことは今後SNS上でみんながやっていくだろうから、それをでんぱ組.incでも、すごいスピード感で先陣切ってやらなきゃダメだって話したところから制作がスタートしたんです。

YGQ 「うちで踊ろう」は、星野源さんの動画を元にみんなが2次創作をするというコンテンツだったので、でんぱ組は、みんなで一緒に何かを作り上げるものがいいんじゃないかと思って。そこから、オンラインで曲を作って、メンバーもミュージシャンも自宅でレコーディングして、さらにお客さんのコーラスも取り入れるなどして、みんなで1つの作品を作り上げたら面白いんじゃないかという構想が思い浮かんだんです。

もふくちゃん あと普段は表に出さない工程、例えばエンジニアさんや振付師さんといった方々が、どのように楽曲に携わっているのかを見せたいという思いもありました。

──それはどうしてですか?

もふくちゃん 普段から振り付けのYumiko先生と、アイドルが表で表現してるものって氷山の一角だし、彼女たちを支えているクリエイターたちを“裏方”と呼ぶような考え方はもう古いよねっていう話していて。コロナ禍の前からそういう話はみんなでしていたんですよ。チームで1つのものを作っているということを、この機にうまく見せたいなという思いもありました。

YGQ 1つの楽曲が完成するまでには、いろんなクリエイターが関わって、それぞれが細かいことにこだわりながら、すごいエネルギーを注ぎ込んでいるわけで。そういうことをリスナーの皆さんに知ってもらえるきっかけみたいなものを作りたかったんです。

──プロジェクト全体の動きがわかることで、リスナーの作品に対する捉え方も変わりますしね。では、今回のリモートワーク制作でこだわったところは?

YGQ ほかのミュージシャンの方たちもいろいろやられていますが、自宅からアカペラや弾き語りを発信するっていうラフなものが多いと思うんです。でも、僕らはこの状況だけどいつものでんぱ組クオリティをキープできるように注力したんです。逆に言えば、でんぱ組が家で「ラララー」とかアカペラで歌ったりするのって、あまりイメージが湧かないじゃないですか(笑)。

──確かにそうですね(笑)。

もふくちゃん そもそも音源に入っているでんぱ組のボーカルって、普段はエンジニアさんがめちゃくちゃ加工しているんですよ。だから星野源さんみたいにはいかないんです(笑)。それなら「エンジニアさんも演奏者もマジ神!」っていう部分もあえて見せちゃったほうが面白いのかなって。

すべての作業がリアルタイムで同時進行

──今回の楽曲は、前山田健一さんが作詞、浅野尚志さんが作曲、釣俊輔さんが編曲をそれぞれ手がけられています。楽曲の方向性や作家陣のオファーはどのように進めたんですか。

もふくちゃん 浅野くんとYGQさんと私の3人で話してスタートしたプロジェクトだったので、浅野くんが作曲っていうのは最初に決まっていたんです。それで、「こういう企画、ヒャダインさんだったら面白がってくれそうだよね」って、すぐにマネージャーさんに相談したらオッケーをいただけて。その瞬間に「ヒャダインさんに作詞お願いしたいです」ってツイートをしたら、ヒャダインさんも「ぜひぜひ」って反応してくれたんです。釣さんも、同じくらいのタイミングでお願いしたら、すぐにオッケーしてくれました。なので作家陣は数時間で決まりました。

もふくちゃん で、その数日後に、ミュージックビデオを監督してくださった森本敬大さんに私がTwitter上で急に絡んでMVの制作がスタートしたんです(笑)。

YGQ メンバーの家にグリーンバックがあればとりあえずMVの素材は撮れるぞと思って、先にAmazonでグリーンバックを購入しておいたんです。ポチった次くらいの日に、森本さんが「#でんぱ新曲作るんさ」のツイートに「いいね」を押してるのに気付いて、「もしかして興味持ってる?」と思って、もふくちゃんがTwitterで絡んだっていう(笑)。

──リモートワーク作品にもかかわらず、ちゃんと振りまで付いているのも新鮮でした。

もふくちゃん 振り付けはいつものYumiko先生なんですけど、前述したように前々からこういう過程を見せていきたいって話をしていたので、もう仮歌の時点で作ってくれたんです。

YGQ Zoomでメンバーに振り付け指導してたよね。

もふくちゃん そうそう。「そこ違うよ、手は右、これは魚に見えるようにちゃんとやって!」って画面越しに教えてました。

──ドキュメント感満載の制作でしたね。

YGQ はい。楽曲も、お客さんに「BPMはどれくらいがいいですか?」とか、意見を聞きながらゼロの状態から作っていって。作業をしながら変えていったところもあります。

もふくちゃん ほんとに、すべての作業がリアルタイムで同時進行していました。

ボーカルレコーディングはiPhoneで

──普段とはまったく違う作業環境ではあるので、難しい場面もあったと思うのですが。

YGQ 実際に会わない弊害はありました。それが如実に出たのがボーカルディレクションですね。いつもはスタジオで細かいディレクションをしながら歌を録っていくんですけど、今回は各自が自宅で歌を録ったので、送られてきた音声ファイルを開いたら、「この人めちゃ音悪いな」とか「歌のニュアンスが全然違う」みたいなことが、やっぱりあったんですよ。なので、やり直しの作業には、いつもより時間がかかりました。

──ボーカル録りの機材は?

YGQ iPhoneです。

もふくちゃん みんな家で布団かぶったりして録ったんですよ。

YGQ いつもの歌録りは、ヘッドフォンにクリックとか仮歌を流して歌ってもらうんですけど、今回はそれができない。なので、仮歌デカめ、ガイドデカめ、クリックデカめとか、歌録り用の音を何パターンか作ったんです。メンバーには「自分の歌いやすいものをパソコンから流してイヤフォンで聞いてください」「iPhoneをレコーダーとして使って録ってください」「レコーダーはこのアプリで、この設定で録ってください」って指定してレコーディングしてもらったんです。

──条件の違うボーカル素材を合わせていく作業は大変ですよね。

YGQ はい。録り直しても「これ以上無理です」って子もいたので、あとはこっちで補正して。歌に関して言えば、リアルとバーチャルでは同じようにはいかないところがありましたね。ただ、iPhoneでどうやっていいボーカルを録るかというスキルに関しては、今回の作業でかなり精度が上がったと思います(笑)。

お客さんの意見を参考に歌割りを調整

──生楽器もフィーチャーされていますがレコーディングはどのように行ったんですか。

YGQ 全部家で演奏してもらいました。今回は自宅にスタジオ環境がある人だけにお願いしたんです。演奏はわりとお任せという形にはなったけど、その代わりテイクを何パターンか送ってもらって。それを細かく切り貼りして作っていきました。オケに関して言えば、録り音がよかったのでそこまで難しいことはなかったです。

もふくちゃん やっぱり各ミュージシャン、さすがプロって感じでしたよ。

YGQ スタジオを使用したレコーディングでは、2時間で録り終えるというスタジオミュージシャン界の暗黙のルールがあるんです(笑)。でも、家だから時間制限もないし自分で納得行くまで作業できるから、むしろ演奏のクオリティはめちゃくちゃ高かったです。

──思わぬプラスの面もあったと。メンバーの歌割りはどうやって決めたんですか。

もふくちゃん お客さんに、歌割りを作ってくださいって募集したんです。いい歌割りを考えてくれる人がいっぱいいて、それを参考にしてYGQさんが作りました。

YGQ メンバーには1曲通して歌ってもらって、お客さんの意見を参考にしながら僕が歌割りを調整していきました。普段はゼロから考えるから、すごく助かりました(笑)。

──今回はお客さんのコーラスもTwitterで募集していましたね。

もふくちゃん そこにかなりの時間とこだわりをかけました(笑)。

YGQ 300くらいコーラスが集まったんですけど、あまりに数が多すぎたので、コーラスを拾うだけのエンジニアさんも手配しました(笑)。ひたすら「#でんぱ新曲作るんさ」のハッシュタグの動画をダウンロードして音声を抜き出す作業をやってもらって。ミックスを進めるエンジニアさん、コーラスを加工するエンジニアさんとか、みんなで分業してリアルタイムで進めていきました。

──あらゆるヒューマンパワーによってできた曲という感じがします。歌詞では、図らずも“引きこもり”が正義となった現状において、在宅でいかに前向きな気持ちを持つか、ということが描かれてます。制作側としてはどんなものにしたいという思いがあったんですか。

YGQ ヒャダインさんには、ざっくりと「家にいてなかなか会えないみんなが元気になるような歌詞をお願いします」とオファーしました。あとは、「愛が地球救うんさ!だってでんぱ組.incはファミリーでしょ」というニューアルバムを作ったばかりなので、その続編的なものになってくれたらいいなと。「みんな家にいてもファミリーだよ」っていう。歌詞には、ヒャダインさんの心の叫びもかなり入っていると思います。

もふくちゃん でんぱ組の歌詞には、メンバーのリアルが描かれてるような印象があると思うんですけど、実はヒャダインさんのリアルでもあると思うんですよ。ヒャダインさんとでんぱ組ってマインドが一緒だと思っていて(笑)、かなりハモるんです。

YGQ 自分の思い半分、でんぱ組の思い半分が重なってるから言葉に説得力が増すし、特に今回は、その思いがすごく強いものになっているんじゃないかと思います。

もふくちゃん 歌詞もできあがるまで早かったですよ。オファーして2時間くらいで送ってくれましたから。

この状況が長引いたとしても、できることはある

──それにしても、曲の完成までトータル8日間というのはかなりの速度です。

YGQ 1カ月とか寝かすんじゃなく、なるべく熱量が高いうちに届けたいという気持ちはありましたね。

もふくちゃん そういう気持ちもあって、結果的に8日間で完成しました。

──いざ楽曲が完成してお二人の中にはどんな思いがありますか。

もふくちゃん 正直、最初はもっとクオリティが低いものになるのかと思ったんですけど、想像以上にいいものになって。みんながすごい思いを込めてくれたなって思います。ただ、なるべく第2弾がないようには願いたいですね(笑)。

YGQ 今後のエンタメの在り方がどうなるかは、現状、誰にもわからないと思うんです。今回はこういう状況だからリモートワークで楽曲を作り上げたんですけど、また世の中の状況に合わせて、でんぱ組らしい何かを発信できたらいいのかなと思います。

もふくちゃん 今回はテストケースでもあって、万が一この状況が長引いたとしても、できることはあるという、ある種の自信みたいなものにつながったところはありますね。

偽善にならないようにしなきゃいけない

──残念ながらコロナ禍は、しばらく続きそうな状況ではあります。今後のエンタテイメントの在り方について、今お二人が考えていることを聞かせていただいてもいいですか?

もふくちゃん 今、個人的にいろんなことを勉強してるんですよ。OBS(各種配信サイトに対応している無料のライブ配信用ソフト)とかLive2D(イラスト、マンガ、アニメなどの2D画像を立体的に動かす表現手法)とか。配信を取り巻く状況は今後もっと加速していくと思うので。例えば、でんぱ組のメンバーにもYouTubeの個人アカウントを全員持たせたんです、遅ればせながら(笑)。それも1つの意思の表れですね。すぐにライブができるようにはならないでしょうし、今後はライブに対する考え方自体が変わっていくと思うんです。さらに言えば、私はエンタメそのものの見え方も劇的に変わっていくと思っていて。そこに向けて、すべての可能性を探らなきゃいけないなと思ってます。なので、ネットを使ったエンタメの在り方についての勉強は毎日熱心にしています。

──もふくちゃんがプロデュースを手がけている、虹のコンキスタドールもリモートワークでMVを制作しています。

もふくちゃん 新曲「夕暮れグラデーション」のMVをみんなで作ろうという企画をやっています。「#虹コンMV制作」のハッシュタグでファンの皆さんが投稿した写真を集めて、それを元にMVを制作しようと。今はMVも普通に撮影できない状況ですし、今後はMVもリモートで作るのが当たり前になっていくのかなと思いますね。

──ちなみに、店舗のディアステージは現在どういう状態ですか?

もふくちゃん 店舗営業はできないので、今はお弁当屋さんをやってます(笑)。ディアステージの店舗は、いつか戻って来れる日が来るよう願いながらも、その間うまく店舗をキープできるようにスタジオ化しようかとか、日々いろいろな可能性を探っています。

──YGQさんはどのようなことを考えていますか。

YGQ 違う角度から言うと、僕はサウナが趣味なんですけど(笑)、サウナ業界も今は大変なんです。なので、サウナを盛り上げられないかなと考えています。今、remoというサービスを使って、ネット上にブースを作ったり、疑似的なイベントを立ち上げたり、マーケットを展開しようっていう打ち合わせをしてるんですよ。結局、ライブもサウナも、1つの場所に同じものを好きな人たちが集まってコミュニケーションを楽しむ場なんです。それができなくなったことによって、皆さん精神的に寂しい思いをしているわけで。インターフェースは変われど、皆さんが好きな場所に集えるようなシステムを考えなければいけないなと思っています。それに、いわゆるボランティア的というか、「困っているので金銭的なサポートをお願いします」みたいなやり方には限界があると思っているので。

──確かに投げ銭的なものには限界がありますよね。

YGQ やっぱり皆さん、ライブを楽しんだりCDで楽曲を楽しんだ対価としてお金を払ってくれてるわけじゃないですか。1、2カ月くらいはそういうやり方もできるのかもしれないけど、今後を考えるとちゃんとお金を払って満足してもらえるようなコンテンツを我々が作っていかないとダメだなと。

──お客さんの精神的な拠り所を作ると同時に、ミュージックビジネスとして成立するものを作りたいと。

YGQ そうですね。

もふくちゃん あと今回の作業を通して、次に何かやるとしたら偽善にならないようにしなきゃいけないなとも思いました。この間ネットを見ていたら、「こんな状況だけど、アイドルは自撮りで稼げるからいいよな」みたいな書き込みがあって、「確かに」と思っちゃったんですよ。いくら「家にいよう」とか訴えても、仕事で家にいられない人もいるわけだし、そういう声が挙がるのも仕方ないなって。だから、次に何かをやるとしたら、偽善じゃなくリアルに聴いた人を救えるような作品を作らないといけないなって。それが今後の課題として残りました。

──次につながる大きな気付きがあったわけですね。

もふくちゃん そうですね。例えるなら、今回は「サマーウォーズ」みたいなことをやったと思うけど、「ぼくらのウォーゲーム!」も、ちゃんと作らなきゃいけないなって感じで(笑)。ただ「家にいよう」って言うだけじゃない、その先にあるメッセージを伝えたいなと思いました。

YGQ 元を正せば、でんぱ組.incは引きこもりとかいじめられっ子だった子たちが始めたグループで、その子たちが活動する姿を見て勇気付けられてる方ってすごくたくさんいると思うんです。それがでんぱ組の原点だとも思うし、こういう状況で彼女たちが今回みたいにがんばってる姿を見て、自分もがんばろうとか思ってもらえたらいいなと思いますね。僕らとしては、これからもでんぱ組の活動を通じて皆さんが元気になれるようなことを発信していきたいです。

もふくちゃん

音楽プロデューサー / クリエイティブディレクター。テキトーカンパニー代表。ライブ&バー「秋葉原ディアステージ」、アニソンDJバー「秋葉原MOGRA」の立ち上げに携わり、でんぱ組.inc、わーすた、虹のコンキスタドールなど多数のアーティストの楽曲プロデュースを手がける。

YGQ

音楽ディレクター / 映像監督。クリエイティブカンパニー、TOTONOY代表。でんぱ組.incをはじめさまざまなアーティストのサウンドディレクション、ミュージックビデオや広告作品などの映像を手がけ、サウナに年間400回通っているサウナーでもある。

取材・文 / 土屋恵介

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