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植草信和 映画は本も面白い 

著者・濵田研吾さんに聞く『俳優と戦争と活字と』

毎月連載

第48回

20/9/10(木)

年間を通してけっこうな数の映画関連書に目を通しているが、一昨年、ユニークな視点と斬新な切り口をもつ面白い映画本に遭遇した。

出久根達郎氏は、「どのページを開いても、失望しない。人物のエピソードが生き生きとしていて、退屈しない。小説を読むより面白い。」と、賛辞している。

その本のタイトルは『脇役本 増補文庫版』。著者は濵田研吾。「1974年、大阪府生まれ。ライター。著書に『徳川夢声と出会った』『三國一朗の世界』がある」と「著者紹介」には記されている。

戦無世代の若い(とは言いにくいが)ライターが、既に忘れられて久しい徳川夢声や三國一朗をどのように書いているのかに興味が募り、読んだ。

両著とも、古本やラジオの録音、映画などの埋もれた資料を掘り起こし、精査し、丹念に人物とその歴史背景に迫った労作で、面白かった。

それから2年数カ月が経ち、待ちに待ったその濵田氏の新刊『俳優と戦争と活字と』が出た。早速インタビューを申し込む。

『俳優と戦争と活字と』 (ちくま文庫刊/1,100円+税)

まずは本書執筆の発端からお聞きした。

「『脇役本』を担当していただいた筑摩書房の青木さんから昨年の7月、来年は終戦から75年の年だから〈俳優と戦争〉という切り口で書いてみませんか、と打診されたのが始まりです。正直、〈戦争〉というテーマは重いなと迷ったのですが、お断りすればそれで終わってしまう。しかし、好きな徳川夢声や三國一朗も〈戦争〉とは無縁ではなかったし、興味を持っている佐々木孝丸や宮口精二については書いてみたい。手持ちの資料はふんだんにあるので、やってみようかという気になって引き受けました」

本書に登場する俳優は58人。嵐寛寿郎、三船敏郎、片岡千恵蔵、山田五十鈴など歴史的大スターもいるが、加東大介、伊藤雄之助、月形龍之介など地味な脇役が多いのは、いかにも『脇役本』の著者らしい。

構成は5つの章から成っている。第1章の「昭和20年8月15日」から始まり、戦中の〈特攻隊〉〈疎開〉〈原爆〉、最後に〈戦後〉へと展開していく。

「まず終戦といえば8月15日の〈玉音放送〉ですから、俳優たちはそれをどのように聞いたのかということから始めようと思いました。手許にあった映画『日本のいちばん長い日』のパンフレットの〈出演者へのアンケート〉と、宮口精二さんが創刊した総合演劇雑誌『俳優館』の創刊号アンケート〈昭和20年8月15日あなたはどこでどうしておられましたか?〉というふたつのアンケート記事がとても参考になりましたね」

『俳優館』という雑誌の存在は知っていたが、どんな雑誌だったのかは知らなかった。

「宮口さんは僕が大変興味をもっている俳優さんで、『俳優館』は大好きな雑誌です。そのコンセプトは「役者がつくる役者の雑誌」でした。映画会社や劇団の枠をこえ、さまざまな分野の俳優が心ゆくまで語りあかすアパートのような雑誌です。宮口さんはこの雑誌を亡くなるまでの20年間に、40冊出しました。宮口さんは8月15日の玉音放送を文学座の移動演劇隊で訪れていた石川県釜清水で聞いたのですが、そのときの体験を〈白昼夢〉と表現しています」。

著者は本書のテーマである〈戦争〉を、「一九三一年九月の満州事変から一九四五年に終戦となるまでの〈十五年戦争〉」と定義している。その間の最大の〈悲劇〉は、広島と長崎に落とされた原爆だろう。本書では移動演劇桜隊を率いた丸山定夫と『長崎の鐘』の永井隆に関するエピソードを63ページにわたって記述している。

「丸山定夫についてはこれまで、多くの方が書かれていますが、この本では徳川夢声と丸山、夢声と原爆という視点で言及しました。佐々木孝丸は、娘婿の千秋実が主宰する劇団薔薇座のために、『長崎の鐘』を戯曲にしました。朝ドラ人気で古関裕而が作曲した歌に注目が集まるなか、佐々木が手がけた舞台にも少しスポットが当たればうれしいです」

著者は半年以上にわたって〈戦争と俳優〉というテーマに取り組んできた。それが終わった今、今後の方向についてどのように考えているのだろうか。

「最初に言ったように格別〈戦争の時代〉に興味があったわけではないのですが、原稿を書いていて気になるところがたくさん出てきました。例えば佐々木孝丸はプロレタリア演劇で弾圧されて転向、戦後そのことをなぜ語らかったのか。信欣三は出征先の中国での体験をあまり書いたり語ってはいません。それはなぜなのか。また『夕鶴』の山本安英のように病気と称して信州の田舎に疎開し、国策の慰問の仕事はまったくしませんでした。その心境はどんなものだったのか。そういったことを含めて、資料を掘り起こして空白の部分を埋めていけたらいいかなとは思っています」

戦争体験者がほとんど亡くなった今、戦争はますます遠のいていっている。著者のような〈若い世代〉がこのような本を書くことによって風化防止の一助にもなっていると思う。

もちろんそれを目的に書かれた本ではないにしても、だ。

本書には〈俳優と戦争〉に関する知られざるエピソードが満載されている。〈戦争とは何か〉〈その中で演じる意味は?〉…考えさせることが多い一冊だ。

プロフィール

濵田研吾(はまだ・けんご)

1974年、大阪府生まれ。ライター。京都造形芸術大学卒業。映画、放送、鉄道、福祉、市民活動などを取材、執筆。著書に『徳川夢声と出会った』(晶文社)、『三國一郎の世界 あるマルチ放送タレントの昭和史』(清流出版)、『脇役本 増補文庫版』(ちくま文庫)など。

植草信和(うえくさ・のぶかず)

1949年、千葉県市川市生まれ。フリー編集者。キネマ旬報社に入社し、1991年に同誌編集長。退社後2006年、映画製作・配給会社「太秦株式会社」設立。現在は非常勤顧問。著書『証言 日中映画興亡史』(共著)、編著は多数。

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