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綾野剛×杉咲花が『楽園』撮影で体感した“場所が持つ力” 「情念みたいなものはどこにでも存在する」

リアルサウンド

19/10/27(日) 12:00

 ベストセラー作家・吉田修一の短編集『犯罪小説集』を、瀬々敬久監督が映画化したヒューマンサスペンス『楽園』が現在公開中だ。12年前にあるY字路で起きた少女失踪事件をきっかけに、被害者の親友だった少女・紡、容疑者の青年・豪士、限界集落で暮らす男・善次郎、それぞれの人生が交錯していく模様を描かれる。

 リアルサウンド映画部では、主人公・豪士を演じた綾野剛と紡を演じた杉咲花にインタビューを行った。

【写真】綾野剛と杉咲花の撮り下ろしカット

■杉咲「すごく不思議な場所だった」

ーーY字路で繰り広げられるシーンが印象に残りました。お二人はこの場所での撮影にどんな気持ちで臨まれていましたか?

綾野剛(以下、綾野):土地に覚悟をさせられた感覚がありました。俳優なりに何かしら考えて現場には行くのですが、この場所に行くと考えていることが意味をなさなくなる。土地の歪みに侵食されて、豪士のような人が生まれやすい環境があるんだろうなと思います。だからもう引き返せないなという覚悟がありましたね。

杉咲花(以下、杉咲):私は、写真で初めて見させていただいた時に、はっとして、すごく怖いというか、胸がジーンとなりました。紡にとってもトラウマの場所で、“どこにも行けない”と“ここだけじゃない”という思いになり、すごく不思議な場所だったと思います。

綾野:僕たちが何かを作らなくても土地が持っているロケーションが最終共演者になるので、その意味では、このY字路はなかなか強度のある場所で、最強の共演者でした。僕も杉咲さんも、土地から吸い上げて感じるものをそのまま芝居に投下していって、いい意味で台本上で読んでいる感覚とは根本的に変わるので、普段着目しないところにも気づきがありました。

ーー具体的に思い出せるシーンはありますか?

綾野:例えば、紡が豪士の車から降りた場所の掲示板に車のヘッドライトが当たって、紡の影が写ってるんです。その影で後ろから近寄ってくる豪士に気づくというシーンがあって、本来だったら音とか気配で示したりもするけれど、僕の影と杉咲さんの影が重なるんですよ。それで花が気づいて振り返るというシーンにでき上がったんですが、そういうことが発見できる、理屈じゃないすごさみたいなのは土地にあると思います。

杉咲:私もそう思いました。あのシーンは瀬々監督があの場で思いつきましたよね。

綾野:撮影中に監督が近づいて来て、影重ねるのはどう? と言われて、ですねと。僕が気付いて後ろから影で覆いかぶさる、その妙なゾッとする感覚と、自分が包み込まれている感じと、2つ意味があると思いました。

■綾野「場所が生み出した環境がある」

ーー原作者の吉田さんが「『悪人』は人の話、『怒り』は感情の話、『楽園』は場所の話」とおっしゃっていたのが興味深かったです。

綾野:この3人にも言えることなんですけど、人って全て環境だと思うんです。どういう環境で育ったかでほとんど人間が構成されてしまうぐらい。

僕が住んでいた場所と、そうじゃない場所では歩いていてすれちがう人も違います。良い気を持っている人間か、そうではない人間かも全然変わってきますし、だから場所が生み出した環境があると思っていて。疎外感や閉塞感が生み出されていて、彼らが場所にすごく支配されていた部分もあるんじゃないかなと。

でも唯一、紡だけは、村組織の内々に篭るんじゃなくて、東京という、外に出た人間なんです。そして、それが多分、彼女の未来を変えたきっかけになっているんですよね。出て行くのはどんな理由でも良くて、それができなかったのが善次郎と豪士だったんだなと。豪士は移民だからずっとそこに居なきゃいけない、出て行く選択肢さえも思い浮かばない環境で育っていて、そういう意味で場所が生み出した事件と言っても過言ではないですし、現にそういう事件って絶対あると思っています。

杉咲:私自身も撮影していて、長野から東京に帰って来られる時間に救われていた感覚もありました。長野に行くと、苦しいことが待っていますが、苦しいだけではなくてどこかで居心地の良さも感じていたりもして。それと同じように紡も東京に出て来た時に広呂(村上虹郎)と再会して、気持ちが変わるんです。最終的に一番苦しい経験をした場所も希望を感じる場所も同じY字路だったので、紡にとって特別な場所なんだと思います。

綾野:良くも悪くもね。このY字路って、自分たちの未来を切り裂くような分かれ道になっているんです。そこで生き方が変わる、というのは場所がそうさせてしまったというニュアンスがすごく強い作品だと思います。修一さんが言う場所が持つ感情や匂い、情念みたいなものはどこにでも存在すると思いますね。

ーー豪士にとって紡はどんな存在だったのでしょう。

綾野:この映画の本質的な主役は杉咲さんだと思っています。彼女の眼差しによってようやく豪士はこの歳になって瞬間的に生きた実感や体温を感じられました。世の中、色んな事件が起こってますし、最近も目を伏せたくなるような事件が多い中で、ちゃんと見つめてくれる人や、抱きしめてくれる人がいたら、色んなことが抑制できたのではないかと思わされました。そして、この物語の中で紡は間違いなくそこにいる人間で。

豪士には「幸せ」という概念があまりないんだけど、あの時、雨の中でどこにいても同じっていうT字路に立っていて、それでも彼が外の世界を選択しなかったのは中に紡がいたからだと思うんです。

■杉咲「綾野さんの表情を見たら、ものすごく悲しかった」

ーーお互いの演技中に一番印象に残った瞬間を教えてください。

綾野:燃えているシーンで、柄本(明)さんに紡が詰め寄られる時の杉咲さんの表情が見たことない顔をしていて、とても驚きました。人の顔じゃないというか、人を見る顔、相手のことを人だと思ってないんじゃないかと、塊を見ているような表情をしていて。僕は紡と一緒にいる時にあんな表情は見なかったので、何かぶっ壊れてしまった人を見る時の表情ってここまでいくんだなと。

ーー自然に出た表情だったんですか?

杉咲:あのシーンは台本を読んで段取りをする中では、あえて決めずに、こんな風になるのかなという想像くらいに止めていました。ですが、いざ本番をやってみたら、頭が真っ白になってしまって。どうしたらいいか分からなかったです。

綾野:そうだよね。「分からない」が正解だと思う。あれはすごい。杉咲さんのあの時の柄本さんを見る顔は本当にギリギリだった。紡は愛華(事件の被害者である少女)の一番近くにいたので、その苦しみもたくさん知ってるし、僕たちは明日が来るけど愛華には明日は来ないので、すごいなと感動しましたね。

杉咲:私は愛華ちゃんにシロツメクサを見せられた時の綾野さんの表情が1番忘れられません。あのシーンは紡が見てることになっているのですが、もともとその設定はなくて、直前に追加になったシーンです。撮る直前に、瀬々監督に呼ばれて、初めて「モニターちょっと見てほしい」と言われました。そこで綾野さんの表情を見たら、ものすごく悲しかったし、ショックでした。その表情を見させていただいて、すごい苦しかったというのを今でも覚えているくらい、忘れられない場面でした。

ーー綾野さんが事情聴取から戻ってくる最中に一瞬笑っているように見える瞬間もぞっとしました。

綾野:全ての欲求が奪われてしまって、何もない、重力にも逆らえない、ただ歩く、前進することしかできない時に、偶然あの顔が生まれたんだと思います。人としての感情を失った瞬間に顔の骨格上、たまたま笑うような感じで皮膚の重力が落ちていっただけという感覚だったので。何かを見つめてたり、何かを感じてると人はちゃんと顔に意思を持つけれど、あのシーンは豪士にとって表情がなくなった瞬間だったんですよね。

■綾野「僕たちの母体がちゃんとリスペクトし合えてる」

ーー紡はこれからどう生きていくと思いますか?

杉咲:難しいですね……紡は「抱えて生きていく」と言ったから、東京には戻らないのかもしれません。やっぱり唯一の場所だから。

綾野:この世界では生きている人の方が苦しいので、個人的には紡には幸せになってほしいですね。彼女の中で場所の関係図がなくなることは絶対ないけど、生きるを選択した人だから、それだけで大きいと思うんです。

ーー豪士と紡を演じてきて、お互いどんな存在でしたか。

綾野:僕は杉咲さんという人と一緒に仕事がしたかったのもありますけど、仕事以上に作品を一緒に背負って支え合いながら走り抜けたらいいなっていうのがまず一番にありました。彼女と役を通して生きていると、自分の頭の中で想像していたものと根本的に違ったってなんでもいいやと思うような瞬間があって。多分、豪士と紡の2人にしか分からない光と闇のようなものを僕ら自身も感じていたと思うんです。彼/彼女を生きる僕たちの母体がちゃんとリスペクトし合えてることが、作品に良い影響を与えたのは間違いないだろうなと思います。

杉咲:私も本当に同じで、現場にいる間はずっと苦しかったのですが、綾野さんと居られる日は心が楽になれて、とても安心感がありました。でもクランクインの日は、綾野さんの役も大変だと思ったので、どういう感じで現場にいらっしゃるのかなと思って、現場でお話しできることはないんじゃいかなとも思っていたんです。

綾野:役に入り込んでね、(俯いて)こんな感じで。

杉咲:私が椅子に座らずその辺をフラフラしてたら、綾野さんが呼んでくださって、びっくりしました。でもそれがすごく嬉しくて、そこから私が出ていた作品の感想を言ってくださったり、演じていない時は色んな話をさせていただきました。それが私の中ですごくありがたくて、綾野さんは先輩でもあり、どこかお兄さんみたいな存在でもあります。

綾野:妹ができました(笑)。

杉咲:ありがとうございます(笑)。紡を演じながら繋がり合えている感じがして、私自身にとってすごく大きい存在でした。

綾野:自然と杉咲花が培ったもの、綾野剛が培ったものを、2人にしか生まれない関係をお互いに見つけ合えたことが、豪士と紡にちょうどリンクしたんじゃないかな。シーン数は少なかったんですけど、どれもいい意味で全く苦しくなかったですね。

(取材・文=大和田茉椰)

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