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森山大道の東京 ongoing

20/9/6(日)

描かれた三次元的対象(特に人体)が絵を見る人の触覚を誘発して、あたかも直接触れたかのような効果をもたらす絵画の特質を、西洋美術史では「触覚値」と呼ぶ。目で見ているだけなのに、掌になんからの感覚が生じるという、想像的触覚ともいうべき現象だ。 森山大道の写真を見るたびに、視覚と嗅覚においても同様の知覚の相互共振が成立するのではないかと思う。どうも私の目は、森山写真の特徴である「アレ・ブレ・ボケ」ではなく、写された街の一廓や人物たちの発する「匂い」の方に反応してしまうようなのだ。 一度目にしたら忘れられない強烈な「三沢の犬」(1971年)から始まり、ほぼ近作で埋め尽くされた会場を回りながら、こんなに「匂う」写真があるだろうか......と改めて思う。繁華街の路地に漂う食物と酒と人間の体臭が入り混じった形容し難い匂い、頸を見せる女の香水か整髪料の匂い。タバコの吸い殻や放置されたバナナ、壊れかけた看板、路地裏の猫など、ごくごく日常的なものたちが「匂い」を通して「われここにあり」とその存在を主張してくるのだ。   そして、森山のカメラがキャッチする「匂い」の源泉は、触覚に対する森山の敏感な感性に由来するのではないかと思った。粗めのキャンバスにモノクロ写真をシルクスクリーンでプリントした2012年から2020年にかけての作品群は、物質性の希薄な写真イメージに物質性を与える試みのように思えて興味深い。 写真家デビューから55年間、仕事は終始一貫していて「アレもブレもボケ」もない。そして82歳を迎えようとする今も、カメラ片手にほぼ毎日のように街を彷徨する。森山が捉える東京という都市の貌、まさに「現在進行中」。

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