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樋口尚文 銀幕の個性派たち

須森隆文、銀幕を乗っ取るディープインパクト(インタビュー後篇)

毎月連載

第63回

撮影:佐々木大介

── スクリーンでに加瀬亮さんの演技を見て、俳優の表現力に圧倒されたのは、ちょうど大学に入った頃ですね。そこで演劇活動などやり始めたんですか。

大学ではすぐに演劇サークルに入ったんですが、これは割とユルいサークルで(笑)自分ではもっとガチな発声や動きの練習をしたかったのですが、そういう感じではなかった。宮沢章夫さんの『14歳の国』など何度か公演もやって参加しましたが、一年くらいで辞めてしまいました。でもその頃から映画は劇場でも家でもたくさん観るようになりまして、加瀬さんに始まり、浅野忠信さん、オダギリジョーさんと気になる俳優さんの仕事を追いかけてると、おのずと黒沢清監督、青山真治監督といった監督の作品にもふれることになって、映画館にも通い出しました。この頃、ユーロスペースで初めて観たのが『動くな、死ね、甦れ!』(‘89)ですね(笑)。

── サークルは辞めて演技は続けていたんですか。

プロの俳優さんが稽古の相手役を探しているというので、その方について勉強したり、ずっと映画畑で頑張っている俳優さんと知り合ってそのオーラに刺激されたり、いろいろと手探りしていました。ある先輩から「もし映画をやって行きたいのから、舞台に首を突っ込んだりしないできちんと映画に絞ってやっていかないとダメだよ」とアドバイスされたりもしたんですが、まだずっとこの道でやって行くという覚悟は定まっていなかった。大学も4年で周りは就職活動していましたし(笑)。そんな時に初めて出演した映画が多摩美術大学の卒業制作だった佐藤考太郎監督の『山犬』という作品なんです。これが幸いPFFにも入選して京橋のフィルムセンター(現、国立映画アーカイブ)で上映された。僕は脇役に過ぎなくて、謎の山に主人公たちを案内する男の役で誤って猟師に撃たれて死んでしまうんですが(笑)、そのスクリーンに映る自分を観て、ひょっとしたら役者でやっていけるかもと思ったんです。

── もともとは肥っていたし、写真に映るのも嫌だったのに、スクリーンで役を演じている自分には違う印象を持ったんですね。

そうなんです。ティーンエージャーの頃は肥っていたし、この濃い髭もずっと嫌だったし、髪の毛も薄くなってきて、本当にコンプレックスだらけだった。だからもうそっちに振りきるしかないと思って、大学の頃は眉も剃っていた。ほとんど『ハリー・ポッター』シリーズのヴォルデモート卿みたいな感じで(笑)「よくわからない人」と思われていたでしょうね。

── でも須森さんの場合、そのもともとはコンプレックスだった部分が全て今や個性派としての武器になっていますよね。背景を知らない私は、むしろ堂々としたものしか感じていませんでした。

その自主映画に出た経験と、東日本大震災がきっかけで、しっかり映画の俳優をやって行こうと決めました。2011年のことですね。震災の時、正直言って何もできなかった。親しい友人のご両親が石巻だったので、発生後は毎日一緒にネットで名前を探す日々だったんです。結局みなさんご無事だったのですが、とにかくいろいろと考える機会になりました。あの震災はたまたま東北で自分は助かったけれど、人の命は本当に明日どうなるかもわからないのだなと強く感じて、ならばやっぱりとことん悔いなく生きようと思ったんですね。自分は特に誰かに見込まれてこの道をやりだしたわけでもなく、まずは自分がやりたいという気持ちだけ何とかやって来た人間ですけど、後悔のないように生きようと。

── あの頃、ものづくりをする人でそういう新たな決意を抱いた人も少なくないと思いますよ。

それでインディーズ映画にいろいろと参加し始めたんです。2012年の坂井田俊監督『僕は人を殺しました』では川瀬陽太さんに初めて会いました。同じ年に平波亘監督の『労働階級の悪役』に出たら、今度はなんと役者として出ていた山本政志監督と知り合ったんです。三宅唱監督も俳優として出ていて(笑)。僕は山本政志さんのことが「なんだこの不思議な迫力のオジサンは!」(爆笑)と凄く気になったのですが、監督作の『ロビンソンの庭』を観て、「えええ!あの人はこんな凄い作品を撮る監督なんだ!」とさらに衝撃を受けました。ここでの山本監督との出会いは自分にはあまりにも大切な節目で、もう「映画の父」みたいな感じです(笑)。その後キノハウスに行ったら「シネマ☆インパクト」のチラシが置いてあって、そこには山本監督のプロデュースで大森立嗣、瀬々敬久、山下敦弘、橋口亮輔……といったそうそうたる監督たちが集まっていた。これはもう参加しない手はないと。このご縁で山本監督が「シネマ☆インパクト」で作った『アルクニ物語』『タコスな夜』『水の声を聞く』に出させていただきました。

撮影:鮑雁洲

── 私は『水の声を聞く』(‘14)で新興宗教の信者を演ずる須森さんを観て、長い台詞もないのに異様な存在感がある人だなと初めて記憶した。そしてこの映画をめぐって山本政志監督と新文芸坐でトークをした後で山本さんとお茶を飲みに行ったらあなたが現れて「あ!あの人だ」となった(笑)。しかもこの怪人ぶりなのに、もの凄く礼儀正しく丁寧な方なので二度驚きました。

よく覚えています。実は山本監督と初めて飲んだ時に「おまえ、宗教関係者っぽいな」(爆笑)と言われたので、その線でキャスティングされたと思うんですが、大学の頃も心理学部で、もともと哲学に興味があったので、ずっと思索することが嫌いじゃなかったんです。中学に入った頃から「人間はなぜ生きているのだろう」なんてことを考えていたんです(笑)。そんな雰囲気を活かしてくださったのでは、と思います。

── 塚本晋也監督の『野火』(‘15)もワンシーンしか出ていないのに、よく目立っていましたね。

塚本監督が多摩美術大学で一年間教えておられた時に、その課題制作で作られた『あの日から村々する』という作品があって、これにも少し出たんです。これもPFFに入選していましたが、その時は特にお話しもしなかった。ところが『野火』がボランティアスタッフを募集する少し前あたりに、新宿のK’s cinemaへ『アルマジロ』を観に行ったら、トイレで塚本監督と隣り合わせになって、そこで初めて声をおかけしたんです(笑)。すると塚本監督も覚えていてくださって。

── その後『野火』のキャスト募集に応募して出演することになったんですね。

僕の撮影は深谷で行われたんですが、役づくりのために減量しただけではなく、役づくりのために撮影前日の夜に新宿からスタートして徒歩で10数時間かけて深谷まで歩いたんです(笑)。もうふらふらになってお腹が空き過ぎて、途中の田んぼで稲穂から米粒を食べたり(笑)。現場は監督が強烈にいいものを創ろうとする意志がスタッフにも伝わって、とてもいい感じでした。

── 次の内田伸輝監督『ぼくらの亡命』(‘17)では初主演でしたが、これはもう須森さんの強烈な演技でもう観ていて酸欠になりそうでした。

これは一年かけてじっくり撮られたんですが、内田監督は大変粘るのでこちらも力を出し切って本当にきつかったです。カットがかかった後で僕が監督のほうを見ていたら、「それは役に集中しきれていない証拠だからやめてくれ」と内田さんから言われて、「ああ、そうかもしれない」と。

── 『ぼくらの亡命』の後が評論家の切通理作さんの初監督作『青春夜話』(‘17)。

切通さんも『水の声を聞く』で僕が気になったようなんですが、キャストを誰にしようかと思っている時に『花火思想』の大木萌監督と飲みながら相談していたらしいんですが、ふと僕を思い出して「須森隆文君はどうですか」と言ったら、大木監督も「あ、これ須森君ですよ!」と言ってくれたそうです。その後、これまたK’s cinemaなんですが瀬々監督の旧作をフィルム上映するという企画があって観に行ったら切通さんとばったり会って、お茶をしながら「実はこの役をお願いしたいんです」と言われました。脚本のラストシーンに惹かれてお受けしました。

── その後は塚本監督の『斬、』にも顔を出していましたね。しかし私が驚いたのは、数々のメジャーなプロダクション所属の俳優がひしめくなかで須森さんが第91回のキネマ旬報ベスト・テンの新人男優賞で二位につけていたことですね。

『ぼくらの亡命』と『青春夜話』の演技が対象だったんですが、結局新人男優賞がジャニーズの山田涼介くん,二位を寛一郎くんと僕で分け合ってました。とてもありがたいことでした。

── 多くの劇場で大々的に公開された作品でもないのですから、大変な快挙だと思います。この後で倉本聰さん脚本の話題のドラマ『やすらぎの刻~道』のレギュラーが決まったんですね。

もう三十歳も越えたので、そろそろテレビドラマにも出てみたいなあという欲がようやく出て来てオーディションを受けてみたんです。全部で四次くらいまでありましたが、合格した報せが来て「準備稿を読んでおいてください」と言われた後、一か月も何ひとつ連絡がないので「これは騙されているんじゃないか」(爆笑)とすら思い始めて。そもそもホンを読んでいると、ほんの少ししか出て来ない役もあるのできっとそれだろうと思っていたので、電話がかかってきて「荒木役でお願いします」と言われても「荒木?!どの人だっけ」(笑)と慌てました。暗い思い出を背負った癖のある村の男で、けっこう大事な人物でした。晩年は柳生博さんが演じてくださいました。どうも話を聞いていると、倉本さんが「髭のあいつが面白い」と推してくださっていたようです。

── でもずっとフリーでやってきて、テレビドラマも初めてだから最初は勝手がわからなかったのではないですか。

今までは全部インディーズ映画でしたから、テレビのスタジオで演技したことなどなかったので、まず「あれ?監督はどこにいるの」(笑)から始まって、演技をスタートさせるタイミングにもとまどいました。でもそれまで控室なんて用意されたためしもないのにきちんとした一人部屋があって、スタッフの方々もひとりの俳優としてプロフェッショナルに丁寧に接してくださるので嬉しかったです。

── しかし須森さんはインディーズ映画からついに『やすらぎの刻~道』まで越境していったかと思えば、人気のミクスチャーバンドKing gnu(キングヌー)のミュージックビデオに出演したり、アパレルブランドのモデルをやったり、「BRUTUS」のグラビアを飾ったり、ファッショナブルなアイコンとしても引用され始めているのが素晴らしい。

実はあるインディーズ作品で、レオス・カラックスの『ホーリー・モーターズ』でドニ・ラヴァンが演じた怪人メルドそっくりの役を演じて「令和の怪人」を名乗っていたんですが(笑)それを見たクリエイター集団「PERIMETRON」に所属するOSRIN監督がとても面白がってくれた。それで常田大希さんがリーダーをつとめるKing Gnuのミュージックビデオに出てほしい、と声がかかったんです。そんなふうに自分がさまざまに「解釈」されていくのはスリリングでもあり大変愉しいことでもありますね。

最新出演作品

『青春夜話 Amaizing Place』
2017年12月2日公開 配給:シネ☆マみれ
監督・脚本:切通理作
出演:深琴/須森隆文/飯島大介/川瀬陽太

『プレイルーム』
2018年12月8日公開 配給:東京想舎
監督:ナリオ/松蔭浩之/中村真夕/佐々木誠/福島拓哉
出演:若林美保/渋川清彦/佐伯日菜子/須森隆文

『世田谷の優ちゃん』
2020年12月12日 名古屋シネマスコーレにて公開
監督・脚本:柳英里紗
出演:小園優/柳英里紗/木口健太/川村紗也/須森隆文/雨宮沙月/三浦貴大

『激怒』
2021年公開
監督・企画・脚本:高橋ヨシキ
出演:川瀬陽太/⼩林⻯樹/彩⽊あや/奥野瑛太/渋川清彦/須森隆文

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。新著は『秋吉久美子 調書』。

『葬式の名人』

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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