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破格のスケールの少女漫画『BASARA』の革新性 壮大なストーリーが共感を呼んだワケ

リアルサウンド

20/9/13(日) 13:28

 ひとりの少女が、日本の命運を掛け、強大な力を持つ王家に立ち向かう話。

 こう書くと、どこぞのファンタジー小説か、はたまたディズニーアニメかと思われそうだが、れっきとした少女漫画の話である。1990年から8年にわたり『別冊少女コミック』で連載された『BASARA』(田村由美)は、そんな破格のスケールのヒロイックロマンだった。

 舞台は大いなる災いにより、文明が崩壊してから300年後の日本(この時点でスケール感がナウシカ並み)。王制が復活し、各地を治める暴君の支配が激化する中、ある村に男女の双子が生まれる。しかし、“運命の子”と予言された兄・タタラは、15歳を迎えたある日、“赤の王”によって殺害。残された妹の更紗は、兄に扮し、正体を隠して“赤の王”を討つべく旅に出る。その途中、立ち寄った温泉で出会った青年・朱里と恋に落ちる更紗。彼が宿敵“赤の王”であるとも知らずに、ふたりは惹かれあっていく……。

 物語はふたりの禁断のラブストーリーと、更紗率いるレジスタンスVS王家の戦いという、2段構えの構図で描かれる。恋愛とアドベンチャーという振り幅の大きさが圧倒的なドラマ性を担保し、当時の少女漫画界でも異彩を放つ作品だった。作者の田村由美は、前作『巴がゆく!』でも財界の後継者争いに巻き込まれる女子高生を主人公にハードなアクションを描いたが、『BASARA』はそんな持ち前のストーリーテリングがさらなる進化を遂げた作品と言えよう。

 物語の中で、更紗扮するタタラ軍は、日本各地を旅しながら共に国王に立ち向かう仲間を探す。手掛かりになるのが4本の刀だったり、仲間にする前にクリアしなければならない試練があったり、ところどころで中ボスとのバトルが発生したりする展開は、さながら『ONE PIECE』に代表されるような冒険ものの少年漫画やRPGのようだ。登場するサブキャラたちは地方色豊かで、さまざまな故事や伝説から造形がなされており、それぞれに魅力的。少女漫画らしく美形揃いだが、細身のイケメンが主流の中にあって、男性キャラのほとんどが肩幅広めのマッチョ体型な点も印象深い。ちょいちょいBL要素も匂わせつつ、また一方では更紗を中心にしたハーレム展開もあったりと、キャラが多いなりに複雑な人間関係も見どころのひとつだった。

 独特の筆致の絵柄は細部まで緻密に描くのとは真逆のアプローチだが、不思議と奥行きや世界観を生々しく伝えてくれ、セリフやモノローグをよりドラマチックに見せてくれていた。中でも衝撃的だったのが、長らくすれ違いの連続だった更紗と朱里が結ばれた翌日に、お互いの正体を知ってしまうシーン。愛する人が最も憎むべき相手だと気付いた更紗のショックを、ひたすら吐き続け、下半身から血を流すという体の変化で表した点は圧巻だった。

 ありていに泣きわめくでも逆上するでもなく、激しい拒絶をどう描くか。作者が女性だったからこそ出てきた切実な表現だったと思うし、だからこそ多くの女性読者にも感覚を伴って受け止められたのではないだろうか。死と隣り合わせの世界で、大きすぎる運命に立ち向かう少女。それだけでは現実離れしすぎて共感を呼びにくいところを、リアルな身体的感覚を持って身近に感じられるような仕掛けは『BASARA』において度々機能した。そしてそれは少女漫画というフィールドの中で本作が受け入れられた要因のひとつだったように思う。

 幾人かの仲間を失いながらも、最後には革命を成し遂げ新たな時代の始まりを導いた更紗。外伝では後日談も描かれ、いわゆる“俺たた”エンドで物語は幕を閉じるが、人が生まれ、死に、未来を形作っていくというテーマは、そのまま次作の『7SEEDS』に受け継がれていると考えると感慨深いものがある。少女漫画という枠にとらわれず、人物やドラマを描くことに徹底的に向き合い、極上のエンタメとして成立させる。『BASARA』が今なお忘れ難い存在であるのは、そんな革新的な作品だったからではないだろうか。

■渡部あきこ
編集者/フリーライター。映画、アニメ、漫画、ゲーム、音楽などカルチャー全般から旅、日本酒、伝統文化まで幅広く執筆。福島県在住。

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