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THE NOVEMBERS、激変する世界の様相を捉えた“新しい物語” 『At The Beginning』に描かれた未来への眼差し

リアルサウンド

20/5/27(水) 12:00

「今この音楽が、この作品が聴かれることに意味があると、これほどまでに僕は思ったことがありません」
(小林祐介/THE NOVEMBERS)

 前作『ANGELS』から1年2カ月ぶり、THE NOVEMBERSによる通算8枚目のアルバム『At The Beginning』がリリースされた。

(関連:THE NOVEMBERSが描く未来への眼差し

 もともと本作は、アルバムにも収録されている「消失点」をタイトルに掲げ、ツアーも同タイトルで行われる予定だったという(新型コロナウイルスの影響により延期が発表されている)。「消失点」とは、「遠近法において、実際は平行線になっている線が交わる地点」を本来は指すが、ここでは所謂「シンギュラリティ(技術的特異点)」がモチーフになっていると、小林祐介(Vo/Gt)は様々な場所で語っている。AI(人工知能)の能力が、人類を超える地点を意味するいわば「SF的」なその視点は、映画『ブレードランナー』や『AKIRA』の舞台でもあった2019年、THE NOVEMBERSが発表した『ANGELS』の中で、すでに大きな要素を占めていた。本作『At The Beginning』は、その路線をさらに推し進めたものであり、それこそ『AKIRA』に使われた楽曲「金田のテーマ」(芸能山城組)のカバーを披露した昨年11月のライブ『NEO TOKYO』を経て、そのビジョンはさらに明確になっている。冒頭を飾る「Rainbow」も、レコーディング初期の段階ではアルバムの最後に配置され、来るべき未来に対する「ポジティブな思い」を託したまま幕を閉じる構成のはずだったのだ。

「でも、今それをやることのリアルさや意味が、自分の中でどんどん希薄になっていって。『Rainbow』は始まりを予感させる曲として書かれたのですが、むしろ『すでに始まっていないと遅い』と思った。なので1曲目に持ってきて、『新しい物語が始まった』ということを示したかったのです」

 さる5月16日に行われた「CINRA.NET」主催によるオンラインイベント『CROSSING CARNIVAL’20 -online edition-』の中で、アルバムの曲順や、アルバムのコンセプトそのものにも途中で大きな変更が加えられたことについて、小林はこのように語っている。変更の理由は言うまでもなく、新型コロナウイルスによる小林自身のパラダイムシフトだ。例えば彼は、深夜ラジオ番組『RADIO DRAGON-NEXT-』に寄せたコメントの中では、次のようにも述べていた。

「コロナ禍で、世の中や自分自身が目まぐるしく変わっていく、あるいは今の社会やヒト本来の姿が剥き出しになっていく中で、『消失点』という仮のアルバムで描こうとしていたものは、自分の中ですっかり過去のものになってしまった。そこで、そのアルバムの次に起こそうとしていたアイデアや、アクションのイメージみたいなものが『啓示』のように未来からやって、現在の自分たちに同化した」

 冒頭で紹介した小林の言葉も、このラジオ番組の中で語られたものである。確かに本作『At The Beginning』を聴くと、例えば〈覚めるはずのなかった/夢から覚めていく〉(「Dead Heaven」)など、まるでこの事態を予見していたかのような言葉が並んでいることに気づく。中でもそれを強く感じるのが「消失点」で、小林自身も「世相によって最も意味が変わってきた曲」「今聴くと、一番しっくりくる」(『CROSSING CARNIVAL’20 -online edition-』)と認めている。〈昨日まではたぶん普通だった/さっきまでは割とまともだった〉と歌い始める「消失点」は、聴き進むにつれて〈世界が変わる〉〈その瞬間〉をビビッドに描き込んでいるが、さらにこの曲をアルバムの真ん中に配置することによって、シンギュラリティ“以前の世界”と“以後の世界”を明確に分けているのだ。

 「消失点」のサウンド面に耳を向けると、力強いシャッフルビートに乗せてシタールのようなフレーズや、ソリッドなギターバッキング、流麗なシンセサウンドなどが重なり合い、奥行きと広がりを持った立体的なサウンドスケープを構築している。どこか呪術的でトライバルな響きは、いうまでもなく「金田のテーマ」をカバーしたことによって、バンドにインストールされた新たな武器だ。さらに、2018年のEP『TODAY』あたりから導入したバイノーラルマイクによるものなのか、音の粒立ちが目に見えるようなサウンドプロダクションが、この曲のみならずアルバム全体に施されている。“音楽”というより“現象”が立ち現れているかのようなサウンドデザインは、岩田純也(トリプルタイムスタジオ)のレコーディングおよびミキシングと、中村宗一郎(ピースミュージック)のマスタリングによるところも大きいだろう。

 本作におけるもう一つ大きなトピックは、「Rainbow」と「理解者」を除く7曲のシーケンスサウンドデザイン・プログラミングを、yukihiro(L’Arc~en~Ciel、ACID ANDROID)が手掛けていること。具体的には、小林が予め組んだプログラミングのMIDIデータに、yukihiroがトリートメント・ブラッシュアップを施し、そこにバンドの演奏を重ねていく手法が採られたという。当初は4人のバンドアンサンブルに、yukihiroの素材を取り込んだ後でエディットしていく予定だったのが、順序としては逆になった。結果、yukihiroによる解像度の高いシーケンス・プログラミングにメンバーたちが「反応」しながら演奏することとなったわけで、それは全体のグルーブにも大きな影響を与えたのは間違いない。

 さらにいえば、かねてから小林の中にあった「父親としての視点」が、本作にも大きな影響を与えている。例えば「Rainbow」の、〈世界に号令をかけるように/君はここへやってきた/こわれるくらい叫びながら〉や、〈おもちゃみたいな/小さい靴を脱ぎ捨て/きみは目一杯/地面を蹴って未来へ走って〉というラインは、未知の世界へと飛び込んでいく子供たちの眼差しを、コロナ以降の新たな世界へとシフトする“私/私たち”の視点に重ね合わせているようにも取れる。そして、四方から降り注ぐ眩いシューゲイズサウンドは、無垢な子供たちを外敵から守るシールドのようだ。

「“私”という存在と、“私たち”そして“彼ら”の間のグラデーションを意識すること。要は、いろんな視点を持つことで手の動かし方や眼差しは変わってくるじゃないですか。これまでの世界は確固たる“私”、つまり個人こそ価値あるものとして進んできたけれど、一旦リセットしてみるというか。私は“私たち”にも“彼ら”にもなれることを意識しながら、作品に触れると面白いんじゃないかと思います」(『CROSSING CARNIVAL’20 -online edition-』にて)

 “子供”という、大人の理屈が全く通じない“他者”とのコミュニケーションを経験した小林が、“視点の移動”をより強く意識するようになったのは明白である。「理解者」の〈これ俺の気持ちだっけ?/これ俺の?/ねえ〉というフレーズも、“私”の境界線が曖昧になっていくことへの安堵感と不安感を、ポストパンク~インダストリアルなサウンドの中で同時に表現しているのだ。

 さて、「消失点」を経て「未来からのイメージ」を纏った4人は、これまでの価値観が全てひっくり返った世界を緻密に描いていく。例えば、ガムランのようなサウンドを導入し、〈愛もそこでは昔話さ〉〈悪もここではおとぎ話さ〉と歌われる「楽園」や、ミック・カーンが憑依したような高松浩史のベースの上で、〈過去はくれてやる/ありったけを全部/昨日の僕らじゃ信じられないよここは/いままで大事にしてきた/リボン付きの箱たち/明日には全部あっけなく/がらくたになるよ〉と歌われる「New York」。それらはまるで、シンギュラリティを越えた世界を歌うと同時に、コロナ禍の先の未来を見つめているようでもある。

 ハイナー・ミュラーの劇作から曲名を拝借したと思しき「Hamletmachine」を経て、美しいバラード「開け放たれた窓」でアルバムは幕を閉じる。この曲や「消失点」の伸びやかでソウルフルなメロディには、小林自身も公言しているCHAGE and ASKAやエンヤからの影響も、きっとあるはずだ。〈透明な鍵を壊して/青いペンキで塗られた/空を突き破れ〉と歌われる「開け放たれた窓」の歌詞は、どこか映画『トゥルーマンショー』のラストシーンを彷彿とさせる。誰かによって作られ、コントロールされた偽物の世界を飛び出し“リアルワールド”へ。〈波にもまれ漂う/泥にまみれた昔の神様〉を背に見る、その世界は一体どんな姿をしているのだろうか。

 コロナ禍によって剥き出しになった社会の、あるいは人間の本性。そこから目を逸らすことなく僕らは進んでいくしかない。これまでTHE NOVEMBERSの4人が、たとえどんなに醜いものの中にも「美」を、どんな暗闇の中でも「光」を見出してきたように、アフターコロナの世界がたとえどんなものであっても、僕らはそこに「美」を、「光」を見出していくしかないのだ。『At The Beginning』を携えて。(黒田隆憲)

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