遠山正道×鈴木芳雄「今日もアートの話をしよう」
岡田裕子 臓器がつなぐ新しい契りの形
月2回連載
第25回
19/9/6(金)
鈴木 今日は、7月に初作品集『DOUBLE FUTURE ─ エンゲージド・ボディ/俺の産んだ子』を初産された作家の岡田裕子さんをゲストに迎えて、お話をいろいろうかがっていきたいと思います。というか、初産?(笑)
遠山 帯の「初産!!」が何よりも目立つ(笑)。
岡田 もちろん現実的な初産はもう済ませてるんですが(笑)、作品集は初めてということで、編集者さんが「初産でしょ!」と。面白いと思って、そのまま使ってもらいました(笑)。
鈴木 そんな初の作品集を初産された岡田さんは、先月、ミヅマアートギャラリーで個展「ダブル・フューチャー」を開催。そして現在、出版を記念して、恵比寿のNADiff a/p/a/r/tでも個展「NADiff Theater ★ Double Feature」を開催中です。
岡田 はい、9月16日(月)まで開催しています。
鈴木 まずは作品集にも掲載されている最新作のことについて聞きたいんだけど、この《エンゲージド・ボディ》は、今年の2月に恵比寿映像祭で発表されて話題を呼んだ、岡田さんの臓器を3D出力したジュエリー作品。
岡田 そうです。ありがたいことに、オーストリアのリンツにあるアルス・エレクトロニカ・センターで1年間の常設展示も決まったりして。
鈴木 そもそも、自分の内臓を作品にするっていう発想はどこからきたの?
岡田 作品集にも載っていますが、もともと2002年に、男性が妊娠して出産するという架空の近未来を描いた映像作品《俺の産んだ子》を制作しました。これは実際の私の妊娠と出産の時期にアイデアが浮かんだもの。日本の女性が妊娠、出産することで伴う喜びや問題、リスクを、自分自身が体験することで気づいたんですね。それが原動力になり、映像作品の制作が始まりました。
鈴木 息子さんが生まれてから、そしてこの作品を制作してから、人の生死っていうものをさらに考えるようになったんだよね?
岡田 自分も周りも年老いていくじゃないですか。子どもも生まれて、生死ってものがこんなに身近なものなんだって痛感したのもあって、余計に考えるようになったと思います。
遠山 時間っていうのは平等だから仕方ないんだけど、やっぱり年を取るにつれて、いろんなこと考えちゃうよね。自分のことはもちろん、家族のこととか、将来のこととか。期待もあれば不安もある。
岡田 そうなんです。
それで、実は私、根が暗いんですけど(笑)。
鈴木 え? そうなの?(笑)。
遠山 そんなふうにはまったく思ってなかった(笑)。
岡田 実は暗くて(笑)、一人でよく深刻に制作のことなんかいろいろと家で考え込こむタイプなんです。それで2017年の秋かな、引越しを終えて部屋の片付けしている時に、健康保険証の裏に書かれている臓器提供に関する意思表示欄に気付いて。
鈴木 自分が臓器提供者になったら……とか考えたわけ?
岡田 はい、提供にマルをつけるべきだろうなって思いながら、自分が死んだらどうしよう、年老いたらどうなるんだろう、死んだあとはどうなるのか、臓器提供をもし自分が望んで実際にそうなった時、残された家族はどう考えるのか、どういう思いをするのかって。
でも、臓器を提供するってすごいことじゃないですか。だって自分が死んじゃったあとに、自分の一部が、他人の身体の中で生きていく。それが良いとか悪いとかじゃなくて、それってただ単純にすごいなって思ったんですよね。自分は死んでるのに、でも自分はまだ生きてるっていう感じがして。
でも現実に、世界中で当たり前のように、誰か個人の何かが人の身体に提供されて生き続けることが可能になっていて、新しい医療技術が開発されているわけです。
鈴木 でも移植って、基本的には誰が誰に提供したかっていうのは、言ってはいけないことなんだよね?
岡田 はい、日本では臓器移植ではドナーとレシピエント(受容者)の個人情報というのは、基本的に秘密にしなければいけません。手紙を一通だけ誰かを介して出していいとか、それぐらいしか許されていないそうなんです。
鈴木 でも秘密にしていないと、何かトラブルになった時に、当事者同士で問題になったら困るもんね。提供を受けた臓器から病気が、とか。
岡田 それにお金を発生させてはいけないんです。当事者同士で臓器を売買するということになると、それは臓器売買という犯罪に繋がりかねないという理由もあると思います。でも残念ながら、現実に臓器売買は裏の世界では行われているらしいんですが……。
遠山 でもさ、いろんな情報が開示されていないからこそ、臓器売買とか悪質なことも横行しているんじゃないかなって思うよね。
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