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『チ。』作者・魚豊が語る、“主観的な熱中”の尊さと危うさ 「気持ちに逆らえない人たちの姿を描きたい」

リアルサウンド

21/2/15(月) 10:00

 いま、目利きの漫画読みたちの間で話題になっている衝撃的な作品がある。『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)にて連載中の『チ。―地球の運動について―』(魚豊・作)だ。舞台は異端思想が過激に弾圧されていた中世ヨーロッパ、第1集の主人公・ラファウは、“合理性”に従って生きている天才児だが、本来学ぶべき神学よりも天文の研究に惹かれている。そして、ある時、この世界を動かしている美しい“真理”を知ってしまい……。

 「地動説」をテーマに、己の信念に嘘をつくことができない人々の姿を描いた同作は、間違いなく2021年を代表する漫画のひとつになるだろう。そこで今回のインタビューでは、この『チ。』の作者に、デビューまでの経緯や、物語やキャラクターに込めた想いなどを熱く語っていただいた。(島田一志)

「個人と世界」がテーマの物語に惹かれる

――魚豊先生は、もともと漫画家志望でしたか。

魚豊:はい、小さい頃から絵を描くことが好きだったので、将来は漫画家になれたらいいなと漠然と思ってはいました。ただ、どうやったら漫画家になれるのか、具体的な方法がわからなくて困っていたのですが、中1の時に偶然観た『バクマン。』のアニメがすべてを教えてくれました(笑)。まずは持ち込みや投稿をして、担当さんがついてくれて、読切を何作か描いたのちに連載へ……という一連の流れですね。それで、中1の頃から本格的に漫画の投稿を始めました。年に1〜2作は描いていたと思います。

――どういうジャンルの漫画を描いていましたか。

魚豊:かなり出来の悪いギャグ漫画を(笑)。ネームも描かずにぶっつけ本番で描いてました。しかも、漫画用の原稿用紙があるなんてことは知りませんでしたから、作文を書くB4原稿用紙の裏に描いてました(笑)。

――描いていたのは不条理系のギャグですか。

魚豊:不条理といえば不条理なんでしょうけど、具体的にいえば、すごくどうでもいいことを真剣にやるキャラの話をよく描いていました。福本伸行先生の『(賭博黙示録)カイジ』が昔から好きなんですけど、あのノリをストーリー漫画でなくギャグに活かせないかと考えまして。たとえば、引っ越しの際の隣人への挨拶を延々と悩む主人公の話とか(笑)。いまでもギャグ漫画への憧れはあります。『魁!!クロマティ高校』みたいな漫画は本当に凄いと思います。

――映画や小説など、漫画以外の表現ジャンルで影響を受けたものはありますか。

魚豊:映画です。漫画を読むよりも映画を観ることのほうが多いと思います。『インターステラー』、『第9地区』、『セッション』、『桐島、部活やめるってよ』……。ジャンルを問わず観ますが、強いていえば「個人と世界」がテーマになっているような物語が好きかもしれません。ただの一個人がある日突然、世界そのものと関係するような物語に惹かれます。また、それとは別に、クエンティン・タランティーノ監督の映画は全部大好きです。会話劇が多いところにも惹かれますし、登場人物たちが妙に理屈っぽかったりするのも楽しくて。そういうところは目指せたらなと思っています。最初にいったように僕は昔から絵を描くことが好きなんですけど、同様に、漫画においてセリフもとても重要だとも思うので。

担当編集者がついてデビュー

――学生時代の投稿はうまくいきましたか。

魚豊:中学時代はずっとダメだったんですけど、高1の終わり頃に描いたギャグ漫画が某少年誌の月例賞の最終選考に残り、担当さんがついてくれました。これでようやく『バクマン。』の世界に一歩足を踏み入れたぞと思いながら、高2の時に新しく描いた作品を持ってその編集さんに会いに行ったら、あまり良い反応がなくて……。高校生でしたのでそれで結構落ち込みました(笑)。本当はそこで「なにくそ! 認めさせる!」とか思って頑張るべきなんでしょうけど、僕はもともと被害妄想ぎみなので、「ああ、この人とはもう一生やれないな……」と(笑)。

――それで『マガジン』へ?

魚豊:ええ。我ながら安直だとは思いますが、その少年誌がダメなら、じゃあ次へって感じで『マガジン』に投稿しました。「全校集会で体育館の硬い床に長時間座っても、お尻が痛くならないためにはどうすればいいか?」みたいな話を描いて送ったのですが、なんの賞にも引っかかりませんでしたね。でも、そこで担当についてくれた編集さんがいて、その方から「セリフはいいところがあるから、一度ストーリー漫画を描いてみたら?」というアドバイスをいただいて、結果的に、そうやって描いたストーリー漫画が、月例賞の佳作をとって、初めて自分の作品がネットに掲載されました。

――『ひゃくえむ。』はその流れで?

魚豊:そうですね。

『チ。』に出てくるそれぞれのキャラクターの生き方

――ここから先は、『チ。』についてお聞きしたいと思いますが、この作品にコロナ禍は影響していますか。

魚豊:『チ。』は中世ヨーロッパをイメージしてる話ですけど、描いている僕が「いま」を生きている以上、影響はあるかもしれません。具体的な致死率などは置いておいて、観念的な意味で新型コロナウイルスの流行で「死」というものが、身近になった瞬間はあったと思います。一見それはただ単にネガティヴなことのように思えてしまいますが、個人のレベルで考えると、そうでもない要素もあると思います。死について考えると逆説的に人生の意味についても考えるし、多分それは無駄ではない。確かに死ぬことは怖いけど、ではなぜ私は生まれたのだろう、とか、いつ来るかわからない死を前に、いかにして自分に嘘をつかずに自分らしく生きられるのか、とか、それらの推論は死という事実を受け入れることによって始まる気がして。そういった感覚は『チ。』のひとつのテーマであると思いますし、それはコロナの登場によってより濃くなってるのかもしれません。繰り返し作中で描いている、死ぬ時の顔、というのはそういう諸々を表現してるつもりです。

――それでは、主要キャラについてお話しください。まずは第1集の主人公・ラファウについて。彼は合理的で、少々チャラい面もありますが、もう少しストイックな感じで天文と向き合う、真面目なキャラにするという選択肢はありませんでしたか。

魚豊:真面目な主人公が天動説と地動説の間で苦悩するよりも、彼みたいなどこか世渡り上手で合理的な少年のほうが、身近だし、多くの読者が感情移入してくれるんじゃないかと考えたんです。たしかに、部分的に見れば嫌なやつなんですけど、僕としては、真面目なだけの人間よりもラファウみたいなキャラのほうが好きです(笑)。

――モデルはいますか?

魚豊:特定のモデルはいませんが、僕の考える「器用な人」というのがラファウのようなキャラなんです。合理的にスキルを磨いてひたすら「上」を目指すという、それは良い面もあり悪い面もあるわけですけど、そんな彼が、あるとき宇宙の真理を知ってしまい、それまでの合理性や恵まれた未来に背を向けて、自分が本当にやりたいことに向き合おうとする。そのギャップに面白みがあればなと思いました。

――一方、派遣異端審問官のノヴァクもなかなか濃いキャラですよね。冷酷な悪役ではありますけど、ある意味では、本作で描かれているのは彼の目から見た世界の姿だともいえますし、作品全編を通して最も印象に残るキャラかもしれません。

魚豊:そういっていただけるとうれしいです。彼が本作の最重要キャラのひとりだと思いながら描いています。人物造形にあたってヒントにしたのはナチスのアドルフ・アイヒマンです。アウシュヴィッツ強制収容所へ無数のユダヤ人を送った人物で、彼についてはいろいろ見解があると思いますが、よくいわれるのは、彼はモンスターでもサイコパスでもなく、「仕事」としてそれを淡々とこなしていた。どうせ自分には決定権がないので、歯車の一部として上司にいわれるがままに粛々と仕事をしていただけ、というものです。要するにノヴァクもそういう人間なんだと思います。別にファナティックなわけじゃなく、ただ毎日、生活の一部である仕事として、異端者を拷問し、処刑している。理由は上から命令されたから。ただそれだけ。だからこそ、生活として家族や友人を大事にするという一面もある。ある意味で最も普通な価値観のキャラクターだと思います。人間はちょっと疑うのをやめれば、すぐに仕事として平然と残酷なことをやれるのかもしれない。そういう怖さを出せればいいなと思っています。

――ネタバレになるので詳しくはいいませんが、第2集では、主人公がラファウからオクジーという青年に変わりますね。この思い切ったストーリー展開も衝撃的でした。

魚豊:ひとりのキャラクターの主観による物語を描くよりも、むしろ、大きな時代の流れの中にいる人々の姿を描きたいと思っていました。ですので主人公が変わることについてはさほど抵抗はありませんでしたね。

――オクジーの「代闘士」(依頼者の代役として「決闘」を行う仕事)という職業も興味深いですね。

魚豊:仕事で人を殺すという、そういう意味では、オクジーはノヴァクと表裏一体のキャラだともいえます。ただ彼は、ノヴァクと違って、いろいろと「死」や「生」について悩みます。そこに、主人公としての成長の余地があるんだと思います。肩書きを代闘士にしたのは、単純に取材の過程でその職業自体をおもしろいと思ったというのもありますが、学者肌のラファウとはまた違うタイプのキャラを出したかったのもあります。空を見るのが怖い、というのも、星を美しいと思っているラファウとは正反対のキャラですし。

――修道士のバデーニはどうですか? もちろん、オクジーに対するメンター(導き手)のような役割もあるかと思いますが。

魚豊:そうですね。やはり天文の知識のある人間がいないと、オクジーだけでは物語が展開しませんしね。バデーニのあの傲慢な感じは個人的に気に入ってます(笑)。あと、「世渡りが下手な、大人になったラファウ」みたいなイメージも少なからずあります。ただ、バデーニは、ラファウと違って、純粋な好奇心もあるにはあるんですけど、それと同時に俗っぽい名声欲みたいなものも強い人物だと思っています。世界の真理を知るのも大事だけど、それ以前に「特別な人間」になりたい人、といいますか。

最終回までの構想はすでにある

――3月30日に発売予定の第3集以降は、オクジー、バデーニの他に女性の視点も加わり、作品世界はより深くなっていきますが、この『チ。』という漫画は、「たとえ異端者だといわれようとも、世界を変えようとしている人たちの物語」だと考えていいですか?

魚豊:「変えよう」というのはちょっと違うかもしれません。どちらかといえば、「自分が“これだ”と思ったことを貫く人たちの物語」ですね。とにかく『チ。』という作品では、「世界」が突然立ちはだかってこようとも、「自分がこれをやりたい」という気持ちに逆らえない人たちの姿を描きたいんです。ただそれは、何を選ぶかによって大変危険にもなりうる姿勢だと思いますので、その危うさも内包して意識的に描けたらなと思います。日常的なレベルでいうと、他人から「なんでそんなこと本気でやってんの?」といわれてる人はたくさんいるだろうし、僕も他人に対して「なんでそんなこと必死でやってんだ……」と思うことはある。なので、そういう無理解や拒絶反応自体は悪いことじゃなくて、ある種当然の反応だし、時には必要なことだと思います。しかし、例え側から見たらどうでもいいことだとしても、それは自分が愛するものに真剣にならない理由にはならないし、その主観的な熱中こそが、ある種の自分として生まれたことの意味、というような気がする。ただ繰り返しますが、この情熱は悪い方向に行く時はとことん悪い方向に行ってしまう、という留意が必要です(笑)。しかし『ひゃくえむ。』で描いたのも大まかにはそんなようなことでしたし、もちろん『チ。』もそう。きっとこれから先の作品でも、同じような人々を飽きもせずに描くかもしれません

――それでは最後に、読者のみなさんにひと言お願いします。

魚豊:昨年末に『チ。』のコミックスが出て、予想以上の反応をいただけて嬉しい限りです。本当にありがとうございます。最終回の展開まで大まかには考えているので、それまでなんとか打ち切られないよう努めます。今後とも何卒よろしくお願いします!

■書籍情報
『チ。―地球の運動について―(2)』
魚豊 著
定価:本体591円+税
出版社:小学館
公式サイト

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