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ゾウ編には『ONE PIECE』の原点があるーー短いエピソードに込められたルフィの美学とは?

リアルサウンド

21/3/10(水) 8:00

 尾田栄一郎が「週刊少年ジャンプ」で連載している漫画『ONE PIECE』(集英社)は1997年から連載が続いている人気長編漫画だ。

 海賊王を目指す少年・ルフィが麦わら海賊団の仲間たちとともに大冒険を繰り広げる本作は壮大な海洋ファンタジー。現在98巻まで刊行されており、各エピソードが5~10巻単位の長さで展開されるのが本作の特徴なのだが、今回紹介するゾウ編は単行本で言うと80巻の802話「ゾウ」から82巻の822話「下象」までと、単行本で言うと2巻弱の長さにまとまっている。この前のドレスローザ編が約10巻分の長さという長尺だったため、印象としては短く感じるが、短い中にも『ONE PIECE』らしさが詰まった濃いエピソードだ。

 物語は今後、ルフィたちが戦うことになる、新世界に君臨する大海賊・四皇に名を連ねるカイドウとビッグ・マム。そして2人が束ねる大海賊団との全面戦争のはじまりを告げるものとなっており、ルフィの選択によって、世界の運命は大きく動き出すこととなる。

以下、ネタバレあり。

 別行動中のナミたちを追って、次の目的地であるゾウへと向かうルフィたち。

 ゾウは100年生きている巨大な象の背中に栄えた土地の名前で、常に動き続けているため幻の島だと言われていた。島にはモコモ公国という国があり、ミンク族と呼ばれる戦獣民族が暮らしていたが、国はカイドウの腹心である「早害のジャック」が率いる百獣海賊団に滅ぼされていた。島に上陸したナミやチョッパーが救助をおこなったため、かろうじて一命をとりとめたが、その後、ゾウにはナミたちを追ってビッグ・マム海賊団に所属するカポネが現れる。

 ナミたちは拘束され絶体絶命の危機となるのだが、カポネの目的はサンジを連れ去ることだった。実は、麦わら海賊団のコック・サンジはノースブルー(北の海)の王族・ヴィンスモーク家の三男で、シャーロット家の女王であるビッグ・マムは、サンジをシャーロット家の三十五女・プリンの婿にしようとしていた。

 仲間を助けるためにサンジは、自らの意思で、ビッグ・マムの支配するトットランド(万国)のお茶会に向かうことになる。サンジを追うことは、そのままビッグ・マム率いる大海賊団との対決を意味する。それでも行くのかと問われるルフィだが「サンジは俺の仲間だ!!!」と言って、お茶会をぶっ壊すと宣言する。

 一方、百獣海賊団がゾウを訪れた目的は、「霧の雷ぞう」と呼ばれるワノ国の忍者を探してのことだった。実は雷ぞうは、ルフィと同行するワノ国の侍・錦えもんの仲間だった。やがて、ミンウ族とワノ国の光月一族は兄弟分で、錦えもんが息子と言っていたモモの助は、ワノ国の大名の後取り、光月モモの助だったことが明らかになる。

 ワノ国は、カイドウと手を組んだ将軍によって支配されており、モモの助の父親の大名・光月おでんは処刑され、錦えもんはモモの助を連れて国外へと逃亡した。錦えもんたちの目的はワノ国の開国。そのためには将軍とカイドウを倒さねばならない。世界各国に散ったワノ国の侍たちはモコモ公国に集結し、改めてルフィたちに助太刀を頼む。ここでのルフィの対応が面白い。凄い戦力が味方になると喜ぶウソップやナミたちとは逆に、あっさりと「断る」と言い、モモの助に「お前が言えよ!!!偉いんだろうが!!!」と怒り、泣いているモモの助に発破をかける。モモの助は抑圧していた自分の気持ちを開放し「カイドウを倒しだい!!!」と鼻水を垂らして泣きながらルフィに訴える。

 そんなモモノ助の気持ちを聞いたルフィは「よくわかった!!」と言って、手を差し出す。このやりとりは『ONE PIECE』で何度も繰り返されてきたものだ。困っている人がいる時、ルフィはまず「お前はどう思ってるんだ?」と相手に問いかけ、その心情を聞き、その上で力を貸す。一方的な正義感でも、損得の計算でもなく、何より相手の気持ちを一番に考えるのだ。

 ルフィはメンツや利害ではなく対等な個人として相手に接し、困っていると聞けば、仲間として喜んで助けの手を差し伸べる。だからこそルフィは、仲間のサンジを助けるためにまずはビッグ・マムのいる万国へと向かい、モモの助のためにカイドウと戦う約束をするのだ。短いやりとりだが、ルフィとモモの助のやりとりは、今まで本作が大切にしてきた『ONE PIECE』(とルフィの美学)が凝縮された名場面である。

 このシーンの他にもゾウ編は、短い中にも漫画としての見せ場がとても多い。何より素晴らしかったのがモコモ公国の土台となっている海を歩く巨大ゾウのズニーシャ(象主)のビジュアルだろう。百獣海賊団を率いるジャックの船団がズニーシャを砲撃する中、モモの助の心の声を聞いたズニーシャが鼻の一振りで船団を一掃する場面は圧巻の一言で、小さな戦いを積み上げることで巨大なグルーヴを生み出してきた今までの戦いとは違うカタルシスがあった。

 四皇との戦いを前に『ONE PIECE』の原点を再確認させられた、名エピソードだったと言えよう。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■書籍情報

『ONE PIECE』既刊98巻
著者:尾田栄一郎
出版社:株式会社 集英社
https://one-piece.com/

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