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太田和彦の 新・シネマ大吟醸

シネマヴェーラ渋谷「池部良」特集の『朝の波紋』とラピュタ阿佐ヶ谷「江利チエミ」特集から『ロマンス祭』。

毎月連載

第20回

20/2/2(日)

特集「没後十年記念 映画俳優 池部良」のチラシ

『朝の波紋』
シネマヴェーラ渋谷
特集「没後十年記念 映画俳優 池部良」(1/18~2/7)で上映。

1952(昭和27年)新東宝 103分
監督:五所平之助 原作:高見順
脚本:館岡謙之助 撮影:三浦光夫
音楽:斉藤一郎 美術:進藤誠吾
出演:高峰秀子/池部良/岡本克政/岡田英次/三宅邦子/瀧花久子/斉藤達雄/田中春男/中村是好/吉川満子/上原謙/香川京子

太田ひとこと:池部が誘うメニューインの音楽会切符は、当時来日したヴァイオリニスト、ユーディ・メニューインのこと。

小さな商社で働く高峰秀子は英語が達者で仕事も積極的だ。高峰の家で預かる健坊(岡本克政=子役 好演)の母・三宅邦子は戦争未亡人で箱根の旅館で女中をしている。健坊の可愛がる黒犬が縁で出会った池部良は大手の商社に勤めていた。

犬のくわえて来た靴を健坊と返しに行った池部の家は、華族の住むような大邸宅だが空襲で廃屋となり、本人は庭の隅の小さな一軒家に暮らしていた。着物姿でお茶をたてていた池部は、自分は経済学をやりたいが英語も不得意なのに商社に勤めさせられ、父の名・一平太を継いだ二平太を、半人前の半平太と呼ばれてるんだと言い、その飾らない人柄に高峰は苦笑する。

出張の帰りに箱根に健坊の母を訪ねた高峰は、旅館に来ていたアメリカ人バイヤーから契約相手が現れないと聞き、その商談を引き受け、彼女に気のある同僚・岡田英次はここぞと手伝う。しかし肝心の輸出商品が間にあいそうになく、心配して出かけた神戸の下請け会社が先約のはずだった商社の圧力を受けているとわかり、それは池部の勤める会社で、高峰は池部に不信感をもつが、なんとか実現にこぎつけた。この成功で岡田は高峰に、結婚して独立しないかともちかける。

高峰は女性も戦後はしっかり独立してやっていかなければという考えで、圧力に抗議する岡田をよそに、大学ボート部OBの試合に張り切る呑気な池部に反発心がわく。

池部は肺病の同僚・田中春男を思い、軍隊で知り合ったアメリカ人を通じて特効薬ストレプトマイシンの契約をとり、社長から「お前には初の上出来だ、望みを言え」と言われ「三つあります」と答える。一つはストレプトマイシンの行き渡る施設をつくる。二つは健坊が母と暮らせるよう箱根の旅館をやめさせ当社で事務に雇う。三つは、明日休ませてください。

健坊は自分を預かってくれている高峰の家の母に犬を捨てて来いと言われるが、どうしてもできず家出し、池部は会社を休んで健坊を探し、高峰もつきあう。神戸の一件は池部の陰のはからいで無事間にあったと下請け会社から教えられた高峰は、個人としての自立を目指してがんばる日々に懐疑を持ち始め、自分を捨てずに生き、まわりの人を大切にする池部にほっとするものを感じ始めていた。

この作品の作られた戦後七年目の東京は、まだ至るところが焼跡で、池部の実家と設定された建物は、バルコニーやテラスのある大使館のような豪邸の天井が吹っ飛んでいる。道筋は麻布のイタリア大使館脇の映画によく使われる坂道で、実際に廃虚化したイタリア大使館でロケしたのかもしれない。近くには焼跡の原っぱが広がり、健坊を探して歩く浅草の隅田川沿いはバラックが並んでゴミ拾いの浮浪者が徘徊する。

探し疲れて入った浅草の「どぜう金太郎」で、池部と高峰がどじょう鍋を間に座るシーンがいい。当時の高峰は二八歳、何でもやらされた子役時代から続く自分のない日々と、険悪化していた養母との間から逃げるように日本を脱出、半年の間パリに一人で下宿して自己をとりもどし、帰ってきての第一作がこれだった。その一皮むけた大人の落着きが、まるで本人と言われた飄々たる池部を相手に現れ、身の丈に合った役は当時の自分を投影できていたのかもしれない。以降の「自分の知性を持った真の大女優」への歩みは、この心温まる小品から始まった。

健坊が見つかって帰る雑木林の道で池部は言う。「自分には婚約者がいたが、戦地から引き揚げると他人と結婚していた。それで女性に不信感を持った」。高峰も「私にも好きな人がいましたが戦死しました。以来結婚は考えなくなりました」と告白する。腰をおろした池部は続ける。「でも自分は最近、結婚してもいいという女性に出会い、浅草のどじょう屋でそれを言おうと思ったが、邪魔が入ってしまった。こんな場所でいいかい?」その言葉を聞く高峰の顔が輝く。

戦争の影を誰もが持っていた焼跡の東京をしっかり写した監督・五所平之助は、戦後の出発は“心”にありというメッセージをこめているようだ。




『ロマンス祭』ージャズ音楽もの映画に、はずれなし!

特集「昭和の銀幕に輝くヒロイン[第93弾]江利チエミ」のチラシ

『ロマンス祭』
ラピュタ阿佐ヶ谷
特集「昭和の銀幕に輝くヒロイン[第93弾]江利チエミ」(12/1~2/8)で上映。

1958(昭和33年)宝塚映画 104分
監督:杉江敏男 脚本:須崎勝弥
撮影:完倉泰一 音楽:神津善行
美術:北辰夫
出演:江利チエミ/雪村いづみ/有島一郎/宝田明/山田真二/花菱アチャコ/清川虹子/小泉博/フランク永井/フランキー堺

太田ひとこと:音楽映画お決まりともいえる、夜の無人の野外音楽堂で、一人あこがれを歌うシーンは、どんな作品で観てもいい。

中華料理屋の出前持ち・江利チエミはジャズ歌手にあこがれ、大手興行社長・小泉博に歌を聞いてくれと会いにゆくが相手にされない。そこに来た、いい加減で信用のない元トランペット吹きの有島一郎は、チエミを売り出そうと二人で大阪に行く。その汽車で、親からの見合い写真攻撃から逃げて来た令嬢・雪村いづみと友達になる。

有島は化粧品会社のライバル社長同士の花菱アチャコと清川虹子をけしかけ、手八丁口八丁で売り込むがうまくゆかない。しょんぼりしたある夜の無人の野外音楽堂で、有島のギターでチエミが歌うと、通りかかった学生バンドの宝田明らが拍手する。チエミと有島の借りたボロアパートに、いづみや宝田の友達が集まるようになり、みなで歌ううちにそれぞれ恋心も芽生える。宝田の熱心な説得で実現させた有名キャバレーのチエミのデビューショウはフランク永井の特別出演(フランクが売れないころ、有島がトランペットで応援していた恩を忘れず、というのがいい)もあって大成功をおさめ、有島はいよいよと東京に向かう。しかしチエミの真価を知った大物・小泉博がのりだすことになり、有島は自らの引き際を悟り、黙って姿を消す。

というお話は型通り、その型通りがうれしい。ハンサムな宝田にチエミ・いづみは恋するが二人とも振られる。しょげるいづみに声をかけた宝田の友人のこれもハンサム山田真二から、お宅(実家はアチャコだった)に見合い写真を送ってあると告白されてあわてて探し、いづみはにんまりする。

東京のリサイタルショーは、フランク、フランキーに、「本物の」宝田明、山田真二も実名で特別出演(歌う本物を舞台袖から役の宝田・山田が見て、いづみが「似てるわねえ」という顔をするオチあり)して華やかになる。

見どころは何と言っても歌う場面だ。それぞれに合わせたステージデザインで、チエミ(『ビギン・ザ・ビギン』『月影の渚』など)、フランク永井(『こいさんのラブコール』など)、フランキー堺(当時のナンバーワンジャズコンボ、トランペット福原彰、ピアノ世良譲らを従えて大ドラムソロ)、雪村いづみ(ダイナマイト系のパンチ歌唱3曲)、宝田明・山田真二は甘い歌声と、もう物語に関係なくみんなが歌う。

じっくり歌うフランクのうまさ、若きいづみの溌剌たる踊り、チエミの絶唱。プロ歌手やスターがショーステージで歌うのをきっちりと写しているのはまことに貴重で、映画の大きな力と思わずにいられない。これが音楽映画の価値だ。

さらにもう一つうれしいご愛嬌は、映画スターが楽器を手にするのを観られること、真似だけなどと野暮は言わない。白い上着の宝田が吹くトランペットはまったくカッコいい。傑作『踊りたい夜』(1963年 松竹/水谷良重・倍賞千恵子・鰐淵晴子が網タイツで踊る!)では佐田啓二がテナーサックスを吹いてみせた。

『青春ジャズ娘』『ジャズ娘誕生』『裏町のお転婆娘』『ジャズ娘乾杯!』『大当たり三色娘』、そしてこの『ロマンス祭』などなど。ジャズ音楽もの映画に、はずれなし!


プロフィール

太田 和彦(おおた・かずひこ)

1946年北京生まれ。作家、グラフィックデザイナー、居酒屋探訪家。大学卒業後、資生堂のアートディレクターに。その後独立し、「アマゾンデザイン」を設立。資生堂在籍時より居酒屋巡りに目覚め、居酒屋関連の著書を多数手掛ける。



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