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『美少女戦士セーラームーン』がアニメ界に起こした革命 無料配信を機に考える

リアルサウンド

20/5/19(火) 8:00

 4月24日から『美少女戦士セーラームーン』初期3作が公式YouTubeにて期間限定配信が開始され、Twitterでも大きな話題となった。女性ヒーローの先駆けとも呼べるビッグコンテンツ、30年近く前の作品を改めて鑑賞することで、『プリキュア』などに通じる長寿シリーズの魅力を考える。

参考:『美少女戦士セーラームーンEternal』特報&ビジュアル公開 松岡禎丞が物語の鍵を握る役柄に

 『セーラームーン』がビッグタイトルであることは論を待たない。1992年に社会現象と言われるほどの大ヒットとなり、一般メディアでも取り上げられた。だが『セーラームーン』という作品がアニメ史で特筆すべき存在であるのは、あの時代背景を抜きにはしては語れない。

 1990年代はアニメファンにとって受難の幕開けであった。1989年のM君事件をキッカケにマンガやアニメの(主に男性)ファン全般に対する激しいバッシングの最中で、当時成年男性が「アニメが好き」を表明することは、カミングアウトと呼んでもいいぐらいハードルが高かった。さらには社会全体が、バブル経済の崩壊後の重苦しい時代でもあった。そんな1992年に放送開始の『セーラームーン』は、虚を突いた思い切ったデザインや、月野うさぎの、当時の主人公には珍しいドジッ子ぶりに象徴される緩く「お馬鹿」な明るさで、暗い世相に光を当てていくことになる。

 開始当初は玩具の売り上げは苦戦して打ち切りも検討されたというが、クリスマス商戦には想定を遥かに超える人気で急遽延長が決定。同じく1992年末のコミックマーケットでも大量の同人誌が頒布された。『セーラームーン』がアニメファンに強くアピールした要因を、庵野秀明は「凄く使い勝手のいい遊び場なんですよ」と分析している(インファス発行『STUDIO VOICE』1996年10月号での東浩紀との対談)。セーラー戦士たちは無論、敵のクンツァイトとゾイサイトのBL的な関係性は「クン×ゾイ」と呼ばれて人気となった。そして同人誌の描き手の多くが女性だったところに『セーラームーン』のエポックメイキングたる所以がある。アニメファンの男女の垣根を取り払ってみせたのだ。

 その熱気に加え3年後の『新世紀エヴァンゲリオン』の大爆発を受け、大人がアニメを観て語ることが市民権を得ることになる。『鉄腕アトム』以来の日本アニメの歴史を、現在の繁栄に繋げた功績で『セーラームーン』は永遠にアニメ史に名を遺した。

 ミュージカル版は、2.5次元という言葉が生まれる以前から大人のファンを引きつけキャストを更新して上演され、実写版、さらに新アニメ版が製作され、日経BP社『日経エンタテインメント』誌2014年3月号の「アニメ名作遺産100」の90年代タイトル部門で12位にランクインしている。

 だが一方で、前記の対談で庵野秀明が「あのアニメには中味がない」とも評してたようにコアなアニメファンの一部で内容に否定的な声もなくはない。初期のアニメ版『セーラームーン』は、前番組『きんぎょ注意報!』で、原作をギャグ寄りに変えて高視聴率を叩き出したディレクター、佐藤順一の色合いが濃く出ている。例えばセーラーマーズ=火野レイはアニメファンに設定され、武内直子によるクールビューティさは影を潜めた。

 当初、過去作のリメイクが予定されていたところに急遽製作が決定した『セーラームーン』は1年間のワンポイントリリーフとして、急ピッチで準備が進められ、また、当時は製作員会の元でマーチャンダイジングやメディアミックスを展開していく戦略も曖昧であった。マニアの視点から物足りなさを指摘する声がある所以でもあるが、それが魅力でもあった。

 そんな中で社会現象となるヒットとなったことはまさにミラクルなロマンスではあったが、アニメ版と漫画版が平行して展開することで乖離が見られることになる。さらに一旦は半年での打ち切りが検討されたことで揺らぎも生じた。『セーラームーン』1期終盤、セーラー戦士とセーラームーンは壮絶な戦死を遂げ、転生することになるが、武内直子はそのロジックに難色を示したとも言われている。

 この葛藤がモチーフになったのかと思わせるエピソードが第21話「子供達の夢守れ!アニメに結ぶ友情」である。火野レイをアニメファンに仕立てた伝説の回で、劇中アニメのセーラーVを作っているスタジオが舞台というメタな設定にアニメファンは大喜びだった。しかし、妖魔に洗脳されたアニメーターが「セーラーVを死なせる」と宣言、それに対しキャラクターデザインの只野和子をモチーフにした只下和子が「アニメはみんなで造る物」と、なだめるシーンが出てくる。今振り返れば、意味深長で、武内直子へのメッセージという見方も可能であろう。

 デビュー以後中々ヒットの出なかった武内直子は、新しく担当編集者となった小佐野文雄に「あなたの好きなものはなんですか?」と問いかけられてセーラームーンを産み出したと語っている(参考:超人気漫画の誕生秘話【大和和紀×武内直子 初対談①】|FRaU)。戦隊シリーズ、天体や星占い、鉱石といった、武内直子の「好き」が詰まった宝石箱が漫画版『セーラームーン』であった。しかしアニメとなると、絵は省力化され、ストーリーや表現もマイルドに置き換えられてしまう。

「アニメは誰のものか」

 今も多くのクリエイター、関係者が向き合う悩みに、武内直子も直面した。ついには『セーラームーン』の権利を買取り、新たに会社Princess Naoko Planningを立ち上げ、自らその難問に終止符を打った。良家のお嬢様として育った武内直子の創作活動はあたかも紫式部や清少納言の雅な世界を思わせるが、その内面には自身の作品に対する情熱が滾っているのだ。そして自らの漫画に、より忠実なアニメ版『美少女戦士セーラームーンCrystal』を世に贈り出した。それは、Crystal監督の境宗久のインタビューでもあるように、漫画の線を動画にするという、困難を乗り越えた、自らと、自らの漫画を愛するファンのためのアニメであった(参考:境 宗久(アニメーション監督)が語る『美少女戦士セーラームーンCrystal』|Rooftop2014年7月号)。

 社会の慣例に妥協せず、自らを貫く姿勢はあたかもセーラームーンに通底するテーマ、闘う少女たちの姿そのものでもある。一見して夢物語である古代月の王国から現代へと巡る、女性主導のラブロマンスでありながら、作者の生き方の具現化というメッセージをもはらみ、そのうねりを経験したアニメ版『セーラームーン』のスタッフもまた、その後数多の傑作を生み出した。武内直子の強烈な自我は、無人の月がその引力で地球の生命に恩恵を与える様に、現在のプリキュアへと続く闘う少女を産み出す力強さを持っていた。

 武内直子は3期『S』までのキャラクターデザインを担当した只野和子の手掛けた『セーラームーン』を「わたしのイメージどおり」と称賛していた(『美少女戦士セーラームーン』なかよしアニメアルバムでの対談より)。それが決してお世辞でないことは、セーラーVの中でウェディングピーチをオーロラ・ブライダルとして登場させていることで明らかだ。

 そして、武内直子が傾倒する、違うベクトルでセーラームーンを描ける唯一の存在、只野和子が劇場版『美少女戦士セーラームーン Eternal』へ26年の刻を超えて還ってくる。筆者も含め、初期のセーラームーンに熱狂していたファンが歓喜したのは必然であった。1992年に社会を席巻した最強のペアが、再びアニメ界に嵐を巻き起こすか、要注目の今秋となるだろう。今回の限定配信はその予習という意味は無論だが、アニメ史の大転換点となった作品に触れる良い機会でもある。

■こもとめいこ♂
1969年会津若松生まれ。リングサイドで撮影中にカメラを壊され、椅子を背中に落とされた経験を持つコンバットフォトグラファーでライター。得意ジャンルはアニメ・声優・漫画・プロレス・格闘技・サバゲー等おたく趣味全般。web媒体では週刊ファイト・歌ネットアニメ他で活動中。

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